2、悪役令嬢の家出
翌日、キースの父グランテ子爵は城に行き、会議の席で王子に婚約の件を了承した。
「待ってください! こんなの横暴です!」
ゼレツ公爵が焦って発言した。長テーブルの両脇に大臣たちが座り、奥の席には王子が座っていた。王子は椅子の背にもたれ、右手に顎を乗せて話を聞いていたが、姿勢を正した。
「マレルタ令嬢は聖女をいじめ、キース令息は婚約している令嬢や夫人と遊びまわって、迷惑をこうむった者が多い。
二人を一緒にすることで、事態が解決するだろう。この件の異論は認めない」
王子はそう言うと、席を立って行ってしまった。右脇に立っていた議長が空いた席に座った。ゼレツ公爵は悔しそうに下を向き、グランテ子爵はそれを横目で見ていた。末席にいた子爵はこの件で来ただけなので、こそっと立って軽く礼をすると退席した。
俺は、戻ってきた父さんから話を聞いた。ゼレツ公爵が反対したので、父さんの予想通りだった。王子の命令の理由もまあ、その通りだなと思った。押し付けるにはちょうど良かったんだろう……。
ウェリントン伯爵夫人が俺を忘れるまで、しばらく屋敷にこもっていることにした。
俺は複数の女性に声をかけるが、付き合うのはいつも一人だ。一応きれいに別れてはいる。でも、俺からなので相手は未練が残るのだ……。ウェリントン伯爵夫人もそうだ。
家にいても体がなまるので、俺は捨てた練習用の木の剣を再び持つことにした。訓練場で汗を流す。太刀筋は悪くないと思う。今度衛兵に相手をしてもらおうかな。
「あ~、久しぶりできついな」
終ると汗を拭いて屋敷に入った。勉強のほうは、前世の記憶もあるから一人でもなんとかなるだろう。必要なら、家庭教師を雇ってもらうか。
しかし、前世社畜として働いていたのに比べ、今は金も時間も自由にあってありがたい。でもその分、貴族には人権がないと思う。国や家に縛られている。前世は金も時間もないが人権だけはあった。
それを思い出して苦笑した。今更ながらに、尊い人生だったと思う……。でも、どっちもどっちか。
廊下で二番目の兄、ジェイコブと出くわした。父さんと同じ、モスグリーンの長い髪を後ろで結んでいる。眼鏡をかけた隈のある目で、書類を見ながら猫背で歩いていた。
「お前、家にいて暇なら、店回りでもしてきてくれ」
「……分かった」
まあ、変装すればいいだろう。外に出る口実があれば、父さんに遊びまわっていると思われないし。
うちの領地では、農産物や織物などを作っていて、その特産品を使った店を首都に三軒出している。貴族向けと平民向けのブティック二軒と、スイーツカフェだ。
オーナーは母で、店は全部母の趣味だ。母は今、買い付けに行っていて家にいない。
一番上の兄ロレンソが領地経営をしていて、ジェイ兄が店舗を任されている。父さんは経営全体を見ていて、俺は遊んでいた。
早速、魔法アイテムを使って、瞳と髪の色を変えた。瞳の色が変わる眼鏡で緑色にして、髪色を変える魔法粉で目立たないベージュ色にした。
長い髪は地味な小豆色の紐で結び、ハンチング帽をかぶる。ジャケットは着ずにベストのまま、ズボンは動きやすい膝下丈にした。馬車を使わず徒歩で行く。
執事にはちゃんと、兄に店回りを頼まれたと言っておいた。俺に抜かりはない。
最初に貴族用のブティック、ルウィーンに行った。店員が俺に声をかけた。
「いらっしゃいませ」
俺は手を上げる。この店は、婦人たちへのプレゼントで普段から通っているから顔なじみだ。寄って来た店員にこそっと耳打ちする。
「キースだ。お忍びで来ている」
「! キース様!」
店員も声を落とした。
「ウェリントン伯爵夫人が、何度も訪れましたよ」
まじか! 店も危険だな……。はぁ~とため息をつくと気を取り直した。店員に仕事の話をする。
「何か客からの要望や意見はある?」
「あります。ドレスに合うアクセサリーをもっと置いてほしいそうです」
「なるほど」
はしごするのは面倒だからな。店には宝石の付いたアクセサリーや小物が、少しだけ置いてある。
「そのときは買わなくてもいいからと言って、探すからどんなものが欲しいか、聞いておいてくれ」
「はい! 分かりました」
母さんの見立てなら、店に置いておけば売れ残ることはないだろう。売れ残っても、誰かのプレゼントとして買い取ればいいからな。
俺はこじんまりした店内を見回った。うちの店舗はどれも広くない。大きな店は扱いが大変なので、父さんは嫌がった。客は多くないが貴族は客単価が高いし、混雑を嫌うからそれでいいのだ。
特産品の織物は、ドレスに使う生地やリボン、レースを生産している。この店は主に女性物を扱っているが、男性物もオーダーなら作る。でも、俺は全くファッションに興味がないので、ゲーム衣装が一番馴染んだ。
バッグや帽子などの棚に空きがあるのが気になった。先ほどの店員に話しかける。
「棚に空きがある。在庫はないのか?」
「そうなんです。品薄で」
「分かった」
母さんの買い付けが間に合わないんだな。まあ、観光もしているだろうし……。ジェイ兄に言って俺が買い付けるか。
品物がなくてもオーダーが主だから困らない。デザインカタログもあるし。ただ、空き棚はもったいないからな。マネキンに着せたドレスも少ない気がする……。
「デザイナーと職人を増やすように言っておくよ」
「さすがキース様! 助かります」
店員は両手を握って、羨望の眼差しで俺を見つめた。……俺は平民にもモテる。ゲームでもキースは、女顔で清潔感のあるキャラなので女性ファンに人気があった。
次にカフェアンジェロに行き、チェリーフェアの新作ケーキを食べた。果物がうちの農産物だ。マジで上手い! この店もよくデートで来ていた。
ここは、平民も貴族も両方来る、映える人気店だ。今日もほぼ満席で、問題なし。フェアも好評だった。
次に平民用のブティック、ベビアンに行く。ここはルウィーンより混んでいて、平民の婦人たちで盛況だ。ここも空き棚があるようだな……。
俺は見回りを終えると、屋敷に帰ってジェイ兄に報告した。
「それなら、今度誰でもいいから女性の使用人を連れて、買い付けに行ってくれ」
「了解!」
俺はジェイ兄の執務室を出た。結婚するならまず仕事をしないとな。できることから手伝おう。そうすれば父さんも俺が本当に真面目に戻ったと分かるだろう。
前世のときも、自営業の奴は家を手伝えるから羨ましいなと思っていたけど、いざってときに頼れるから本当にそうだわ。
俺がやる気になって気持ちよく歩いていると、前からばあやが走ってきた。
「坊ちゃま大変です!」
「どうした?」
ばあやは俺たち兄弟が子供の頃の子守役だ。白髪交じりの短い髪をパーマにして、黒ぶちの丸眼鏡をかけている。少しふくよかな体で、まだ走れるぐらい元気だ。
ばあやはぜーはーと息を切らし、膝に手をついたまま話した。
「ゼレツ公爵令嬢がお見えです!」
「え!?」
嫁が来た! じゃなくて、婚約者(仮)だ。俺は今世ではまだ、攻略対象たちと会ったことがない! 緊張する~。
「それが、荷物を持って家出してきたみたいなんです」
「え、なんで?」




