037 熱中症
「さあさあ、みんなお疲れ様じゃったね!晩御飯ようけこさえたけえ、いっぱい食べてーね」
——工学部食堂棟の2階。
疲れ切った学生たちを、学生食堂の前に立つ女将さんが笑顔で出迎えた。
虚しさが残る彼らを迎えたのは、カフェテリアのショーケースにならぶ、色鮮やかな夕餐だった。
その中心に、1食分ごとにボウル皿に小分けされた、白いそうめんがずらりと並ぶ。
食材が盛られた大きなビュッフェプレートの前には、手書きのメニュープレートが置かれ、それぞれこのように書かれていた。
—『おそうめん』
—『塩漬け豚の短冊切り』
—『ハムの千切り』
—『きゅうりの千切りと大葉の千切り』
—『夏野菜の煮浸し』
—『チキンチキンごぼう』
—『おむすび(梅)』
—『おむすび(焼味噌)』
—『スパムおむすび』
—『夏野菜のサラダバー』
—『フルーツパンチ』
女将さんと女子学生3人が、在り合わせの食材や水耕栽培で採れた野菜をフル活用し、力を合わせて作った豪華なビュッフェ。
疲れた顔で食堂に入った学生たちの顔をみるみる明るくしていった。
「おそうめんはどんどん湯がくからねぇ、しっかり食べてきんさい!」
女将さんの明るい声が響く。
学生食堂の厨房の中では、女子学生たちがそうめんを湯がき、おむすびの追加を握っている。
日も暮れて暗くなったキャンパスの中、ひときわ明るさを放つ学生食堂は、あっという間に以前の賑やかさを取り戻していった。
——「そうかね。じゃけえみんな沈んだ顔で帰って来たんじゃね」
帰って来た徳川から事情を聞いた女将さんが、ため息をつく。
「ええ、病院を襲っていた群れを退治することは出来たのですが・・・肝心の病院からは救助を拒否されてしまいまして」
徳川も小さくため息を吐く。
「まあしょうがないわーね。怪物は退治できたんじゃろ?それでええわーね」
女将さんが徳川の背中をバン!と叩く。
「おつかれさま!あんたもしっかりたべんさい!」
そう言って、徳川をビュッフェへ促していった。
——「失礼しまーす。紗綾さん、いますか?」
工学部へ戻って来たカイは、戻るなり本館棟1階の保健室のドアをノックしていた。
首が・・・痛い。
保健室のドアを開けて中に入ると、ベッドの前に座り、懸命にうちわを扇ぐ紗綾と保健師の田川、そしてカイが寝ていたベッドに横たわるアキラの姿があった。
アキラの身体には、濡れたタオルがたくさん掛けられている。
「えっ?アキラどうしたんですか!?」
驚くカイの声に、紗綾が振り向く。
「居ないと思ったら、ずっと外でみんなの帰りを待ってたみたいで・・・」
「まさか・・・」
「うん。熱中症みたい」
「そんな・・・容態はどうなんです?」
「一応、経口補水液を作って飲ませたんだけど、まだ熱がさめないし朦朧としてる」
「薬とかないんです?」
「熱中症に効く薬ってないのよ。できれば点滴で輸液するのが一番なんだけど、ここにはなくて」
「医学部ならあるかも?」
「うん。ごく一般的な輸液だから、病院ならあると思う」
「わかった!僕が行ってくるよ」
「九堂さん、ここはいいからあなたも一緒に行って。彼じゃどの薬かわからないでしょう?」
田川が紗綾の肩を叩き、背中を押した。
「え?・・・そうですよね。カイくん、いい?」
「もちろん・・・あ、でも足が無い・・・仙川さんに頼もうか」
二人は、足早に保健室を後にして、本館棟の前に停車している偵察車両へ走った。
——コンコン。
偵察車両の運転席をカイがノックする。
運転席の仙川は、女将さんからもらったおむすびを頬張っていた。
外に佇む2人の姿を見て、口の中の米を飲み込んでドアを開けた。
「どうしたの?」
「仙川さん、病院まで連れてってください。アキラが熱中症なんです」
「ええ!?・・・わかった。隊長に連絡するからちょっと待って」
仙川が無線のスイッチを入れ、八代に事情を話す。
『—わかった。すぐに連れてってやれ。気を付けてな』
八代からの返答を受け、仙川は2人を乗せて暗くなったキャンパスを出発した。
「そういえば、首、大丈夫なの?」
後部席に座る紗綾が思い出したようにカイに尋ねた。
「あ・・・忘れてた。今は痛くないからいいや」
真っ暗の坂道を下る車両。
ヘッドライトの明かりがひと筋の光となって誰もいない街並みを照らして進む。
暗い車内の中で、ことり、と何かが落ちる音がした。
助手席のカイが足元に転がったものを拾い上げる。
手にはひんやりとした鉄の感触・・・缶詰だ。
「あ、ごめん、ボクのデザート」
運転する仙川が左手を伸ばす。
「フルーツ缶?」
「うん。女将さんが持たせてくれたの」
暗がりの中でカイが目を凝らすと、みかんやもも、パイナップルの入った「フルーツミックス」のラベルがぼんやりと見えた。
「カイくん、晩ごはん食べた?」
「いえ、まだです」
「フルーツ缶、あげよか?」
「いえいえ、いいですよ、仙川さん食べてください」
「紗綾ちゃんは食べたの?」
「あ、いえ・・・私もまだです」
「じゃ、紗綾ちゃんにあげて」
「ほい」
カイが後部席に缶詰を持った手を伸ばす。
「あ、いえ・・・私は」
「じゃ、ごめん、持ってて。また転がっちゃいそうだから」
カイはそう言ってさらに手を伸ばした。
「うん、じゃあ一旦しまっとくね」
紗綾は缶詰を受け取って、肩に抱えていたバッグの中にしまった。
3人の乗る偵察車両は、川沿いを道なりに進んだ。
遠くに微かな病棟の灯りが見えた。
「見えてきたね。あそこ」
仙川が前を指差し、つづけざまに問いかける。
「どっから入ればいいんだろ?」
後部座席の紗綾が身を乗り出す。
「その先の交差点を右に曲がったら、正面玄関のロータリーがあります。そこからがいちばん早いですよ」
「了解。右ね」
仙川は指示通りに交差点を右に曲がり、大きな立体駐車場の先を左に入った。
偵察車両は大学病院前の正面ロータリーをゆっくりと進み、停車した。
エイリアンの襲撃を受けて周囲の街灯は暗く、闇につつまれているものの、正面の建物の奥にそびえ立つ白い外壁の建物だけは、明るさを取り戻している。
「あれだね」
仙川は偵察車両を降りて、その建物を見上げた。
カイと紗綾も、車から降りて暗闇の中、唯一明るいその建物を見上げた。
仙川はL型のフラッシュライトをポーチから取り出し、後部席からライフルを下ろして肩に担いだ。
「どっから入れるんだろ?」
仙川がビルを見上げながら呟くと、紗綾が目の前の入口を指した。
「こっちの外来入口から行けますよ」
フラッシュライトを持つ仙川が先導し、大きなバッグを肩に掛けた紗綾、まだ痛む首を気にしながら歩くカイが後に続く。
外来入口は自動ドアや壁際の窓がすべて割られ、著しい襲撃の爪痕が残されていた。
広いフロアの中は、待合用の長椅子が無造作に散らばり、受付用の端末は吹き飛ばされたようにバラバラに押し倒されていた。
紗綾が、入って右手側の暗い通路を指差す。
「こっちです」
3人は足元に注意しながらその通路へ向かう。
途中にある小さなラウンジのような空間を抜け、白い壁の長い回廊を進む。
本来ならば清潔感のある真っ白い壁は、血痕とエイリアンの爪痕で当時の凄惨さを静かに物語っていた。
通路の先へ進むと、非常灯らしき灯りが点々と灯り、少し明るくなっている。
不意に通路の角の向こうから、明かりが揺れているのが見えた。
仙川は足を止め、後に続く二人を制止した。
角の向こうから、誰かかが歩いてくる足音が響く。
仙川が驚かさないようにゆっくりと声を上げる。
「自衛隊です!どなたかいらっしゃいますか」
すると、小さな悲鳴のあとでパタパタという足音が近づいて来るのが聞こえると、非常用の小型ランタンを持つ2人の人影が角から現れた。
「自衛隊?ですか?」
薄暗い廊下に安堵と疑念の入り混じった女性の声が響く。
仙川がはっきりとした口調で再び声を上げる。
「はい、自衛隊の仙川といいます。少しお話、いいですか?」
仙川が2人に小走りに駆け寄ろうとしたその時、外からバタバタというヘリのローター音が聞こえた。
音はどんどん大きくなり、音圧で割れた窓ガラスを震わせた。
驚いた表情の仙川は、割れた窓の外を見上げた。
上空に着陸灯のスポットライトの強烈な光と、風に煽られて道端のゴミや砂埃が地面から舞い上がる。
仙川は目を凝らしながら機影を見つめ、ヘリコプターの回転翼の音に耳を澄ませた。
「UH-1Jだ!友軍が来た!」




