002 外に潜む敵
カイはまだ何が起きているのか判らず、ただぼーっと裂けたシャッターの向こう側を見つめていた。
そこに、外からバシャバシャと水溜まりを踏みつける足音と共に、人影が現れた。
自衛官の葉月を先頭に、割烹着を着た初老の女性と医療ウェアを着た若い女性が、俯いたままの小さな男の子を両脇から支えながら倉庫に入ってきた。
続いて、Tシャツとジーンス姿のカイと同い年くらいの青年、黒っぽいスーツ姿の男性。
最後に先ほどの女性自衛官、仙川がカイを促し、一団に付いて奥へと向かう。
葉月が誘導した先は、従業員とトラックドライバー用の食堂兼宿泊所。
カイも何度か利用したことがある。
入口の自動扉は動かなかった為、葉月が小銃のストックで強化ガラスを叩き割り、強引に開けた。
割れたガラス片を足で払い、6人の民間人を奥の食堂へ誘導する。
最後に入った女性自衛官、仙川はライトを構え、真っ暗な配膳カウンターを超えて厨房の中へ消えていった。
最初に入った葉月が、手にしたライトで食堂を照らす。
食堂の中は、よくあるカフェテリア形式のこじんまりとした空間、だった。
今は何かの衝撃で割れた窓ガラスが散乱し、テーブルや椅子が乱雑に転がっている。
かつては配送ドライバーや従業員で賑わっていた場所は、非常灯のおぼろげな光と時折流れ込む湿った風と雨音だけが響いている。
スーツ姿の男性が、倒れた椅子を起こし、埃を払って並べ始めた。
「ほら、君も手伝ってくれるか」
40歳位の管理職を思わせる落ち着いた声。
言葉の中に人を動かす力を感じる。
Tシャツ姿の青年とカイがほぼ同時に動き出し、手探りで椅子とテーブルを整えた。
割烹着と医療ウェアの女性たちが、二人で支えていた少年を椅子に座らせ、付き添うように両脇に座った。
葉月がポーチから水筒を取り出し割烹着の女性に渡すと、カイの方を向いた。
「お兄さァん、救急キットとか~どっかないか知らないィ?」
「救急箱は・・・ここのカウンターの隅においてあったような・・・」
「オッケイ、あったあった」
葉月がカウンターの端にあった救急箱を見つけ、医療ウェアの女性に手渡した。
急な出来事の連続に、カイの中の不安が爆発する。
「あの・・・何がおきたんですか?気が付いたら倉庫はぐちゃぐちゃで、会社の人も誰もいなくて、ここもこんなんなってるし、何?戦争??侵略ってなに??」
カイはパニック気味に、早口でまくしたてた。
・・・沈黙の中、激しい雨音だけが響く。
スーツの男性が背後からカイの肩をポンポン、と軽く叩き、落ち着きのある低い声で言った。
「ひとまず雨風が入らないように、割れた窓を塞ぎたい。手伝ってくれないか?その時にでも説明しよう」
釈然としないまま、カイは男性たちと一緒に倒れたテーブルを起こして割れた窓を塞いた。
外の雨はさっきより強くなり、強い風とともに横殴りの雨粒が隙間から吹き込んでくる。
「さてと、こっちに来てくれるかい?」
スーツ姿の男に促され、カイは割れていない窓の方へ移動する。
男は、雨が打ち付ける窓の外の闇を見つめ、カイに小さな双眼鏡を手渡す。
「見た方が早いからね。それ、暗視鏡だからよく見えるよ」
スーツの男は窓の外を指さした。
「あれ、見えるか」
カイは、スーツの男が指さす方向に双眼鏡を向ける。
スーツの男は、他の皆に聞こえないよう、カイの耳元に顔を近づけた。
「外、国道の右手のはるか向こう、何が見える?」
「え・・・何!?」
カイが覗き込む暗視鏡に灰色の世界が映る。国道の先に・・・雨ともやに包まれた巨大な影が見えた。動く気配すらない、まるで大きなオブジェにも見えるそれは、うっすらと蒸気のようなもやに包まれていた。
「何・・・ですか、あれ。怪獣?」
予想外の生物のような影に、カイは思考が追い付かず言葉を失う。
「あんなのがうじゃうじゃいる」スーツの男が静かに続ける。
「ここからは見えないが、もっと巨大な飛行物体が上空に現れて、そこに居るような怪物の大群が現れたんだ」
カイは、双眼鏡を構えたまま、息を呑んだ。
「中にはでかいトンボみたいな飛行物体が大量に空を覆いつくして、人を襲い始めた。街のあちこちで火災が起きて、煙があがって・・・自衛隊が出て応戦していたが、まったく刃が立たなかったようだ」
「冗談・・・きっつ、エイリアンてことですか?」
カイはスーツの男の話を半信半疑に聞きながら、外の巨大な影に目を凝らした。
身体は細長く長い尻尾を持つトカゲのような容姿に、虫のような節、連なる甲殻、肩に機械的な細長い2対の突起・・・何とも言い難いありえない姿がそこにあった。
「何なんすかあれ。機械?怪獣?ありえない」
徳川と名乗ったスーツの男が、ため息まじりに吐き捨てる。
「だよな。あんな兵器は見たことがない。エイリアンの目的はアブダクションではないかとも思える。ただ人を襲って、捕まえて、攫っているんだ。実際に見たが、あれには戦車砲も戦闘機のミサイルも、まるで効果がない。逆にその所為で被害が出て、そこらじゅうで火事になっていたよ」
「あそこにいるアレは動かないんですか?」
「あぁ、雨が降り出してから急に動かなくなった」
「雨に弱いとか?」
「わからない。雨が降り出したら、飛んでいたやつらも急にいなくなった。ただ・・・」
「ただ?」
「それであの子は助かったが、自衛官が一人、犠牲になった」
女性二人に囲まれ、ずっと俯いたままの少年が、小さな肩を震わせている。
その少年を、割烹着姿の女性が抱き寄せるように優しく背中をさすっていた。
「あぁ、自己紹介がまだだったね、私は丸菱商亊の徳川と申します。ここの物流センターにはよくお世話になってました」
スーツ姿の男性は胸ポケットからIDカードを取り出して、カイに見せた。
「名刺は基地から逃げるときに落としたみたいでね、IDカードですまないが」
「佐倉です、佐倉 櫂です」
「宜しくね、佐倉くん」
徳川が右手を差し出してきて、カイと握手した。
「君がいてくれて良かった、ところで・・・」
「この会社の事務所ビルには入ったこと、ある?」




