003 食堂
「04より01、食堂で水道水を確保。喫食可能」
『05より01、食堂の安全を確保。暫くは雨風しのげそうだぜ~』
仙川からの通信に続き、葉月からの報告も届いた。
「おーそうか!良かった。01より04、05、ご苦労さん、少し休め。民間人の皆さんの様子はどうか」
01・・・小隊長の八代 創は眼前に装着しているHMDに投影されている視界に注意深く目を配る。
八代の視界の先には、500メートルほど先で行動停止している、異形の物体—エイリアンの姿があった。
それは熱を帯びて水蒸気のようなもやが出ているが、まったく動く気配がない。
『05より01、可能であれば皆さんを暫く休ませたい。保護した少年も未だショック状態の様子。敵さん寝てるんなら俺らも交代で休んだ方がよくね?』
「05、通信は簡潔にな。敵勢力に動きなし。電池切れたみたいに動かねぇ。」
『05了解。マジ充電中だったりして(笑) じゃぁ皆さんに休息をとってもらいますわ。通信終わりィ』
八代は(はぁ・・・)と溜息を付いた後、通信のスイッチを入れなおした。
「01より02、お前も休息をとれ。2時間交代だ」
『02了解。キャリアに繋いで給電しとく』
02の特徴のある関西弁の澄んだ女性の声が、嬉しそうに耳に届いた。
やっと一息つけそうだ。
八代は通信を切り、鼻から大きく息を吐いて、ぼんやりと外を眺めた。
相変わらず雨は降り続けている。雨が降る間は、本当に安全なのかもしれない。そう思いながら八代は狭いコクピットの傍から小さな水筒を取り出し、水を一口含む。
緊張が解けた途端、忘れていた空腹が襲ってきた。
「腹減ったなぁ・・・ラーメン食いてぇ」
* * *
「女将さん、厨房、使えそうです。さすがに勝手がわからないので見てもらえませんか」
厨房から仙川が戻ってきて、割烹着姿の女性・・・久保田 乙女に声をかけた。
「ほーじゃねぇ、何か使えそうな食材でもあればええね」
二人はカウンターの横から厨房に入ると、冷蔵庫の扉を開けて調べた後、今度はガスコンロやフライヤー、シンク、食器棚から保温ジャーの中身までひととおり見てまわった。
「使えそうじゃね、保温ジャーのごはんは気を付けんといけんけど・・・何かこさえようかね。でも少し明かりが欲しいねぇ」
「わかりました、女将さん、とりあえずこれを」
仙川は手にしていたL字ライトを久保田に手渡すと食堂の方へ移動し、声を上げた。
「みなさん、後でお返しするのでスマホのライトをONにしてお貸し願えませんか?」
「葉月くん、空のペットボトルを集めて、ラベルをはがしてくれる?」
「あいよ~了解」
葉月は自動販売機横のゴミ箱からペットボトルをいくつか取り出し、ラベルをはがして近くにあった手洗い用の洗面台で洗うと、水で満たして蓋を閉めた。
「では、すみませんが一旦テーブルの上にスマホを置いて下さい」
仙川は自分のスマホを取り出してテーブルの上に置いた。
葉月が水で満たされたペットボトルを両手で抱えて戻ってくると、仙川はそのうちの1本を受け取り、スマホの上に置いた。
途端に、ペットボトルが周囲を明るく照らした。
「こうするとランタン代わりになるんです」
「へぇ~」
Tシャツにジーパン姿の青年、上田が感心したように声をあげた。
ずっと俯いたままだった少年は顔を上げ、まだ不安が残る眼差しで光を見つめていた。
カイと徳川の2人は、相変わらず突っ立ったまま、窓の外を見ていた。
落ち着かないカイはポケットの中からさっき葉月にもらった飴玉の包みを取り出し、口の中へ放り込んだ。
蜂蜜の強い甘み、そして醤油の香ばしい塩味が口の中に広がり、鼻に抜けていく。
あまじょっぱくて香ばしい。
いまひとつ整理のつかない頭の中が、少しすっきりした気がした。
「さっきの話だけど」
徳川が口を開いた。
「事務所ですか?僕は1階しか入ったことないですけど」
「そうか、そりゃそうだよな」
「何かあるんですか?」
「ここの倉庫にね、会社が自衛隊に卸してる商品があるはずなんだが・・・はっきりいえば、武器弾薬、火器、さっき君を助けた96式外骨格用の部品とかだ」
「え?マジですか!?やっぱりさっきのは・・・96式機動外骨格、二足歩行式戦闘車両。Type96 Movable Exoskeleton Bipedal Combat Vehicle、略してType96ME/BCV!!」
「早口・・・(笑) 詳しいねぇ、ミリオタか何か?」
「いえ、どちらかというとメカオタクです。専攻も機械工学科です!」
「あー、だからここでバイトしてたのか、バイペダルローダーとかもあるしね」
「はい、フォークリフト免許の他にも、バイペダルローダーの操縦資格免許も持ってます!」
「ハハハハ(笑) 急に元気になったな」
「はい!96式・・・間近で見たいですし!」
「それはまた後で隊長さんにでも聞いてくれ。で」
「私たちがこのまま無事に逃げられるかどうか、それにかかってる。命からがら基地から脱出してきたからね、自衛隊も装備が充分でないんだ。だからここに来た」
「そういえば、この倉庫の向かい側に施錠されてる頑丈な倉庫がありますね」
「それだ。ただ電子ロックだから、電源を復旧してロックを解除するしかない。判る範囲でいいので手伝ってくれないか?」
「手伝うのはいいですけど、ほんとにいいんですか?勝手に・・・」
「こういう状況だ、使えるものは使わせてもらわないと、生き残るのが先だ」
「そうです、ね・・・」
カイは現実に引き戻された。口の中の飴の甘味が急に強くなり、苦味すら感じた。
「ほら、96式のパイロットさんがお出ました」
徳川がさっと手を挙げた。
食堂の扉が開き、他の自衛隊員と明らかに違うパイロットスーツの女性が入ってきた。
徳川に気付いて手を挙げて返礼すると、聞き覚えのある関西弁が響いた。
「まいど~、おつかれさまです~、なんかええ匂いしてるな~。」
葉月もパイロットスーツ姿の女性に軽く手を挙げて挨拶した。
彼女も軽く手を挙げて返事すると、きょろきょろとあたりを見回した。
「あれ? りんは~?」
厨房の中で慌ただしく動いている仙川と久保田を見つけ、カウンターから身を乗り出して中を覗き込んだ。
「そんなところでなにしてん?あ、おばちゃん、あたし”たなかうどん”がええ!」
「あんた!こんな時にもう・・・わかったけぇ、ほら!座って待っちょき」
久保田は小皿を手にとり、火にかけた鍋からお玉で出汁を小皿にとり、味見した。
「うん、ええね」
パイロットスーツの女性は、少年とメディカルウェアの女性の向かいに座り、少し身を乗り出して少年に微笑みかけた。
「きみ、少しは落ち着けたかな」
少年は声なく小さくうなずいた。
「うん、それなら良かった。大変やったな。もう大丈夫やで。お姉ちゃんが守ったるからな」と言って、にっと笑った。
「はぁ~喉乾いた~水~」と、スマホの上のペットボトルに手をかけた。
「あ、それ飲まない方が・・・」メディカルウェアの女性が慌てて声をかけた。
「え?なんで?」キャップを回して今にも開けようとしていた。
「楓ちゃーん?それゴミ箱にあったやつ~」
窓際に寄りかかっていた葉月がニヤニヤしながら静止した。
「なんや、なんでそんなもん・・・あ、ランタンかぁーこれー」
楓というパイロットスーツの女性は、苦笑いしながら蓋を強く閉め直し、スマホの上に戻した。
「あの人が、さっきシャッター壊してくれた人ですか」
カイは徳川に聞いた。
「そう、96式のパイロット、岡崎 楓さんね」
名前を呼ばれた楓は、カイの方を向くと、ニィ~ッと顔を綻ばせて軽く手を振った。
【作品脚注:たなかうどん】
牛肉とわかめ入りうどんのこと。山口県発祥のうどんチェーン「うどんのどんどん」での人気定番メニューの一つ。スタッフの田中さんがまかないで食べていたことが由来とされている。




