001 倉庫
『うぅん・・・』
青年は目を醒ましたが、自分がおかれている状況を理解するのに時間がかかった。
気がついたら、何かしら商品が梱包された段ボールの山の下敷きになっていた。
ぼんやりと思い出せるのは、大きな轟音、揺れ、衝撃、警報みたいなサイレンの音、そして暗闇。
ここはどこだっけ、そうだ、バイト先の大きな物流倉庫の中だ。
とりあえず腰のダンプポーチからスマホを取り出した。
時刻は7月◯日21時35分。電波は圏外。倉庫のWiFiも止まっている。
画面には『J-ALERT 緊急避難指示』と大きく表示されている。
『7月◯日14時頃、国内各地において国籍不明の大型飛翔体が飛来しました。国民の皆様は冷静に・・・』
「おいマジか」
スマホのライトをONにして、体を起こしながら周囲を見渡す。
巨大なスチール製の棚がドミノ倒しに斜めに倒れ、段ボールがパレットごと横倒しに重なっている。
その隙間に自分がいる。
慎重に棚と商品の隙間をすり抜けて通路に出た。
倉庫の壁に面したトラックヤード、シャッターや扉は全て閉まっている。
中は非常灯のぼんやりとした灯りだけ。
とにかく外に出ないと。
大型シャッターは固く閉ざされ、従業員用の扉もびくともしない。
従業員のIDカードをかさしてみても反応がない。
電源が落ちている。
倉庫の屋根をザーッと叩く音が聞こえていた。雨が降っているようだ。
どうやって助けを求めるべきか迷っていると、トラックヤードのシャッターの僅かな隙間から光が差し込む。
(誰かいる!)
彼は光が差す方へ急いだ。
大型トラックと思しきエンジン音、複数の大きな二足歩行機械の足音が響く・・・
トラックヤードのシャッター扉を手で叩いてみたものの、ガサガサという軽い音を立てるだけ。
腰のダンプポーチの中から、メンテ用のモンキーレンチを掴み、思い切り何度も叩きつけた。
ガァン!ガァン!ガァン!
「!?中に誰かいますか!」
落ち着いた若い女性の声が聞こえた。
「助けてください!閉じ込められました!」
彼は声を張り上げた。
扉の隙間に、フラッシュライトらしき強い光がゆらゆらと動いた。
「閉じ込め?出られないの?」
その声は扉の隙間の向こうからはっきりと聞こえた。
「停電してロックかかってます!開きません!」
彼は隙間に向かって叫んだ。
「了解!ちょっと待ってて」
「04より全小隊、生存者男性1名。楓さん、どうにかできる?」
ザザザっというノイズが邪魔して聞こえないが、会話しているのが聞こえる。
「04・・・了解」
扉の向こうの女性の声が声を張り上げる。
「いまからこじ開けます!危険なので離れて下さい!」
「わかりました!」
彼は扉の前から離れ、倉庫の隅の方へと急ぐ。
扉の外で大きな足音が響き、拡声器を通したような女性の声がした。
『扉を壊しまーす!危険なので離れてくださーい!』
関西弁の独特なイントネーションで女性の声が響き渡った。
ギュィィィンという金属音と共に、シャッターに火花が散る。
火花が収まったかと思うと、ガシャン!と大きな音を立て、切り取られた部分が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ空間に、巨大な二足歩行機械の足が飛び出している。
シャッターを蹴破ったその足が、倉庫の外へと引っ込んでいく。
(あれは・・・もしや?)彼は一瞬目を輝かせる。
吹き飛んだシャッターから雨が降り込み。
ライトに照らされた人影がふたつ、倉庫の中に現れた。
「自衛隊です!大丈夫ですかー?お怪我はありませんかー?」
吹き飛ばされたシャッターから、迷彩服を着た自衛官が二人現れた。
一人は細身だががっしりとした男性。もう一人は小柄な女性。
がっしりとした男性は、ライトと小銃を交差したまま、倉庫の奥の方へ消えていく。
女性の隊員が青年を見つけて駆け寄って来る。
「自衛隊です。大丈夫だった?お名前を教えてもらっていいかな」
「佐倉 櫂です。高専の学生・・・アルバイトです」
「僕は自衛隊の仙川といいます。防府基地から来ました。」
片手でヘルメットの位置を直すと、女性自衛官は落ち着いた声で自己紹介した。
カイと名乗った青年は、少しほっとした様に周囲を見回す。
「すみません何が起きてるか全然わかってないんですけど・・・」
「その前に、怪我してないかちょっと見せてね」
仙川と名乗った自衛官は、立ち上がりフラッシュライトでカイの全身を順に照らして外傷がないか確認した。
「怪我は・・・ないようね。どこか痛むところはある?」
こんなものしかないけど、と迷彩服に固定されたポーチからウェットティッシュを取り出すと、1枚取って手渡した。
「顔、それで拭いてね」
「ありがとうございます」
カイという青年がウェットティッシュで顔を拭く間、仙川は肩のレシーバーに手をかけ、カチリと押すと喋りはじめた。
「04より01、男性1名を保護、外傷なし」
レシーバーから男性の割れた声が飛び交う。
『05、現在周辺検索中ッス』
『01から04、了解。05は検索後報告を頼む』
レシーバーから手を放すと、仙川と名乗った自衛官はカイの方を向いた。
「私たちもまだ状況がはっきりと掴めていないんだけど・・・」
仙川は再びカイの前でしゃがみこみ、真剣な顔で彼を見上げ、言い放った。
「日本はいま、外部からの侵略を受けています」
「は?・・・えぇ?」
仙川の言い放った言葉に、カイは聞き間違えたかと思い素っ頓狂な声を上げた。
もうひとりの男性自衛官が倉庫の奥から戻ってきた。
「あ~君。無事で良かったねェ、俺ぇ、葉月ね、自衛隊~」
フラッシュライトがカイを照らし、葉月という自衛官が近づいてきた。
「僕、佐倉です」
カイはフラッシュライトを手で遮りながら彼を見た。
フル装備の迷彩服。予備弾倉、無線機、防弾ベストを装備した姿は、さっきの女性自衛官に比べるとかなり大きく見えた。その葉月が、肩のレシーバーに手をかけた。
「こちら05。検索終了」
無線機『01より05、状況はどうか』
葉月 「05より01、一時避難できそうな場所を見つけた。外よりはマシ」
無線機『01より05、了解した。04、05は戻って民間人の誘導にあたれ』
葉月 「05了解ィ、移動する」
仙川 「04了解」
立て続けに、無線機から割れた声が響く。
無線機『01より02、我々はそのまま周辺警戒』
無線機『02了解。警戒を継続』
無線の向こうで、複数の隊員が慌ただしく連絡を取り合っている 。
一人だけ独特な関西弁の返答だった。さっきの拡声器の声の人か。
「じゃー誘導してくるわ、奥に食堂があったから、そこに集合な」
葉月と名乗った男性自衛官は、手信号で奥を指し示し、倉庫の外へ駆け出す。
「了解。気を付けて」
仙川はそう答えて葉月を見送った。
「少し待ってて。まだ外は危険だら」
仙川は立ち上がってシャッターの開口部の前へ立つと、肩にかけたライフルを抱えなおした。
やがて、エンジン音が収まり、外から差し込んでいた光が消えた。
外は相変わらず激しい雨音が続いていた。
(侵略?侵略っていったよね、何?戦争?外は危険?)
カイの頭の中で、疑問だけが残った。




