13 顛末
◆◆◆ side 爺様/エルンスト・ウィルクス
事の発端は、ウィルクス公爵領に待望のダンジョンが発生したことに由来する。
運悪く過去に自領ではエルンストが記憶する限り、ダンジョンは発生していない。
記録を紐解けば、公爵領となる以前には発生しているのだが。
閑話休題。
現公爵家当主である息子のマリオンから、ダンジョンの調査を頼まれエルンストも意気揚々と向かった。
だがしかし、足を踏み入れたダンジョンは──所謂ハズレと言えた。魔物のレベル帯が低く、宝箱から出るアイテムも希少とは言えない。
エルンスト的には落胆も大きい為、ダンジョンを消去して次を待つのが良かろうとマリオンに伝えた。
まぁ、次が発生するとは限らない点が悩ましい所なのだが。
ところが、またもや孫のテリュースが妙案を出す。
テリュースにしてみれば、ダンジョンで遊びたいだけなのはエルンストも理解していた。
しかし、初心者向けと銘打つ事で、ハズレのダンジョンを維持しても、対外的には悪くないと思えた。
所詮は貴族だ、見栄も矜持もあるのだ。
だが、判断は当主であるマリオンに投げた。
そして消去を渋っていたマリオンは、喜んでその案を受け入れた。
冒険者ギルドもその案には大いに乗り気で、通常よりも協力の意を示した。
そんな様々な意を汲み、初心者向けダンジョンは確立したのである。
◇◇◇
ダンジョンの設備なども粗方整った頃、マリオンがテリュースを招いた。
初心者向けダンジョンとは銘打っても、流石にテリュースのような選別の儀さえ未だの子供をダンジョンで遊ばせるのは世間体が悪い。
そして、冒険者に成れるのも通常は13才からなのだ。
その為、まだ冒険者を入れない設備準備状態で遊ばせる事にした。
冒険者ギルドからの先行体験希望もあった事で、ついでに護衛代わりを内密に頼み行かせるのだが──マリオンの誤算は、テリュースが普通の子供ではない事を知らなかった事だった。
遊ぶとしても、奥まで行くとは思っていなかった。
選別の儀も未だ済ませていない子供が、多少魔法を放てても──そう思っていた。
最も、エルンストは分かっているので、最初はついて行く気でいたのだが。ダンジョン内の魔物のレベル帯も把握していたし、バーンズとC級冒険者が居れば特に問題ないかと任せる事にした。
「いやいや、テリュースは父上の才能を顕著に嗣いだのでしょうね、あの幼さで魔法を使えるのですから」
「いや、私はあの年頃に魔法は使っていない。選別の儀式を経てから魔法を覚えた。テリュースは既に初級魔法は網羅しているようだ」
「は?いえ、テリュースが魔法を使えるのは伺ってましたが、網羅?」
「テリュースは4才で上級魔法を放ったのだ、それだけの魔力量があった。そして魔力量が更に延び既にその倍量ある」
「──ち、父上、その話は私は聞いておりませんよ」
「うむ、今初めて話したな」
警備上での確認等も踏まえて、エルンストに確認したかったマリオンだが、余計な情報で危機感を煽られてしまうのだった。
警備には公爵家騎士団の小隊から複数人常駐配置される。これはダンジョンの性質上やむを得ない。
ダンジョンは消すことが出来てしまうのだから。
一般的には、消すことが出来るのは資格を持つ王族であると知られている。
そして、元王族であるエルンストは、当然より詳しく知っている。
資格とは、各王家直系の血を引く者であること。
選別により、赤い文字で示されるそれこそが直系の証明でもある。遠い過去に出自を偽ろうとした者もいたが、選別は偽れないとされている。
そもそもの資格とは、古代の各王家がこの住まう大地との血統契約による、聖遺物を得られる者の証しだと伝えられている。
表向きはエルンストは臣籍降下により、その資格を失ったとされた。
だが血統だけであれば、エルンストは未だ有資格者なのだった。
閑話休題。
ダンジョンを消せる事により、過去には色々暗躍する者が居た。他国からの干渉や自国の王族の継承問題に絡む等様々と云える。
その為、警戒もあり警備もそれなりに必要だった。
念のため魔導具の設置も検討していると、マリオンが冒険者ギルドからの配慮で入手したそれをエルンストにも見せた。
周囲の魔力の動きを視覚化し、それを表示できるという優れモノだった。惜しむらくはその範囲が恐ろしく狭いことだろう。
だが、入り口のみの監視ならばこれは悪くない品といえる。
昨今の魔導具は驚くような物が多い中、頭を悩ませるものもある。その一つが、姿を消す魔導具だった。
存在が消えたかのように、姿を消すという。
範囲に魔導具で結界を張るのは維持も大変なので、入り口のみの監視はエルンストも肯いた。
早速、ダンジョンの建物前に設置し、監視要員も置くことに決まった。
だが流石のエルンストも、設置前に姿を消して通り抜けた者が居たことには気が付けなかった。
そして、昼頃。
ダンジョンから一人戻ったレックスにより、緊急事態が告げられた。
昼食を食べに砦に戻ろうとしていたエルンストや、用も済み帰り支度のマリオンも驚愕の事態だった。
「賊は三人です。ダンジョンを消すと言ってました」
「──他にはないか?」
「あ、テリュース様が、井戸を塞ぐ必要があると言えば、ご隠居様には分かると」
「……井戸?」
「井戸か──賊はクロウラーの影か」
「……父上、何故井戸でクロウラーと?」
「……本当に分かるんだな」
「マリオン、話は後だ。近くの井戸を全て塞げ!賊は井戸に逃げ込む!そして、騎士を数人ダンジョンに向かわせろ。私も向かう。井戸の封鎖に手が足りなければ、ウォード砦に連絡を入れるとよい」
「はい、畏まりました。父上」
「ご隠居様、俺も行きます!」
「レックスはその場で待機だ、急いでいる」
「……はい」
賊はクロウラーの影。
そしてダンジョンを消すという。ならば。
それは、帝国クロウラーの直系皇族も来ている事に他ならない。
騎士を三人連れてダンジョンの中を突き進むと、魔力の高まりを奥から感じ取れた。
そして、何かが叩き付けられたような音。
「バーンズ隊長?!──バーンズ隊長!!」
「しっかりしろ、坊!」
テリュースと冒険者の声が響く。
焦燥に駆られたエルンストが、ようやくその場を視界に捉えた時。
「『炎よ、噴け高まれ其の爆熱を衝動に広がるは焰の陣──獄炎』」
エルンストの眼前で、広範囲を高温の爆炎が包む。
更に炎は広がり、逃げ惑う人影を焼き尽くそうと勢いを増す。
「テリュース!落ち着きなさい、魔力を込め過ぎている。それでは直ぐに枯渇する!」
この火の上級魔法は、己自身を爆心地として発動する。爆発後炎が広がり敵と認識した者を魔力が続く限りその炎で追うのだ。
最初の爆発で体中を炎に巻かれた三人の人影が、掻き消すように消えた。おそらく撤退魔法だ。
やがて、崩れるようにテリュースが倒れ、辺りの炎は消えた。
腰が抜けたように座り込んでいた冒険者のカイが、我に返ったように辺りを見回している
その傍には魔力枯渇で倒れているテリュースとバーンズの亡骸があった。
「冒険者のカイだっか。私は賊が逃げた為に、テリュースを連れて直ぐに撤退魔法でこの場を離脱するが、君はどうするかね?話は後で聞くが」
「あ、ご一緒したいです。お願いします」
騎士三人には周囲の調査を任せ、エルンストは撤退魔法を発動させた。
冒険者のカイがバーンズの亡骸を抱え、エルンストはテリュースを抱えて、撤退魔法でダンジョンの入り口──つまり外に降り立つ。
だが、入り口の足場は大雨が降った後かのように泥濘んでいた。
嫌な予感に、エルンストは眉間に皺を寄せる。
そして、気まずそうなマリオンが近付いて来る。
「──父上、申し訳ありません」
「………逃げたか」
「はい。賊は出てきたと思った時には、水魔法で水を出して体中の延焼状態を消しました。その後、姿を消しました。おそらく姿を消す魔導具かと」
「水魔法の痕跡で追えなかったのか?」
「直ぐに追跡魔法を使える者に追わせましたが、この先の渓谷で……痕跡が途切れました」
「そうか」
溜息をつくエルンストの視界に、青い顔をしたレックスが居た。冒険者のカイが抱えている、バーンズの体を凝視している。
「──か、母さん?」
やっと絞り出されたレックスの声は震えていた。
冒険者のカイは乾いている地面に、そっとバーンズの亡骸を横たえる。
「母さん、なんで………母さんっ……」
バーンズの亡骸に取り縋り、嗚咽を漏らすレックス。
今は一人にした方が良かろうと、エルンストはテリュースを抱えたままマリオンと冒険者のカイを建物の方へと促した。
簡易の応接室にて、冒険者のカイからバーンズの顛末等を一通り聞いた。
「そうか、バーンズは残念だったな」
「そうですね、惜しい人を亡くしました」
「──そして、やはり皇族があの場に居たのだな」
「……おそらくですが、年齢は10才前後。黒髪で金色の目、そして殿下と呼ばれてました」
「クロウラーの第一皇子の情報と一致しますね」
「……あと、今日はダンジョンに誰もいないと、マリー叔母さんが言ってたのに──と」
そこでエルンストとマリオンが同時に溜息した。
帝国の現在の皇帝は、ラインハルト・クロウラー
今回現れた第一皇子はその息子。
そして、レックスの異母兄にも当たる。
第一皇子が叔母と呼ぶのは、ラインハルトの異母妹にして、現ヴァレリウス王国の王妃マリー・クロウラー・ヴァレリウスの事である。
「やはり……」
「また、王妃か……」
「今、クロウラーの第一皇子が来国の情報は?」
「ありません。ダンジョンに忍び込んだ手口から推測すれば、おそらく魔導具でしょうね……」
「早急に魔力を視覚化する魔導具を国境にも手配したいものだな」
「転移ポータルにも欲しいですね、あれもクロウラーに繋がってますから」
遠距離を移動できる、転移ポータルという大型魔導具が存在する。ヴァレリウス王国のポータルは、王都のステーションに5基設置されている。
ポータルを利用すれば他国にも直ぐに移動が可能だが、当然先方への入国手続きは事前に申請が必要になる。魔導具で転移先を指定する必要があり、その為不正は難しいとされてはいる。
「ともかく、後はバーンズを丁重に弔う準備だ。バーンズは男爵家だったな、ウィルクス公爵家が担わなければならん」
「はい、手筈はこちらで整えます」
「うむ、後は任せる。私は一先ずテリュースを連れて帰る」
バーンズを亡くしたレックスへの対処を考えながら、エルンストは魔力枯渇で意識のないテリュースを連れて砦に転移した。
◆◆◆ side テリュース・ウィルクス
俺が目を覚ましたのは、ダンジョンに行ったあの日から、丸一日が経ってからだった。
あの後、賊は逃げてしまったと聞いて無性にイラついた。でも、レックスの顔を見たらそんな気持ちさえ沈んでしまった。
翌日がバーンズ隊長の葬儀だったけど、墓地で会ったレックスは泣いてなかった。
いや、泣き腫らした後だろうっていう顔はしてたけど。それでも、バーンズ隊長の顔を最後まで黙ったままずっと見ていた。
俺が魔力枯渇で寝ていた間に、レックスはバーンズ隊長の亡くなった経緯を聞いたようだ。
王妃の思惑と、それに手を貸すクロウラーの企み。
実行犯のクロウラーの第一皇子と影二人。
レックスがどんな気持ちで聞いたのかは、俺には分からないけど。
その墓地で、レックスのお父さんと弟を初めて見た。
レックスのお父さん──ケイウスさんは茶髪で、弟も茶髪で……二人は親子だなって感じが、凄い痛い。
一人、黒髪のレックスが離れてバーンズ隊長の棺桶の傍に立っていた。
バーンズ隊長の体は焦げちゃったけど、眠ってるだけのようなその顔は、切なくなるくらい綺麗だった。
それを見てたら俺の方が泣けてきて、わんわん泣いてしまった。
ちくしょー!フトモモ様大好きだったよ!
それから、レックスがあんまり笑わなくなった。
相変わらず家には帰りたくないようで、砦で従僕見習いを続けるようだ。
そして、融通が余り効かない面倒な感じになりつつある。
なんだかんだあったけど、初心者向けダンジョンは順調に始動したようだ。
ただ、マリオン公爵にはもう入っちゃダメとか言われてショックだ。13才になるまでお預けだって。
けど、その歳になったらもう行かないよ、初心者向けダンジョンなんて。
そうそう、全然関係ない話だけど。
最近届いた、オルトランのギルバートさんからの手紙に学園の話題があった。
ギルバートさんの云うところの学園は、聖王国サーラが主体の宗教学園のことらしい。
この世界の神様サラディンを奉っていて、礼拝式とかあるそうだけど。
聖王国サーラと同盟関係にある王族や貴族階級のみ留学できて、現在では上位貴族の社交場として有名らしい。ちなみに、マリオン公爵もここの出身で、オルトランの宰相と学友になったのだ。
そして、ギルバートさんが云いたいのは、俺と歳が同じ転生者が学園に留学予定だって事だ。
学園自体はヴァレリウス王国内にもあるんだけど、他の転生者にも興味あるし悩む所。
そんな、近況報告だよ。




