006 夜明けと共に
——夜が明けた頃、徳川は事務所ビルの1階に居た。
正面玄関の自動ドアは閉まったままだったが、裏手の従業員用出入口は鍵が開いていた。薄暗い廊下を進んで正面玄関まで来ると、受付カウンターの向こうの事務所エリア一番奥、支店長のデスクへ向かった。
この会社の支店長とは顔馴染みで、何度も接待で一緒に呑んだ。
宴席での話だが、鍵をよく置き忘れるので、スペアキーが机の引き出しの中に入れてある、なんて笑い話をしたものだった。そして、その支店長の机の引き出しは、鍵が差しっぱなしだった。
徳川は苦笑いを漏らしながら引き出しを開けると、沢山の鍵がついた鍵束がある。
持ち上げると、キーホルダー代わりにICカードの入ったカードキーホルダーがぶら下がり、キーリングにはタグの付いた鍵がいくつもぶら下がっていた。
徳川は鍵についたタグをひとつづつ確認し始めた。
・・・「外周門(表)」「裏手門扉」「駐車場門扉」「会議室」「応接室」「役員室」「流通倉庫」「冷蔵倉庫」「冷凍倉庫」「食堂」「休憩室」『非常用発電機』・・・
(あった・・・)
最後に、カードキーケースの中身を確認した。
白いICカードに貼られたラベルには『防衛省納品庫』とあった。
(支店長、あなたのおかげで助かりそうです。ありがとう)
——96MEで待機していた八代の無線に、楓からの通信が入った。
『02より01、戻りました。隊長~女将さんが朝ごはん食べに来いって~』
「やった、メシだ!了解」
交代の前にサーマルカメラで警戒対象を今一度チェックする。
対象の黒い塊は小雨が降りしきる中、相変わらず周囲に水蒸気を立てて熱を帯びている様だった。
しかし、一向に動く気配がなく、ただ熱の循環を示すゆらめきだけが動いている。
生物であれば呼吸のような上下運動でもありそうだが、黒い外殻は微動だにしない。
「01より02、敵対象に変化なし。監視ヨロ」
通信を切り、バイザーを上げると、八代はパイロットシートの側面にある開閉レバーのロックを外し、引いた。
プシュっと圧力が抜け、正面のコクピットハッチがせり上がると同時に、コクピットシートごと前方にスライドしていく。ほとんど黒に近い濃いめのオリーブドラブにペイントされた、八代の96ME1番機は、倉庫前に停車したキャリアの後方で片膝をつき、降着姿勢のまま待機していた。
八代はコクピットシートから、そのまま水たまりのできたアスファルトに飛び降りた。
着地で跳ねた雨水を気にすることなく、八代は左耳につけたイヤーフック型レシーバーのスイッチを押し、何かコードのような言葉を呟くと、パイロットシートが奥にスライドしてコクピットハッチが静かに閉まっていった。
ハッチが完全に閉じたとき、八代の耳には落ち着いた男性の声で、
(待機モードに移行します)
というAIからの音声が届いた。
「さて、飯の前に偵察をっと」
八代はカイの見取り図を思い出しながら、「保管庫」を目指して駆け出した。
——女将さんの朝食の準備が整った頃、2階からカイ、紗綾とアキラ、Tシャツの青年、上田が降りてきた。
すっかり明るくなってきた朝の光が、塞がれた窓の隙間から差し込んで食堂を照らした。
テーブルと椅子は、整然と整えられ、テーブルはきれいに拭き上げられていた。
その上に、各々の席には定食盆が置かれ、蓋のついた飯椀と汁椀、箸置き、グラス、お手拭きが揃っている。
テーブルの中央には水の入ったピッチャーが置かれ、お箸とフォーク、スプーンがカトラリーにまとめられていた。
「すご!まるでホテルの朝食みたいだ!」
「高専の寮よりすごい整ってる・・・」
「すごいよぉ、見てアキラくん」
「・・・うん」
続いて、八代と徳川、最後に葉月が食堂に戻ってきた。
「何か旨そうな匂いがまた・・・」
「これはこれは・・・」
「おぉ~旨そうじゃん、すげーぇや」
と、三者三様のリアクションが続いた。
女将さんは、カウンターの前に立ち、それぞれに「おはようございます」と笑顔で挨拶し、「あたたかいうちに食べてぃね」と声をかけていた。
「残りの二人は仕事中なので、先に頂きます。いつもすみません」
八代が女将さんにお礼を伝え、最後に席に座った。
各々、席に座り、お椀の蓋を取る。
飯椀の中には女将特製「味噌焼きおむすび」。
汁椀の中には具にわかめと豆腐の入った「お味噌汁」。
白飯が焼きおむすびである以外は、何の変哲もない朝食。
各々が各々のスタイルで朝食を摂る。
合掌して食べ始める者、いただきます、と声を発する者、飯碗の中を興味深く覗き込む者、豪快に「ぱくり!」と頬張る者・・・
静かな中に、箸と食器の音が響く。
皆、夢中で箸を進めている。
その様子に、女将さんの顔から笑顔がこぼれる。
——こんな時だからこそ、せめて温かい美味しいごはんを食べさせたい——
これが今みんなに提供できる幸せな時間だった。
* * *
朝食を終えた後、八代と徳川から重要な話があると切り出され、待機中の楓と仙川を除く8人が食堂に留まっていた。
「まず、良い話を私、徳川からさせていただきます。先ほど、事務所の中を調べたところ、非常用電源設備の鍵を見つけました。先ほど設備を確認してきましたが、燃料さえあれば稼働できそうです。電気が回復すれば、灯りや空調だけでなく、テレビやラジオ、衛星ネットも使える可能性があります」
「ただし、非常電源ですので燃料がある限りとなります。必要最小限に留める必要がありますし、我々は今も大変危険な状況であることには変わりありません」
徳川は八代へ目配せすると、八代は軽く手を挙げて、交代して話し始めた。
「改めて、私は陸上自衛隊防府基地の八代と申します。現在の状況について、我々が把握している情報について申し上げます」
「・・・昨日7月○日14時頃、国家安全緊急避難命令が発令されました。端的に申しますと、多数の未確認物体が出現し、無差別に攻撃を受けたことによります。攻撃者の詳細などは一切不明で、我々を無差別に攻撃し、一般市民を拉致、誘拐している模様です。これに対し、我々の防衛力ではまったく対応できていません」
Tシャツ姿の青年、上田が手を挙げて質問する。
「つまり、まったく歯が立たない、ということですか?」
「残念ながら、仰る通りです」
「上官からの命令は、一般市民を可能な限り救護し、戦闘地域から離脱、安全を確保せよ、でした。」
「しかし、戦闘地域となった防府市内を脱出してからも、危険な状態は続きました。誠に遺憾ですが、我々もここに到着するまでに隊員1名を失いました。」
アキラがびくっと身体をこわばらせた。
隣にいた紗綾がアキラの背中にそっと手を添えた。
上田がさらに質問した。
「他の自衛隊とか、警察、消防なんかとも連絡はとれていないんですか?」
「これまで他の方面隊・支局などへ何度も通信を試みていますが、応答はありません。加えて、指揮車両、偵察車両であらゆる無線、通信の傍受を行っていますが、ノイズが多く受信できていないのが現状です」
「まずはここでの安全を確保するために、この会社の裏手にある防衛省納品庫に移動したいと思います。この倉庫は防爆仕様で外壁も厚く、シェルター代わりになります」
「そこで、皆さんにお願いがあります。倉庫から必要な水・食料などの生活必需品などを集め、防衛省納品庫に移すお手伝いをお願いしたいのです・・・」
そう言いかけた時、八代の耳に楓からの無線が飛び込んた。
「至急!02より全隊へ。警戒態勢。敵個体が行動開始。繰り返す、敵個体行動開始」




