6、聖女登場
ボートを池の真ん中まで進めた。実はここで神イベントが起きる。風が急に吹いて波が立つのだ。
風が吹いてミアの髪が乱れる。来るぞ! 池に波が立って、ボートが揺れた。ミアはバランスを崩して、俺にぶつかってきた。
「きゃあ!」
俺はミアごと後ろに倒れた。体育の授業で受け身を習っていたので、顎を引いて頭を打つのを回避。なんとかオールも離さずに済んだ。ふ~。
ミアは本当に、猫の体重しかないのかっていうぐらい軽い。俺の上でもぞっと動いてくすぐったかった。
ゲームだと選択肢は三つある。
一、オールを離して抱きしめる。
二、オールを離さない。
三、片手だけオールを離して抱きとめるだ。
ミアとのデートの正解は二だ。オールを落としてしまうと、夕方まで助けが来ない。
ミアはできるメイドを目指しているので、ミアの好感度を上げるには、できる男を見せるのが効果的だ。ちなみに、マレルタの好感度で重要なのは身分だ。主人公の王子でもなければ無理だな……。俺は心の中で笑った。
「すみません、キース様! お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。ミアは?」
「私も大丈夫です」
ミアは顔を赤らめて俺の上からどいた。気まずそうにしている。
(キース様、オールを放さないなんてさすがだわ)
と思っているはずだ。これでミアの好感度は、五十パーセントぐらいに上がっただろう。
このイベントは、最初にボートに乗ったときにしか発生しない。五十パーセント以上だと選択肢は変わる。「オールを引き上げて抱きしめる」や「頭を打って失神する」になることがある。
失神すると、涙を流して心配してもらえる。相手がどのぐらい大事かを、攻略対象に再認識させることができるのだ。
ノルマ達成なので帰ることにした。帰る道すがら、ミアに好きなものを聞いた。
「ミアは何が好きなの?」
「果物です……」
やっぱり!
「それなら、カフェでごちそうしたかったな。ミアが行ったら、割引するように言っておくから、休みの日にでも来てよ」
「……あ、ありがとうございます」
ミアは、うれしそうに頬を紅潮させた。これでまた上がったな。ニヤリ。
馬車に着くと、中はカーテンが閉められていた。俺はドアをノックした。カチャリと鍵が開く音がしたので、ドアを開けてミアを乗せた。ミアは乗るとカーテンを全部開ける。マレルタは少し目がぼーっとしていたので、寝ていたようだ。お腹いっぱいだしな。おかげでゆっくりできた。
「お待たせしました。帰りましょう」
マレルタはうなずくだけだった。屋敷に帰るとジェイ兄にミアの好きなものを報告した。
「果物か」
「店に行ったら割引しておくって言っといたから」
「分かった。タダにしよう! 友達の分も」
「え、それだと人数は……?」
ジェイ兄は意外と大胆だな……! 俺は冷や汗をかいた。
「一人までだな。それ以上でも割引にはなる。——果物だと保存できないから、こっそり渡すわけにもいかないな」
「果物が入った焼き菓子はどうだろう」
「いいな。そうしよう」
俺たちはそれから二人で、ミアに餌付けした。ミアは困っていたが、うれしそうだった。
店の割引の件も、「週一回、同伴者一人まで、お茶とデザート一点ずつ無料」と条件を書いたパスを渡しておいた。ミアはすごく驚いていたが、パスを見て目を輝かせていた。それから俺に、何度も頭を下げた。
マレルタとは王子の命令なので、たまに出かけて、付き合っていることをアピールしておいた。
ある日、ジェイ兄からゴシップ紙を渡された。
「お前たちのことが書かれてるぞ」
「へ~、どれどれ」
見出しには、「女たらしのキース子爵令息と堅物マレルタ公爵令嬢が仲良くデート さすがキース様」とあった。
それを見て、思わずプッと笑った。いやいや、俺でもマレルタは落とせないぜ。俺は王子じゃないからな。
これだけ書かれれば、王子も安心するだろう。それにウェリントン伯爵夫人も、俺の相手が公爵令嬢ならあきらめるだろうな。
上手くいったので、俺はニヒヒと心の中で笑った。
そう思ったのだが、なぜか聖女がうちに来た。俺が玄関で出迎える。聖女は紺色の髪に水色の瞳をしている。ピンクのヘアバンドに、白いブラウス、青いスカートの平民服を着ていた。これはゲーム衣装だ。
茶色のカバンを持って、お供は連れずに一人で来ている。聖女はゲームでもいつも一人で行動していた。清楚系のヒロインキャラだ。
わあ~、生の聖女だ。清々しい。俺は見とれた。聖女も白く光って見える。……でも、おかしくない? 攻略対象が三人もうちに来るなんて。もう、ぎゅうぎゅうなんですけど……。
「初めまして、聖女のセシリアです」
「初めまして……、キース・グランテです」
後ろから、マレルタとミアが来た。
「お久しぶりです。マレルタ様」
セシリアはニッコリと笑った。マレルタは嫌な顔をして挨拶をしなかった。
「今日は王子からの命令で、本当にお二人が仲良くやっているか、様子を見に来ました。マレルタ様がこんなことになったのも私のせいなので、心配していたのです。それなら見に行くようにと、王子に言われたのです」
セシリアは少し悲しげな笑顔で話した。大きなお世話だよ王子。マレルタは急に、俺と腕を組んだ。あの、爪が俺の左腕に食い込んでいるのですが……。公爵令嬢のどこに、以下省略。
「私たちは上手くやっておりますので、ご心配なく。どうぞお帰りください」
「その通りです……」
俺も涙目で同意した。セシリアは笑顔を崩さなかった。見えない火花が二人の間で飛び交っているようだ。俺に飛び火している……。
「しばらく様子を見てくるように言われたので、ここに滞在します」
何だと!? マレルタは眉をひそめた。王子のお気に入りでなくとも、聖女は神殿の管轄で、光魔法で癒しの力を使う国の重要人物だ。
「……分かりました。王子の命令ですし、父にそのように伝えます。お部屋を用意しますので、お待ちください」
俺はそう言うと、メイドに応接室に案内するように言った。マレルタはフンッと向きを変えると、ミアを連れて行ってしまった。俺は父さんに報告に行った。父さんもやれやれといった感じで了承した。
俺は廊下を歩きながら考えた。今、ちょうど俺たちはゲーム年齢になっている。だからゲームがスタートしているんじゃないだろうか。主に王子(主人公)の。それになぜか俺が巻き込まれている、という形だ。
ということは、他の攻略対象にも会う可能性が高いな。それはそれで楽しみかも……。




