1、遊び人の俺
「キース様待って~、どこですの~?」
首都の街中。俺は壁の陰に張り付いてやり過ごした。今俺を探しているのは、遊びで付き合っていた、ウェリントン伯爵夫人だ。ぽっちゃりの品のいいご婦人だ。
お互い遊びのはずが、なぜか相手が本気になる。やれやれ——。
俺は、キース・グランテ。子爵家の三男坊。そして、恋愛シミュレーションゲームのお邪魔虫キャラでもある。黄色い瞳に、明るい茶色の長い髪を黄色いリボンで結んでいる。茶色のジャケットにクリーム色のベストがゲーム衣装だ。
ゲームでは、キースが攻略対象に話しかけると、主人公の好感度が下がってしまうのだ。主人公だけでキースに会えば、恋愛のアドバイスをもらえるお助けキャラでもある。
俺がキースに転生したと気がついたのは、十五歳のとき。剣の稽古をしている最中だった。何の前触れもなく、急に前世の記憶がよみがえった。
前世の俺は二十八歳、サラリーマン。彼女いない歴に終止符を打つために、恋愛シミュレーションゲームをすることにした。選んだのは当時、人気があった全年齢向けのこのゲームだ。
俺はゲームを完全攻略して、恋愛スキルを身に付けた。陰キャだった俺が、会社の独身女性と話すことができた。気になる子ができて、もっとお近付きになろうと思った矢先、後ろから来た自転車に轢かれて死んでしまった。
なぜ分かったかというと、死んだ俺が上から、倒れた自分と横に転がった自転車を見ていたからだ。
記憶が戻る前の俺は、上の兄二人を手本にして、真面目に勉強と鍛錬に打ち込んでいた。しかし、キースだと分かった途端、俺はゲームのキースとして生きることを選択した。手に持った練習用の木の剣をポイっと捨てて、訓練場を去った。
それから遊び歩き、女性とも話をした。自分でも驚くほど、どこからともなく言葉が浮かび、呼吸をするように女性が喜ぶ言葉を口にした。
女性たちはすぐにキースの虜になった。さすがキース! これがキースのチートなのか? いや、チートって言ったら、俺TUEEE系の能力か。まあ、キースの設定と才能だろうな。
俺は大人になると、婚約者がいたり、結婚して相手がいる女性を選んでは、秘密の恋人になった。遊びだから、本気になられても困るからだ。
それでも、相手は本気になった。でも、俺には分かる。彼女たちは俺が好きなのではなく、キースの言葉に酔っているのだ……。
俺は相手の男たちからも追いかけられ、すっかり遊び人のレッテルを貼られてしまった。トラブルは日常茶飯事だ。
「こんなんじゃ、命がいくつあっても足りないな。ゲームのキースはどうやってしのいでいたんだ……?」
ゲームのキースはいつも涼しい顔をしている。——そうか! 俺は気がついた。キースの場合は設定だけで、実際に恋愛の場面はない。ゲームのキースは遊んでいないかもしれない……! 俺の勘違いか?
ふぅ~、……もうこんなことは止めよう。俺も二十三歳でいい年だし、今世こそ相手を見つけて結婚しよう! よし! 俺は真面目になると決めた。
屋敷に帰ると、早速父さんに呼び出された。うわあぁ……。今度は何だ? 慰謝料か、賠償金か……、それとも俺の首か……。
何かあるたびに父さんが解決金を支払った。前世も今世も家族仲はさほど悪くないので、恵まれている。
前世の家族に対する記憶は朧気で、家族に対する気持ちはもう感じないが、前世の親には親孝行できなかったから、これからは今世の親には親孝行しよう……。
俺は父さんの執務室に入った。感傷的になっていたので、父さんをウルウルした目で見つめた。
「なんだその気持ち悪い目は……」
「……なんでもないです」
父さんには俺の気持ちは伝わらなかった。
「それで、なんの用?」
「ふ~」
父さんは目を瞑って、机の上で両手を握ってため息をついた。俺をじっと見ると真剣な口調で言った。
「王子からお前に命令が下った」
「王子ぃ~?」
俺は子爵令息だから、階級的にも下。王子との接点はもちろんない。舞踏会で遠目に見たことがあるぐらいで、挨拶もしたことがない。
「王子が婚約破棄した、マレルタ・ゼレツ公爵令嬢とお前が婚約するようにとの仰せだ」
え? ……なんで?
「……どういうこと?」
「知らないよ。好き勝手しているお前に貴族から苦情が来たんだろ」
真面目にしようと思った矢先に……。ゲームでは、王子が主人公でプレイヤーだ。マレルタ・ゼレツ公爵令嬢もゲームのキャラで攻略対象の一人だ。
婚約破棄はゲームイベントでもある。マレルタは嫉妬深くて悪役令嬢キャラだ。人気がないといけないので、スタイル抜群の絶世の美女という設定だ。
「婚約破棄したのは初めて聞きました」
「城に出入りしている聖女をいじめたことで、王子が婚約破棄したそうだ」
なるほど。イベント通りだ。聖女も攻略対象の一人だ。光魔法が使える平民で、王子のお気に入りだから城に自由に出入りしている。それをマレルタがおもしろく思わないので、小言を言うという展開だ。
ただ、ゲームの王子はいい子ちゃんキャラなのだが、この世界の王子はすこぶる性格が悪くて評判も悪い。そして、友達もいない。金髪に緑の瞳で、見た目はものすごくいいので、平民の女子にだけは人気がある。
俺もゲームのキースとは違うから、王子もゲームとは違うのだろう。しかし、俺に悪役令嬢を厄介払いするとは、どういうことだ?
でも、まあ、相手を探そうとしていたからちょうどいいか。
「俺はいいですよ」
「……どうした。なんか変なものでも食べたのか? それとも何か隠しているのか?」
父さんの信用ゼロ。隠していると言えば前世の記憶はそうだけど、それは頭がおかしくなったと思われるから言えない。
「俺も真面目になろうと思いまして……」
「そうか……。お前がそうでも、公爵は反対だろうな」
父さんは、俺の真面目になるという言葉を信用せずに軽く流した。——そうだな。俺は腕を組んで考えた。うちは子爵だから、格差的に婚約は到底無理な話だ。




