20 国史と二人の王弟
その夜。
夕飯も済ませて、自分の部屋でベッドの上に転がりながら、レックスの話を聞いていた。
「男子寮の浴室担当の職員によると、やはり夜間の入浴時間後には湯を排出するようです。その後に水を張る事はないと。そして、女子寮の浴室担当の職員は新規採用の職員の為、湯を排出し忘れたのかもしれないとも」
「新規採用の職員か、めちゃ怪しいだろ」
「そちらに関しては、例の男爵令嬢も含めて今夜にでも書類などの確認に行く予定です」
「分かった」
「それから、こちらは学園敷地内の見取り図です。井戸はカフェエリアと、寮の裏側にあります。ただし、井戸には蓋があり夜間は施錠されています。その為、賊は井戸を使えなかったのでしょう」
「なんで井戸に鍵?」
「過去に生徒が落ちて、危うく死にかけた事があるそうで………」
「お、おう」
酔っぱらっていたのか?いや、まあいいや。
それから程なくして、アレンがやって来た。
今日は最初から茶の準備をしたレックスも、アレン共にソファーに座った。
そして、アレンが魔導具を起動させた。
部屋の外にはまた例の侍従が居るようだ。
「まず帝国の現状を語る前に、前回の戦争の話を少ししようか。
国史として習っているとは思うけど、当時の帝国は水のチューン公国を属国化し勢いがあった。
時の皇帝は、かなり血の気の多い方だったようで、その勢いでヴァレリウスにも攻勢を仕掛けた。
小競り合いが1年近く続いた頃、先王が率いた軍が帝国の姦計に嵌まり危機に瀕した。
しかし、先王弟のお祖父さまの機転により帝国を返り討ちにできた。この時のご活躍は凄まじかったそうで、隕石落としのエルンストの名を世に知らしめた。
所が、その時に負われた怪我により王は床に伏す事になってしまった。
そして気運が落ちるヴァレリウスに、勝機と早った帝国の皇太子が率いる軍が独断で侵攻を進めた。
迎え撃って出たのは当時のヴァレリウスの第2王子グレン殿下だった。
攻防激化の末、最後は皇太子とグレン殿下の一騎打ちとなり、グレン殿下が皇太子の首級を上げた。
時を同じく、帝国の帝都では。
当時の皇帝を第2皇子ラインハルトが斬り捨て、下剋上を成していた。
しかし、グレン殿下は負った怪我が致命傷であった為、帰らぬ人となった。
そして、停戦となり和平交渉で手打ちとなった。
その後、グレン王子の逝去に前陛下も気落ちし、間もなく儚くなられた。
ここまでが、戦争に絡んだ話だ」
大概は国史として習ったが、細かい部分に驚く。
爺様の武勇は外せないんだな、アレン。
それと、帝国の現皇帝が親殺しとは知らなかった。
それはレックスも同じだろう、驚きに目を見開いていた。
そして、その第2王子グレン殿下が死んだ事で、ヴァレリウスはゲームの設定から大きく外れたのだろう。
あれ、第2王子?戦争の活躍で王になるとかだったのかな。
とりあえず、茶をまたレックスに新しいの入れさせて一息ついた。
「さて、現状だ。とはいえ私は大まかにしか知らない。立場的に知り得た事だけだよ。
まず現在の皇帝ラインハルト・クロウラーは若い頃はやんちゃで好き勝手する人物だったようだけど、帝位に就いてからは随分と落ち着いたらしい。
そもそも主戦派の前皇帝に、反発していただけではないかとも見られている。
最近では、娘の第一皇女を溺愛している余り、戦争はしないとまで言うとの噂だ。その皇女は、幼い頃から随分と利発な方らしい。
そんな帝国で未だに戦争を推す派閥がある。筆頭が帝国の現宰相のユーリ・フィッツアーという男なんだが、かなりのやり手らしい。昔の主戦帝国を望む貴族の大半の支持を集めているようだ。そしてそこに、第一皇子が肩入れしているとの噂もある」
「その派閥が王妃の背後だという事か」
「おそらく、ね。王妃は今の皇帝の異母妹だけど、皇帝との兄妹仲は良くないとの噂もある」
「なるほど、王妃を潰すのは面倒だな」
「確実な証拠がないと難癖で戦争だよ。フィッツアーは、先見の明があるという噂だし」
「読みが外れないとか、そういう?」
「そう、面倒な策士らしい」
「──アレン殿下、その噂とはいつ頃からあるのでしょうか?」
「え?フィッツアーかい?私が噂を聞いたのは王家に入ってからだけど。たぶんその辺りの時期からだと思う8年くらい前かな。そしてフィッツアーが宰相になったのは5年前」
レックスも巫女が、そのフィッツアーとかいう宰相の所に居ると考えたんだな。
確かに、遠見の巫女の能力があれば、先をある程度は知れるか?
時期もそれ程おかしくはない。
攫って懐柔してそして能力を使わせる、か?
だが、双子を同時に懐柔はどうなんだ。
片方を人質にとか………嫌な考えになるな。
絶望していないのが、救いであればいいが。
「フィッツアーもだけど、第一皇子も厄介かもな」
「何か知っているのかい?」
「──7年くらい前に、公爵領のダンジョンに賊が入った件は知らないか?」
「ああ、知っている。その件で、バーンズ隊長が亡くなられたと聞いた。──レックス、私もご冥福をお祈りしている」
「アレン殿下、お気遣いありがとうございます……」
アレンもバーンズ隊長とは面識あったな。
「──それで、その時の賊に第一皇子が居たんだ。王妃が第一皇子を仄めかしたような事を言っていた」
「………なるほど。クロウラーの影を実質動かしているのは第一皇子なのか。いくら宰相でも、フィッツアーが影を動かせるのは変だと思った。王妃だって他国に嫁いでいる。だから皇帝が……と考えていたが」
爺様に探って貰う案件が増えたな。
とは言え。まずはここベルナール神学園に潜んでいる賊が、最重要案件だ。
アレンとの話を終えて。
魔導具に魔力を補充してから、アレンを送った。
そしてレックスも、コソ泥の仕事に送り出した。
暗視の魔法で暗闇も問題ない仕事人だ。
いや、ただの書類調査だけどな。
◇◇◇
翌朝。
目が覚めたら、レックスが待ち構えていた。
俺のベッドの横に!怖いから!
まあ、部屋がソファーに圧迫されて狭くて立つ場所にも困るのは分かるけどね。
「おはようございます。早速ですが、報告します」
「問答無用か」
「まず、エニード・セタル男爵令嬢の件ですが、聖王国サーラの男爵家で書類に不備等はありませんでした。ただし、エニード嬢は養女です」
「ほう」
「そして、新規採用の職員ですが。名はロクシ・ランプ。身元保証人が、セタル男爵家です」
「思いっきり怪しいだろ!工作が手抜きだろ!」
「私もそう思います。ですが、そもそもセタル男爵令嬢が疑われるとは思っていなかったとも考えられます。それでも杜撰ですが。取り急ぎ、ご隠居様へセタル男爵家の調査を願います。以上です」
「ご苦労!」
「本日は、その新規採用職員を実際に確認に向かう予定です。女子寮の為、男性職員は夜間は居ない事になっているので、確認は昼休みに行きます。セタル男爵令嬢は、1年Bクラスですので確認は容易でしょう」
「行く時は、気を付けて行けよ。爺様のお守りを付け忘れるなよ」
「了解です」
まずは、その男爵令嬢の顔を拝むとするか。
1年Bクラスは俺のクラスの隣りだしな。
◇◇◇
朝食、朝礼拝を終えて校舎へ向かう。
「『黒の、其の存在を霞ませ意を逸らすは蜻蛉の如く──阻害方陣』」
校舎2階の真ん中の1年Bクラス前で、俺とレックスは教室内を覗った。
あらかじめ、認識阻害の魔法を使って周りの関心を引き難くはした。姿を消す魔導具とかとは違って、認識を阻害するだけなので姿が消える訳ではない。
「どれだ?茶髪の編み込み……だったよな」
「──居ました。アレだと思います、一番後ろの窓際です」
レックスに言われて窓際の方を見るが、人が居るなと思うだけでピンと来ない。
ああ、そういう事か。あっちも認識阻害か!
俺は少しだけ魔力を目に集めて、意識を集中すれば漸くはっきり見えた。
おそらく男爵令嬢は、それ程魔力は多くない。
俺より魔力の低いレックスが見破るくらいだし。
窓際で視線を窓の外に向けている、茶髪の男爵令嬢を確認できた。
少し大人びて見える。
おそらく実年齢はもっと上だろう。
「よし、確認した。撤収する」
「はい」
とりあえず、さっさと自分達の教室に移動した。
「なるほど、普段は目立たないようにしてるんだな」
「逆に警戒して発見できましたので、浅はかだと思いますね」
「──そうとも言うな」
俺は気付かなかったけどね!
◆◆◆ side 爺様/エルンスト・ウィルクス
& ギルバート・オルトラン
深夜。エルンストは自室の執務机の上に、読み終えたレックスからの報告書を置いた。
アレンの侍従、そして寮への襲撃。
またしても王妃によるアレンへの害意に、エルンストは苛立ちが増す。
国王にはいい加減、王妃への対応をどうするのか、腹の内を問う必要がある。
レックスからの案件は他国のものである為、流石にエルンストといえど聖王国サーラへの書簡による問い合わせしか動きはできない。
それとは別に、裁定の巫女ときた。
確かに、王家の古い書物で見た覚えはある。
この世界には、世界を裁定する役目を持った巫女がいるのだと。
古代の各王家が、この世界との血統契約により聖遺物を得る。そしてそれを、世界に対しどのように扱うか──見定めるのも裁定の巫女の役目であると。
聖遺物を用いて、他国へ害意ある干渉を取る事は禁忌とされているのだ。
だが、予言書物などの存在は初耳だった。
その上、巫女の絶望がこの世界の終焉になるなど。
その真偽を確かめる必要がある。
巫女の存在が帝国にあるというのであれば、そこへの対応も国として動かねばならないのだから。
先ずエルンストは、予言書物があるというオルトランに向かう手筈を整えるのだった。
◇◇◇
そして、所変わってオルトラン王城。
明るい茶髪の王弟ギルバート26才は、ヴァレリウスからの面会要請にたじろぐ。
確かにオスカーから予言書物とかいう、そんな誤魔化しは連絡を受けたが無いものを如何しろと!
慌ててギルバートは、魔導具国家の懇意にしている魔導具技師を呼び出した。
それなりの装丁を施し、劣化防止の効果を持つ魔導具の本なら古びて無くても問題ない筈。
文面は、クリスティーナの知識に頭を捻りギルバートが自ら何とか書き込んだ。日本語で。
たぶん読めなければ、細かい所は気にすまいと。
間もなく、エルンストがオルトランの王城へとやって来た。
内々用の応接室にて対面したギルバートは挨拶を交わした後、お尋ねの予言書物は此方にと差し出した。
「むう、これは。魔導具…いや、しかし」
「ご覧の通り古代語の本です。未だ翻訳を急いでいる現状でして。少しは此方に翻訳したものがあります。お持ち返り頂いて問題ありません」
ギルバートは数枚の紙束を示した。
しばらく予言書物(偽物)を手にしページを繰り眺めていたエルンストが息を吐く。
「なるほど、古代語でしたか。いや、お気遣い傷み入る。其方の訳文は、ギルバート殿下自らが成されたのでしょうかな?」
「え、ええまあ」
「──では、差し支え無ければ。この言語の意味をお尋ねして宜しいか?」
エルンストは上着の内側から、一枚の紙片を取り出しギルバートに示した。
予言書物の内容を聞かれるだろと構えていたギルバートは、その紙片の文字に目を見開く。
銀の有資格者。
それは、日本語でそう綴られている。
おや?とギルバートは首を捻る。
銀はそうか、テリュースか。と思い至る。
「──選別板で出ましたか?」
「ほう、つまり……」
「稀に古代語で表示が出るようです。私もそうでした。地の有資格者と」
「むう」
「其方はテリュースですね?銀の有資格者とあります」
「そうです。いや、有難い」
転生者の有資格者は、選別板の表示が日本語で出る。
ギルバートがそれに気が付いたのは、オスカーからも聞いていた為だ。
だが、エルンストはようやくこれで確証を得る。
帰国後に、修道院の娘に会いに行こうと決心を固めた。
既に予言書物の事などはエルンストの思考から、すっかり逸れていた。
「──予言書物は未だ翻訳の途中とあらば、改めての機会を願いたい所存。本日は此にて」
「え、はあ。何のお構いも出来ず申し訳なく……」
そそくさと去るエルンストに、ギルバートはなんだか有耶無耶の内に対面が終わり一息つく。
老獪なエルンスト62才との対面は、前世の記憶持ちとはいえなかなか心臓に悪かったのだ。
しかも。
「──また来るのか、翻訳途中なんて言わなければよかったよ」
己の発言に脱力するオルトラン王弟ギルバートだった。
うおぉーっ!高評価ありがとうございます!
やべぇなつまんねぇかな。とか思い始めて捨てようかと思っていた次第ですが、モチベ上がりました!ありがとうございます。
もうちょっとでヒロインの巫女ちゃんがチラッと出ます。すいません。頑張ります!




