4、悪役令嬢の夜這い
彼女は中に入るとガウンを脱いで、椅子の背に置いた。え? 振り返った彼女は白い寝間着姿で、薄暗い部屋に浮かび上がっていた。
胸元が開いて谷間が見える。スカート部分は左右が重なっていて、彼女が動くたびに太ももが見えた。生地は透けているのか、いないのか? この寝間着はどういうチョイスなの?
ゲームでは、こんなに肌を見せている攻略対象はいない。ゲームのサービスカットで攻略対象たちの水着姿はあったが、マレルタだけは公爵令嬢の設定上無かった。そのため、SNS上で勝手にマレルタの水着コンテストが開かれて、大いに盛り上がっていた。
ちなみに、この異世界では肌の露出をしないので、水着は存在しない。
彼女はベッドの上に座った。え? まさか彼女は本気で……。
「あの……?」
「こちらに来て座ってください」
「……はい」
俺は言われるがまま、ベッドに座り彼女と向かい合った。
「私は、キース様がどういうつもりでこの婚約を受けたのか知りたいのです」
ああ、そういうことか。彼女は心配なんだな。
「俺はそろそろ結婚したいと思ったんです」
そう、俺の前世の夢は結婚だった。ゲームをしたのも婚活のためだったからな。夢半ばで死んでしまった……。
「キース様はいろんな女性と浮名を流してきました。結婚後もそれだと、私は困ります」
「もちろん、そんなことはしません。もう止めました。だからこの婚約を受けたんです」
「そうですか。それを信じていいのですか?」
「はい」
彼女と上手くやっていけそうな気がした。父さんと母さんも政略結婚だけど、上手くいってるからな。
俺は彼女を見つめた。なんて美しいんだ。彼女の姿を頭から足まで見ていく。スカートの重なった部分が左右に分かれ、彼女の太ももが白く光って見えた。彼女が動いて俺に近づく。俺は太ももの線から目が離せなくなっていた。
カチッ
音がした。なんだ? 見ると、俺の左手首に金の腕輪がはまっていた。手の甲側を見ると、腕時計のような白い円盤が付いていて、中には赤いハートマークが書いてある。これは……、ゲームにも出ていた魔法アイテムだ!
「こ、これは?」
「それは、着けた者だけにトキメク、恋人同士が着ける魔法アイテムです。キース様を信用していないわけではありません。
確実に私だけを見ていただくために装着しました」
「こんなもの着けなくても大丈夫ですが……」
「念のためです」
マレルタは初めてニッコリ笑った。俺が言っても信用ないからな。
「これ、外れないですよね」
「はい。外せるのははめた私だけです。では、用が済んだので、これでお暇します。おやすみなさい」
マレルタは頭を下げてベッドを降りると、ガウンを羽織ってスタスタと部屋を出て行った。俺は呆然として見送った。
翌朝。俺は店回りで疲れていたので思いのほかよく眠れた。こんな状況なのに……。
朝食に向かいながら、手首のブレスレットを見つめる。前世でも、このアイテムはグッズとして売られていた。アニメ系イベントなんかで、カップルが着けて盛り上がっていたのだ。
他にも、ハートマークのバッジやキーホルダーが恋愛アイテムとして販売され、ファン以外でも人気になっていた。赤が恋人います。ピンクが片思い中。双葉が恋人募集中。枯葉が失恋しました。紫の葉っぱが失恋で病んでます、もしくは復縁希望だ。
同人誌即売会で模造品の缶バッジも売り出されていたが、それは公式に黙認されていた。
俺は恥ずかしいので付けなかったが、今思えば付けておけば良かったなと思う。こんな形で叶うとは……。
「なんだそれは」
父さんに途中で声をかけられた。赤いハートマークが恥ずかしいので、さっと後ろに手を隠した。
「これは、マレルタ令嬢からのプレゼントです!」
「そうか。令嬢はやはり前向きのようだな」
「はぁ、腕時計なら良かったのに……」
俺はため息をついて、思わずつぶやいた。
「なんだ腕時計とは?」
「あ、いえ、なんでもないです」
この世界には腕時計はない。前世の話なんかしたら、病院送りにされるから気をつけないと。俺は服の袖でブレスレットを隠した。
「マレルタ令嬢も朝食の席に呼んだからな」
「はい」
食堂に入る。マレルタはまだ来ていなかった。席に着くと、隣のジェイ兄が声をかけてきた。
「お前も災難だな。あんな気位が高そうな令嬢と婚約だなんて」
マレルタに魅了されないとはさすがだ! ジェイ兄は婚約者がいるし、父さんと同じで厄介ごとを嫌う。父さんとジェイ兄は外見も中身も似ていた。ちなみに、一番上のロン兄は、すでに結婚して領地暮らしだ。ジェイ兄は眼鏡を人差し指で押し上げた。
「ところで、公爵令嬢が連れてきたメイドなんだが、かわいいな」
……ジェイ兄もミアのほうがいいのか。
「いいのか? 婚約者がいるのにそんなこと言って」
「失礼な。お前とは違う。観賞用だよ」
植物か。
「あの子は、王子のメイドだよ」
「王子のメイドなら引き抜くこともできないな」
本気か!? ジェイ兄は残念そうだった。ゲームでは、ミアは初め王妃のメイドだったが、王子が気に入ったので自分のメイドにしたのだ。
「王子は今、聖女に夢中なんだろ」
「みたいですね」
「美人は三日で飽きると言うからな」
この世界でも同じことわざがある。実際は、話が合わないから飽きるのだ。見ているだけだと三日で飽きるのは当然だ。一緒に暮らすなら、話が合うほうが楽しい。
ただ、結婚したいからと相手に話を合わせる相手もいるから要注意だ。こんなはずじゃなかったと紳士やご婦人たちが、高級クラブやカフェで愚痴っていた。
騙すほうが悪いのか、騙されるほうが悪いのか? ……俺が思うに、お互いが相手を理想の相手に当てはめていただけじゃないだろうか?
マレルタが食堂に入ってきた。
「おはようございます」
みんなに挨拶すると、俺に軽くお辞儀をしただけで、涼しい顔をして座った。ミアはいなかった。朝食を使用人たちの食堂で食べているのだろう。ジェイ兄は残念そうだった……。
俺は気がついた。あのアイテム、ミアが渡したんじゃないか? ミアは魔法アイテムに詳しいからな。——ちょっと聞いてみるか。
俺は急いで朝食を終えると、部屋を出て厨房の隣にある使用人の食堂へ向かった。廊下でこちらに向かってくるミアに会ったので、呼び止めた。




