036 破壊と復興への鎮魂曲
『東側アーケード、閉鎖失敗。残存する支柱が天蓋を支えています。まもなくエイリアンの先頭集団が到達。——カイさん、緊急対応します。アイハブコントロール』
「楓さん!」
カイが咄嗟に叫び、楓も同調する。
「まかしとき!」
ツギハギが残っている支柱をターゲットし、目標に向かって飛び出す!
楓の2番機もその動きに同調して力強くアスファルトを蹴ってもう片方の支柱へ突進する!
落ちかけた天蓋の向こうから、4本足のエイリアンの波が目の前まで押し寄せてくる。
『ターゲット補正。カイさん、中心を狙ってください。ユーハブコントロール』
急な動きによる首の痛みで顔を歪めながら、カイはアイリスに指示されたターゲットを据え、ツギハギ左腕の油圧式カッターで挟んで一気に力を込めた。
バキン!という破断音と共に、左手のトリガーの圧力が抜ける。
ほぼ同時に、楓の2番機が肩の振動式ブレードを引き抜いて横一文字に薙ぎ払い、アスファルトを蹴って離脱した。
『天蓋が落下します。緊急回避。アイハブコントロール』
そう言うや否や、ツギハギが後方に飛びのく。
派手な音と共に、落ちかけていた天井部分が落ちて、出口を塞いだ。
後方に飛び退いて着地した衝撃が首に伝わり、カイは激痛に顔を歪めた。
『05、とどめの一撃、今!』
アイリスが葉月に再度指示する。
葉月はニヤリと笑い、もうひとつの起爆装置のスイッチを捻った。
——耳をつんざく巨大な爆発音がアーケード内を連なるように轟く。
——その瞬間、宇部の商業発展史に名を遺す産業遺産のひとつが消えた。
爆風がアーケードを駆け抜け、かつての喧騒を粉々に砕いていく。
アーケード内のいたるところに設置されたCー4爆薬が連なるようにに起爆し、シャッターで閉じられたかつての名店街の軒先が吹き飛んでいく。
—知る人ぞ知る『宇部ラーメン』発祥の名店。
—市民の胃袋を満たし続けた定食屋や小料理屋
—昭和の時代を彩った小さなスナックが軒を連ねる狭い横丁
—歴史あるお寺や、古くから水神さまを祀り市民に愛される神社
—かつては宇部いちの音楽の殿堂だったレコード店
—仙川が食べたがったお好み焼き屋やたばこ屋のカウンター
今でも夏祭りや季節のイベントが催されるごとに賑わいを見せ、市民から愛された憩いの場が、150体に上るエイリアンの大群を飲み込んで、爆散した。
長さ300メートルにおよぶ長い天蓋は崩れ落ち、爆発とともにエイリアンたちを押し潰した。
爆発の影響で周囲は巨大な土煙に覆われ、吹き飛んだアーケードの破片がばらばらと飛び散った。
学生たちは、皆一様に何とも言えない表情で遠巻きにその様子を見守った。
大事な何かを失ったような、虚脱感。
「あぁ・・・あの店のラーメン、もう一度食べたかったな」
医学部病院のエントランス前に佇む1番機の中で、八代が残念そうにぼやいた。
仙川は偵察車両の窓から、昨日オレンジ色の看板があった場所を見た。
もうそこには、崩れ落ちた巨大な天蓋の残骸しか見えない。
彼女は静かに目を閉じ、ハンドルに頭を預けた。
葉月は、崩れ落ちた「ハミングストリート」と記された天蓋の残骸に向かって、静かに黙祷を捧げている。
楓は、2番機のモニター越しに映る景色に向かって小さく呟く。
(復興作業、絶対また来るからな。待っとってや)
東側エントランスを駆け抜けた仙川の偵察車両とSUVから、エレキギターが奏でる懐かしい勝利の曲が流れてきた。
Dチームのギタリストが奏でるのは、ドット絵の時代から現代まで、勝利の象徴として愛され続けてきた、誰もが知るあの名曲の『勝どきを告げるファンファーレ』だった。
その旋律がひとしきり響いた後、短い静寂が訪れた。
そして、その名曲に続く象徴的で壮大なメインテーマ曲を奏でるエレキギターの旋律が、スピーカーから流れだす。
それは、この街を、日常を、自分たちの文化を取り戻した者たちによる、最高に不敵な勝ちどきと、壊してしまった『だいじなもの』への、復興を誓う鎮魂曲だった。
アイリスの抑揚のない声がその場にいる全員に届く。
『状況終了。|Mission accomplished《作戦は達成されました》. 皆さん、お疲れ様でした』
その頃、医学部キャンパスの一角。
大学病院B棟前に来た徳川たちは、代表の医師、看護師たちと面会していた。
「・・・では、このままここで救助を待たれると仰るのですか」
徳川の眉間に深く皺が刻まれる。
中年で恰幅の良い体格の医師が、尊大な態度で徳川を見下す。
「はい。申し出はありがたいのですが、危険を冒してまでそちらへ移動する理由がありません。あなた方は公的な救助隊ではないのでしょう?それに上の階には治療が必要な患者さんが沢山います。ここを離れる訳にはいきません」
「なるほど。仰ることは理解しました」
徳川は静かに頷く。
「部長、せめて患者さん以外の一般の方だけでも・・・」
もうひとりの若い男性看護師が対応していた恰幅のいい医師に意見したが、部長と呼ばれた医師は眉をひそめて彼を一瞥し、その言葉を飲み込ませた。
「まあいいでしょう。君、一般市民の方々に声をかけて訊いてみてくれたまえ。私は上に戻らせてもらうよ」
部長と呼ばれた医師はそう言い残し、建物の奥へ消えていった。
——数刻たった後、若い医師が声をかけた10名の一般市民が降りてきた。
そのうち、夫婦らしい中年男女の二人は自分の家に直接帰ると言い、引き留めるのもきかずそのまま去って行った。
徳川たちは、8名の市民をバスに乗せて、大学病院を後にした。
警戒の為、1番機に乗ったままその様子を見守っていた八代は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、コクピットの内壁を思い切り殴りつけた。




