005 残り時間
食事を終えたカイたちは、スマホランタンが照らす明かりの中で、数時間ぶりの落ち着いた時間を過ごしていた。早々に食事を終えた葉月が、2階の休憩室を発見し、少年を含めた民間人たちを休ませた。
今食堂にいるのは、楓と「見張り」を交代した自衛隊の八代と、葉月、徳川、カイの4人。
楓と仙川は、八代に代わって「外敵」の「見張り」に出ている。
「女将さんがいてくれたお陰で、だいぶ助かってるね」
徳川が皆に同意を求めるように呟くと、事情を知らないカイが尋ねる。
「そうですね、どちらの方なんですか」
「乙女チャンは、防府基地のアイドルなんだぜェ」
自衛官、葉月が相変わらずの軽い口調で「アイドル」と答えた。
それを、食事を終えた八代が苦笑いしながら訂正する。
「防府基地にある隊員食堂の女将さんなんですよ」
「あ~それで、皆さん顔なじみなんですね」
カイは、納得したように頷いた。
食事しながら訊いた徳川とカイの話をまとめるため、八代は手帳を取り出して箇条書きに書き出した。
・自衛隊へ卸している物資や備品は専用の保管庫で厳重に保管されている
・保管庫へのアクセスは、専用の『カードキー』が必要
・『カードキー』は事務所ビル棟で支店長が厳重に管理
・『カードキー』を作動させるには、『電力の回復』が必要
・電力の回復には『非常用発電機』を稼働が必要
「下から順番に解決していく必要があるか」
八代は箇条書きの一部をペンでトントンと叩いた。
「どうだろう佐倉くん、保管庫はともかく、発電機の場所はわかる?」
「はい。たぶんその『保管庫』の隣にある施設だと思います。見取り図、書きましょうか?」
八代が手帳とペンをカイに手渡すと、メモ帳の空欄に大雑把な見取り図を描いた。
現在地の食堂、事務所ビル、保管庫、発電機、そして敷地に面した国道。
ざっと描いて、八代へ返した。
その見取り図を覗き込み、八代と徳川が顔を見合わせて頷いた。
「第一に電力の回復。これは併設のタンク次第だな。第二にカードキーの捜索と確保。支店長の姿がない以上、これが現状一番難しいか」
八代はメモの『カードキー』にアンダーラインを走らせる。
徳川がカイの見取り図の『事務所ビル』を指差した。
「ここは私が調べましょう。少々心当たりがあるもので」
「では、私は発電機とタンクを担当します」
八代は見取り図をペン先でトントンと叩いた。
「僕は・・・」
カイが口を開いたが、徳川がそれを制して口元を緩ませた。
「君は一旦休みなさい。万事うまくいった後、頑張ってもらう必要がある」
「フォークリフトに、バイペダルローダー、荷物の積み込みには必要な人材だな」
八代も同意見のようだ。
「うまくいったら、96式のコクピット、見せてやんよ」
八代が笑いながら右手を差し出した。
「よろしくおねがいします!」
二人はがっちりと握手を交わした。
「懸念事項がひとつ」
八代は広げた手帳の見取り図の中に、おおきなマルを書き足した。
「距離があるので大丈夫とは思うが・・・この位置に《《ヤツ》》がいる。行動は慎重に」
「アレが動き出す可能性は・・・本当に雨のせいで動かないなら良いのですが」
徳川が眉間に皺を寄せて顔をしかめたが、八代はそれを制するようにわずかに手を挙げた。
「動けば我々が何とか対応します。まずは・・・徳川さん、佐倉くん、まずは休息を取ってください。夜が明けたら、調べに行きましょう」
——メディカルウェア姿の女性、九堂 紗綾は、個室になっている休憩室の、備え付けのソファに深々と沈み込んでいた。
ソファの前の小さなローテーブルには、葉月が用意してくれたアロマキャンドルがゆらめいている。
彼女の眼差しの先には、ベッドの中で丸くなり寝息を立てているアキラがいた。
コンコン、と休憩室の扉をノックする音が聞こえて、引き戸の扉がすーっと開いた。
少しだけ心配そうな眼差しの女将さんが顔を覗かせ、小さく会釈して静かに部屋に入ってきた。
「あきらくん、寝た?」
女将さんは小声で紗綾に尋ね、背を向けてそっとベッドの方を覗き込んだ。
シニョンにまとめ、束ねた後ろ髪は、少し解けかかっていた。
「はい、さっき」
紗綾は少しだけソファに埋もれていた身体を起こした。
「お疲れじゃろ、あんたも少し横になりんさいよ?」
「ええ、私はここで休みますので・・・」
「ほいじゃあ、隣の部屋におるけぇ、何かあったらおいでぇね」
女将さんは紗綾の肩にやさしく触れた後、静かに部屋を出て行った。
紗綾は、再び身体をソファに深々と埋めた。
正直なところ、まだ正式な看護師でもない私には、今日起きた出来事は何もかも荷が重すぎた。
看護学校から自衛隊の医療班を勧められたのがきっかけだった。インターンに入って数日、元気な男性自衛官たちにイジられながら、特に何もない平穏な日々が続いていたけれど・・・今日はそれが突然崩れた。
—医務室に運び込まれる、傷だらけ、泥と血だらけの重症者。
—医務室に入りきれず、廊下の壁に横たわるたくさんの負傷者。
—清潔だった廊下は、泥と血で汚れきっていた。
—汚れた壁に背を預ける負傷者の列の中には、私をからかって笑わせてくれたあの元気な自衛官たちもいた。
順番にトリアージして指示を出す医官さん、指示に従い応急処置を続ける医官さんと看護自衛官さんたち。
私はただ、指示に従って簡単な処置しかできなかった。
それが精一杯。夢中で処置しつづけた。
医官さんが、肩を叩いた。
(あなたは民間人なんだから、あの人に従って、避難しなさい)
(ここはいいから、早く行って)
—その人に手をひかれて、大きな車に乗せられて。
(シートベルトをしめたら、姿勢を低く保って)
(こわかったら、目を瞑って耳を塞いでいて)
(もうだいじょうぶ。俺たち国民の味方、自衛隊だから!)
激しく揺れる車の中で、その人は笑顔で優しく接してくれた。
笹木さんっていったっけ。
優しそうな人だったな。
それが、あんな事になるなんて。
哀しくて、心が張り裂けそうなのに、涙が出ない・・・
(もうだいじょうぶ。俺たち国民の味方、自衛隊だから!)
(ちょっと行ってきます!、あぶないからじっとしててね!)
その人の笑顔を思い出しながら、紗綾はゆっくりと瞼を瞑った。出ない答えを抱えたまま、紗綾は深い眠りに落ちていく。
私たち、いつまでこうやって生き残っていられるだろう・・・?
でも、せめてアキラ君だけは支えてあげたい・・・




