038 援軍
「UH-1Jだ!友軍が来た!」
喜びと安堵がこもった仙川の声が弾む。
2人の看護師も割れた窓を見上げ、不思議そうな顔で仙川を見る。
「あれも、あなた方と一緒なの?」
仙川がはっとして我に返り、身を正して2人に敬礼する。
「いえ、あれも自衛隊のヘリですが、我々とは別の部隊です。援軍です」
「改めて、陸上自衛隊防府基地所属の仙川と申します。お願いがあってこちらに参りました」
——仙川が2人の看護師に紗綾を引き合わせ、工学部キャンパスに子供の熱中症患者がいること、点滴器具と輸液が必要なことを告げた。
「看護実習生の九堂と申します。私たちの居る工学部の保健室で、11歳の子どもが重度の熱中症で危険な状態です。できれば点滴具一式と輸液を分けていただけませんか?」
紗綾が名乗り、真剣な表情で状況を手短に説明する。
「こちらに連れてきて頂くのは難しいのですか」
看護師の1人が紗綾の話を冷静に聞き入れた後、静かに問いかける。
「熱が下がらず、重篤の状態なんです」
紗綾は真剣な眼差しを向けたが、二人の看護師は気まずそうに視線を逸らした。
「そうですか。輸液と器具一式をお渡ししたいのですが・・・部長が院外への持ち出しを固く禁じてるんです。どうにかここまで移送できればいいのですが」
「そんな!とても動かせる状態ではないんです。重篤なんです!どうにかできませんか?お願いします、お願いします!」
紗綾は必死に懇願し、深々と頭を下げる。
「そう云われても・・・部長が」
冷静だった看護師が困った表情を浮かべる中、もう1人の若い看護師が我慢しきれず、声を上げた。
「もう我慢できない!先輩、私黙って見てられません!」
彼女は激高しながら、紗綾の手を握る。
「わかった。私が用意する。でもお願いがあるの。上の小児科に小さい子がいるんだけど、大人用の保存食じゃ食べてくれないの。ねぇ何か、子供たちが食べられそうなもの、持ってない?」
「え、どういうことですか?」
「部長が医薬品から備蓄食料まで、ぜんぶ管理しているの。緊急時だからって、私たちだけでなく、入院患者にすらきちんとしたも食事も医療行為も・・・全部制限しているの」
冷静だった看護師が、皮肉のこもった口調で吐き捨てるように呟いた。
若い看護師はその言葉に続いて、さらにまくしたてる。
「なのに、自分は何もせずに個室にこもったきり、全部現場の私たちにやらせてる。何の手伝いもしないで!個室で優雅にコーヒー飲んでるんだよ?許せると思う?」
「ちょっとあなた!部外者の人に!」
もう1人が彼女の言葉を制止する。5人の間に、気まずい空気が流れる。
紗綾が、肩に掛けたバッグの中から、缶詰を取り出す。
「ごめんなさい、今はこれしかないですが」
1食分の小さなフルーツ缶を、激高していた看護師の手の中に収めた。
看護師は、小さなフルーツ缶を見つめ、両手で包み込むように胸に抱えた。
「後で必ず、子供たちが食べられるものを持ってきます。だからお願いします。輸液を分けてください。お願いします!」
紗綾は目に涙を浮かべ、深く頭を下げた。
その様子に仙川とカイも、紗綾に倣って深々と頭を下げた。
「ちょっと待ってて」
紗綾の必死の様子を見た2人の看護師は、意を決したように通路の奥へと足早に立ち去って行った。
しばらく後、医療品を詰めたクーラーバッグを抱えた二人が、紗綾に駆け戻ってきた。
「早く行きなさい。このことは内緒にしてね」
——一方、隣の建物、A棟の屋上に、1機のヘリコプターが降り立った。
誘導灯すらついていない薄暗い暗闇の中で、ヘリのスポットライトに照らされて、4人の人影がヘリポートに降り立ち、階下に降りて行った。
独り病院の個室にいた医局部長の林田は、突然のヘリコプターの音に驚いてカーテンを開け、窓の外を見た。
そこには、隣のA棟に降り立つヘリコプターの姿が見える。
林田は迷惑そうに一瞥し、個室を出て行った。
B棟10階の通路を進み、A棟への連絡通路を進む。
真っ暗闇のナースステーションの向こうから、ライトを照らす4人の自衛隊員の姿が見えた。
「そこで止まってください!」
林田が大声で4人を制止する。
「この先は入院患者のいる病棟です。衛生上好ましくない状態での入室は控えて頂きたい!」
4人の自衛隊員はその場で留まり、構えていた銃を下ろし、声を張り上げて応えた。
「陸上自衛隊、山口駐屯地の乾といいます。灯りが見えたのでご様子を伺いに参りました。責任者の方ですか?」
林田は小走りに連絡通路を抜け、暗闇のナースステーションの前までやって来た。
「はい、医局部長の林田です。《《また自衛隊ですか》》。今度は何の御用で?」
”《《また》》”という言葉に4人の隊員たちは顔を見合わせ、乾と名乗った隊員が声を掛ける。
「みなさんご無事で何よりでした。何かお手伝いできることはありますか?」
乾は探るような鋭い目で林田を見つめる。
しかし、林田は憤然とした態度を崩さない。
「今のところ、こちらは大丈夫です。病院としての機能は維持しておりますが、食料が不足しております。お願いしたいのはそれぐらいですかな」
「要救助者はいませんか?もしくはこちらで要救助者の受入れは可能でしょうか」
「いません。何名かは夕方他の学生たちが連れて行きましたが・・・あなた方とは別の自衛隊か何かですかな」
「ああ、連絡にあった別の隊ですね」
「ええ。なので”いません”。それに今の状況では別の要救助者の受入れは難しい。出来れば《《まともな体制で》》人員、物資を用意の上でお越し頂きたい」
呆れたような態度で、林田は乾を見下す。
まるで「帰れ」といわんばかりの様子だった。
「わかりました。では我々は一旦工学部を拠点にする予定ですので、また改めて伺います。それまでどうか、ご安全に」
乾は姿勢を正して林田に敬礼し、3人の隊員を促して暗いA棟の奥へ消えていった。
(どいつもこいつも、なっとらんな。救助じゃない、まともな医療スタッフを寄越さんか!ここをどこだと思っとるんだ)
林田はあからさまな嫌悪を表情を浮かべ、4人の背中が消えていくのを見送った後、A棟側の防火扉を作動させ、完全に塞いだ。
——工学部でも、1機のヘリコプターが上空に現れていた。
バタバタという派手なローター音を立て、食堂棟の裏手にあるグラウンドをライトで照らす。
ホバリングでグラウンドの砂が舞い上がり、無造作に置かれたエイリアンの遺骸が砂埃に覆われていく。
スポットライトが照らす先に、葉月の影が映る。
ヘリの着陸に合わせ、手信号を送り、その動きに呼応して、ヘリはグラウンドの中心に着地した。
その光景を、食堂棟の2階で食事を楽しんでいた学生たちが窓際に集まって眺めている。
グラウンドの端には、自衛隊の八代、久永博士、宮間教授の姿があった。
やがて、ヘリのローターがゆっくりと回転を止め、静かになった。
操縦席と機体の横のキャビンドアが開き、4名の自衛隊員が降りてきた。
八代と葉月が出迎えの為に駆け寄り、姿勢を正して敬礼し、呼応して4人の自衛隊員も返礼を返した。
「出雲駐屯地所属、第13偵察戦闘隊、武末です!任務ご苦労様です!」
背は低いががっしりとした体形の、女性隊員が高らかに声を発した。
その声は美しくも勇壮で、ほれぼれするような高い声だった。
「防府基地所属、第31特務分隊の八代です。よくご無事で。歓迎いたします」
「こちらこそ。八代さん。敵勢力の撃破報告を拝見しました!お見事でした」
武末と名乗った女性隊員は、敬礼したまま、八代ににっこりと笑顔を返した。
フル装備の隊員服姿には不釣り合いだが、女性らしい可愛らしさが垣間見えるその笑顔に、八代は思いがけず心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。




