008 泥濘作戦
(やばい。マジでやばい)
八代の脳裏に、笹木の姿がフラッシュバックする。しかし、彼は意を決して命令を下す。
「04,ドローンとラプトルがこちらへ急速接近。いいか、隙をみて我々が道路に飛び出して逆方向に誘導する。指示を待て!」
『えぇ!?僕も行くんですか!?』無線の向こうで、仙川が悲鳴に似た声を上げた。
「あぁ、囮は多い方がいい、それにお前の車なら逃げ切れるだろ?」
ドローンは、彼らのいる倉庫会社前の国道を左右にふらふらと蛇行しながらこちらへ向かってくる。
ちょうど目の前に差し掛かったとき、ラプトルから発射された針がドローンに命中し、彼らの目の前を通り越して路上に堕とされた。
ラプトルはそれを追いかけ、彼らの前を通り過ぎると、落ちたドローンを前足の鉤爪で捉えた。
「スモーク発射!今だ、走れ!」
八代の1番機の胸部にマウントされた射出口から、スモークグレネードが2発、放物線を描いて道路へ落着した。少し遅れて、仙川の乗る偵察車両からもスモークグレネードも射出される。
八代の1番機は倉庫前の国道に躍り出ると、ドローンを捕縛しているラプトルの背後へ回り、右腕に装備した50ミリライフルを発砲した。
銃弾はラプトルの尾に命中したが、白い結晶のようなものに遮られ、跳弾する。
その隙に、仙川の偵察車両が国道へ飛び出すと、反対の南方向へ全速力で走り抜ける。
仙川の偵察車両が走り抜けたのを確認すると、八代の1番機は後退しながらラプトルへ射撃による攻撃を続けたが、いくら撃とうが銃弾はラプトルの表面で白い結晶を発して跳弾するだけだった。
「とにかく走れ!倉庫から引き離すんだ」
八代は無線で怒鳴りながら後退を続け、機体を翻し国道を南へ、倉庫から離れる為に駆け出した。八代はリアカメラの映像でラプトルがドローンを投げ捨て、踵を返してこちらを追いかけてくるのを確認した。
倉庫前はスモークグレネードの煙幕で完全に隠されていた。
ラプトルの視界には、八代と仙川しか見えていないはずだ。
「全力で逃げるぞ。とにかく倉庫から引き離せ」
* * *
「やべぇな」
葉月が八代達の無線を聞いて呟いた。
カイはコンテナから巨大なハンドガンを運び出そうとしていたが、葉月に制止された。
「なにやらおっ始まった、扉を閉めて身を隠せぇ、いいな!」
葉月はそう言うと指揮車両に向かって走り出した。
「02より01、状況不明、なにが起きてん!?」
楓は無線で八代に問いかけながら、スモークグレネードの白煙に覆われ視界ゼロの状況を確かめようとした。
楓のHMDに、八代と仙川が全力で倉庫を離れ、南方向へ移動している光点が映し出された。
視界が遮られている以上、下手に動けない。
せめて目標の位置だけでも視認できればと、映像を赤外線モードに切り替えた。
長い尾を水平に伸ばし、細長い体躯を前傾させながら八代たちを追いかける、赤い影を捉えた。
「02より全隊、目標を赤外線でロック!」
『こちら01、目標を倉庫から引き離す!02,05はそのまま待機!04、右だ!その交差点を右に行け!くっそ、田んぼだらけで遮蔽物が何もねぇ!』
仙川の乗る偵察車両がドリフトで後輪を滑らせながら国道の交差点を右方向へ急旋回し、民家と田んぼしかない農道へ滑り込む。
遅れて、八代の1番機が鋼鉄の巨体を斜に翻し、交差点の信号機をなぎ倒しながら仙川の後を追いかけた。
楓の2番機が目標をロックしたことで、八代の1番機は背後に迫るラプトルをレーダーマップ上の赤い光点として共有表示されている。
目標は約100m後方から追従してきている。
——カイはバイペダルローダーの両腕で30ミリハンドガンを抱えたまま、「倉庫」の外に出た。
はるか遠くに、1機の96MEが田んぼの向こうへ巨体を揺らしながら駆けているのが見えた。
その後ろに、あの「怪物」。
カイは1年前にこの田んぼで起きた事件を思い出し、ある妙案を思いついた。
葉月が白煙にまぎれてトラックヤード前に停車中の指揮車の方へ走っていったのが見えた。
楓の2番機は白煙の向こう側の様子を光学センサーで探っているようだった。
カイは、倉庫の中にいる徳川に、「徳川さーん、扉閉めといてくださーい」と声をかけると、楓の2番機へ向かった。
「岡崎さーん!」
カイは2番機の傍に立ち、大声で声をかけたが反応がない。
カイの存在に気付いていない2番機は八代たちが向かった方向へ動こうとしたが、すぐ横にいたカイにぶつかりそうになる。
『ちょっと!危ないから下がりー!』
2番機の拡声器から楓の声が響いた。
カイはバイペダルローダーから身を乗り出して、大声で叫んだ。
「アレが動き出したんですかー!?」
『そうや!隊長たちが囮になっとる!』
今度はカイの声が届いているようだ。
「囮?囮になってるなら僕にいい考えがあります!!」
『え?なんやて?』
「ついて来てくださーい!」
カイはハンドガンを地面に下ろし、倉庫会社の裏手から敷地の外へ出た。
カイの作業用バイペダルローダーなら余裕だが、楓の2番機にはギリギリの道幅。
しかし楓はその狭い道路を難なくついてきた。
スモークグレネードの白煙から外れると、二人は水田を挟んで国道を南方向へ逃げる八代たち、それを追いかけるラプトルの姿を捉えた。
目の前の水田は、青々とした稲穂が風に揺れている。
位置的には、水田を挟む形で八代たちの対角線上にいることになる。
水田は、東西南北に4分割するように未舗装の畦道が通っていた。
「岡崎さん、隊長さんに田んぼの間の畦道を抜けて、こっちに来るよう伝えてくださーい」
『どういうこと!?』
「アイツを田んぼに誘導してハメるんですよ!今の時期、田んぼにハマったらほぼ動けなくなるはずです!」
『はぁ?ガチでゆーてる!?いや・・・ありえるか!』
楓は”戦術教本に載っていた過去の戦争”を思い出してカイの作戦に乗った。
確かめるために、2番機で目の前の水田へ脚を踏み入れる。
あっという間に膝まで沈んでバランスを崩しそうになり、慌てて脚を引き抜いた。
——南へ疾走する八代に楓からの無線が入る。
『02より04、01!、そのまま田んぼの中の畦道に入って、ウチの位置まで!』
「あぁ?何だって!?」
八代は困惑しながら叫んだ。
『隊長、泥濘作戦や!ええから田んぼ避けながらこっち来ぃ!落ちんなや!』
右方向を見ると、楓の2番機が倉庫の外にいるのが見えた。
隣でカイの乗るバイペダルローダーが手を振っている。
その前には、先ほどまでの雨でたっぷりと水を湛えた水田が広がっている。
穂肥の時期に入り、青々と背を伸ばした稲穂が草原の如く風に揺られている。
「そうか!田んぼか!弾丸当たんねぇのにハメんのかよ」
八代はボヤきながらも、それ以外の選択肢が無いことは判っていた。
周辺は民家が数件あるだけで、あとは広大な水田と畑しかない。
全高6mはある96MEの身を隠せるほどの遮蔽物はない。
見通しが良すぎるのだ。
ただ逃げるだけではどうにもならない。
圧倒的に不利。
それなら、田んぼの泥濘にハメて動きを止めればワンチャン民間人だけでも退避できるかもしれない・・・
「04、05の指示通り迂回せよ!スモーク発射!」
八代は残りのスモークグレネードをその場で発射した。




