007 戦闘
—楓からの通信を受けた途端、八代は険しい顔に変わる。
「徳川さん、お話はあとで。緊急事態です。皆さん、状況が落ち着くまでここで身を隠してください」
「了解しました。隊長さん、気を付けて」
状況を察した徳川の声を背に、八代は大急ぎで食堂の外へ駆けていった。
「——目標を視認。直線距離で約550、位置、52S VT 1869 7046」
楓の2番機は低い建物の影に隠れ、頭部カメラのみを露出させて対象を監視している。
いつの間にか止んだ雨上がりの曇天の中、破壊され、廃墟となったレストランの向こう側で、巨大な影はぐるぐると周囲を伺いながら徘徊しはじめた。
『指揮車05より全隊へ。対空レーダーに感あり! 方位280、距離2、高度800、2機捕捉!』
『IFF反応なし、アンノウンと認定。機速400で真東方向へ移動、まもなく我が方の北側を通過!』
『距離1.2、来るぞォ!最接近!』
強風が吹き抜けるような轟音と共に、2つの大きな黒い影が彼らの北側の空を横切っていった。その姿はまるで巨大な蜻蛉のようだった。
『真北を通過!そのまま東へ離脱中・・・ハァ、びびったァ』
『あのトカゲみたいなのガン無視で行きよったなぁ、連携しとらんのかいな』
楓は視線の先の巨大な影を注視しながらぼやいた。
『電波らしきものは受信できましたが、デコードできませんでした』
仙川は偵察車両のコンソールをチェックしながら補足を加えた。
『こちら01、1番機起動した。葉月、上空のアンノウンはどうか』
『そのまま東方向へ離脱。レーダーロスト』
「了解。全隊そのまま待機」
起動した1番機のコクピットの中で、八代は情報を整理しつつ2番機の捉えているカメラ映像を共有し、徘徊する巨大な影を観察する。
「見た感じ、あれだな、恐竜映画のアレっぽいな」
明るくなってから改めてその姿を確認すると、八代は無駄口を叩いた。
『ヴェロキ・ラプトル?』
「そう、それ。ひとまず監視中の対象Aをラプトル、離脱した飛翔体アンノウンB,Cをトンボと呼称する。さて、アイツをどうするか・・・動き始めた以上、放置はできない。いつかはここに気付くだろう。撃退するか、撤退するか・・・」
『隊長、どうしますか』
仙川が無線に割り込み、尋ねる。
「近すぎるんだよなぁ」と八代がボヤいた。
『02より意見具申。今のうちに例の倉庫、開錠できませんか?』
「そうだな、02、05は徳川さんたちと「例の倉庫」へ移動し、開錠できれば皆さんを避難させろ。04は俺とラプトルを監視。万一接敵した場合はここから引き離す。それから・・・」
「音は立てるなよ」
『02了解。移動する』
『05了解、あのサクラってコに手伝ってもらうわ~』
「通信終わり」
通信を切った後、八代はラプトルを睨みつけて呟いた。
(うろうろしてねぇでとっととどっか行けよこのトカゲ野郎)
——慌てた様子の葉月が、食堂の中に飛び込んでくる。
「徳川さァん、サクラっち!手伝ってくれ、例の倉庫を開錠したい!」
「え!?今?」カイは驚いて席を立つ。徳永は冷静にポケットの中に収めた鍵束を確かめた。
「よし、行こう。開けられればここより安全だ」
葉月、徳川、カイの3人は食堂から出ると、葉月の指示に従い、身を屈めながら「例の倉庫」へ向かった。
倉庫前では、楓の乗る2番機が倉庫を護るようにライフルを構えたまま、仁王立ちしている。
カイは間近に見る憧れの機体に目を輝かせながら、倉庫前に隣接した非常発電施設のフェンスを飛び越えた。
発電設備を隅々までチェックし、カイは(これならいける!)と確信を持った。
設備に全く問題はない。あとは・・・これだ!
カイは燃料タンクのバルブを解放し、あっという間に発電機を起動させてしまった。
ゴオオと激しい音を立てて、インバーターの排気口から熱風を吐き出した。
発電機が稼働したのを確認すると、徳川と葉月は倉庫の正面ゲートに回った。
徳川はゲート横のパネルを開けて、カードリーダーにICカードをかざすと、液晶パネルに『パスコードを入力してください』と表示された。
徳川はICカードを裏返し、そこに書かれていた12桁のパスコード打ち込んだ。
「カードに直接書いとくなんて、どんだけだヨォ・・・」
葉月は苦笑いした。
「おかげで、助かりましたけどね」
徳川も苦笑いしながら扉の開放ボタンを押した。
目の前の大きな両開きのスライド扉がゆっくりと開き始めた。
扉の開閉音を聞きつけ、カイは発電施設から飛び出すと、真っ先に二番機の足元へ駆け寄ってその機体を見上げていた。
密閉型の建物の内部の照明が点灯すると、大小さまざまなコンテナが整然と立ち並んでいる。
その中には、自衛隊仕様の荷役用パワードスーツ、パイベダルローダーもあった。
「よし。女将さんたちもこちらに避難してもらいましょう」
「OK、それはこっちでやる。徳川さんはここお願い」
葉月は身を翻し、食堂へ向かって走り出した。
「そこの少年!近すぎや!危ないから離れて」
2番機のスピーカーから関西弁の声が響いた。
「佐倉くん、危ないから中へ」
徳川に諭されてカイはしぶしぶ倉庫の中へ入ったが、そこにあった「モノ」を見つけて再び2番機に駆け寄った。
「岡崎サーン!予備マガジンありました!運びましょうかー?」
「なんや?・・・そうやね、お願いできるの?」
「待っててくださーい」
カイは倉庫の中へ駆け戻り、慣れた動きでバイペダルローダーに飛び乗った。
全高3mのパワードスーツが、カイの手足となって軽快に動き始めた。
倉庫のコンテナからライフルのマガジンを両手に抱え出し、ゆっくりと外へ向かって歩き出す。
「ほう・・・言うだけはありますね」その様子に徳川が感心する。
カイがマガジンを2番機の前まで運ぶと、楓の2番機がそれを受け取り、脚部のハードポイントにマウントした。その向こうから、葉月が女将さんたち4人の民間人を引き連れて戻って来るのが見えた。
しかしその直後、国道側で大きな音が響いたかと思うと、駐車場にあったトラックから炎が上がった。
* * *
『04より01、微弱な電波を感知。これは・・・ドローンの無線操作の可能性大!』
二人を送り出した後、仙川の報告が入った。
「04,位置、方向は検知できるか」
八代が声を上げる。
『距離約800、10時方向、まっすぐ南方向へ移動中』
「目視する!」
片膝をついていた1番機がゆっくりと立ち上がり、目標を視認しようと方向を合わせる。
「どこのドローンだ!」
民生用の4発モーターのプロペラを持つドローンが、まっすぐラプトルの方へ飛んでいく。低い高度から接近し、ラプトルを見下ろすように上昇すると、まるで観察しているかのようにゆっくりと旋回しはじめた。
「04,電波の発信源を特定できるか!」
『・・・特定できません。オートバイロットかも』
「刺激すんなよ、ったくよォ!」
八代は思わず怒鳴り声を上げた。
ラプトルはドローンを見上げ、旋回に合わせてぐるぐると向きを変えた。長い尾を激しく地面に叩きつけながら威嚇し、両肩の棘のような器官から細長い針状の物体を発射した。
針はドローンを掠め、放物線を描いて八代たちのいる倉庫近くに駐車されていたトラックの列に突き刺さった。
勢いでトラック数台が吹き飛ばされ、炎を上げ始めた。
ドローンは高度を取りながら、火の手があがった方へ移動しはじめた。
つられて、ラプトルが移動するドローンに針を発射しながら追いかけ始めた。
こちらに向かってきている!
八代はコクピットの中で呟いた。
「やばい・・・」




