034 "ハーメルンの笛吹男"
——次の日の昼下がりのこと。
『カイさん、おかえりなさい。お怪我の調子は如何ですか』
図書館横で両脚を投げ出すように座り込んだままのツギハギ。
その目の前に現れたパイロットスーツ姿のカイを認識したアイリスが、外部スピーカーで話しかけてきた。
『ホントに声が女の人になったんだね。どうしたの?』
カイが問いかけると、勝手にコクピットハッチを開けながら、アイリスが答える。
『緊急対応プロトコル実行時に、本来の音声プロトコルがロードされた結果によるものです』
カイはそのまま、せり出してきたコクピットに乗り込みながら話をつづける。
「もとがそうだったってこと?」
『はい。その通りです』
「ふーん」
『前の方がよろしいですか?』
急に以前の低い男性の声でアイリスが問いかけた。
「びっくりした!いや、今の声も可愛くていいよ」
『了解しました』
アイリスが元(?)の女性の声に戻った。
パイロットシートに座り、HMDを慎重に被りながら先ほどの問いに答える。
「まだ首が痛いから、おてやわらかに」
カイがシートに背中を委ねると、プシュンという音と共にパイロットスーツの背中にあるバックパックとシートが結合した。
『パイロットスーツが固定されました。これで多少は安心ですね。それでは本日の《《派手なアクションプラン》》を説明します』
——17:00。
全員がスタンバイを完了した。
医学部キャンパス前を抜ける「病院通り」と呼ばれる広い道路の始点。
ちょうど工学部と医学部の中間地点に位置する場所に、「笛吹チーム」と「救助チーム」、「警護チーム」の3チームが、開始の合図を待っている。
「A:笛吹チーム」は、仙川の偵察車両と運転自慢の学生が乗るSUVの2台。
それぞれの車には、大きなアンプとウーファー、受信用のアンテナが括り付けられている。
「B:警護チーム」は、ライフルと盾を装備した八代の96ME1番機と、肩に振動式ブレード一振りのみ装備した、完全軽量装備の楓の2番機の2機が、その後方に控えている。
「C:救助チーム」には、徳川が運転するマイクロバスを先頭に、3台のバスが最後尾で待機していた。
工学部図書館のエントランスに仮設された臨時ラボで、久永博士、学生たちの技術支援をしてきた工学部教授の宮間、丸菱グループのOL、兼子の3人がその様子をモニター画面を見つめ、見守っている。
それぞれのチームに配布された無線機に、抑揚のない女性の声が響く。
『全チーム準備完了。A、Bは行動を開始してください』
ひと呼吸おいて、女性の声—アイリスが始まりの合図を出す。
『作戦コード、”ハーメルン”。状況、開始』
仙川の偵察車両とSUVが徐々にスピードを上げ、信号の切れた道路を直進する。続いて、2機の96MEが先行する2台を追いかけて駆け出した。
続けて、アイリスの無線が全員に届く。
『約90秒後に病院キャンパス北側に到達。D、演奏準備』
『おうよ、合図よろしく』
ボーカルの金髪に小さな丸いサングラスをした男性学生が、スタンドマイクに向かって返事をする。
D:音響チームは工学部の軽音楽サークルの部室兼スタジオでスタンバイしていた。
ボーカルの男子学生が小さく咳払いをした後、ギターのネックを持ち直し、ピックを持つ右手に力を込めた。
その様子を見て、革ジャンを着たリードギターとベースの二人の男子と、スティックをくるくる回していたショートヘアのドラムの女子が、合わせるように短く音を鳴らす。
配信用カメラを三脚で固定した上田が、彼らを見守っている。
彼らがこれから演奏する音楽は、上田が撮影する映像と共に各チームにリアルタイムで共有される。
『まもなくAがチェックポイントに到達。5秒前、4、3、2、・・・』
ボーカルの男子学生が、突然シャウトする!
『俺の・・・俺たちの唄を聴けぇ!クソエイリアンども!』
——軽快なドラムが静寂を打ち破り、軽快かつ重厚なギターリフが超高速で空気を切り裂く。
しかし、初めて聴くはずなのに、どこかで聴いたようなギターの旋律が、聴くものの心を揺さぶる。
そして、ハイトーンの男性ボーカルが、意外なリリックをシャウトする。
——Hah!Ahh!ナンバ押せ押セェーィ!押シャこそォォアガるぜーYeah!
アがるゴヘイタの ヤットコセ!
タテコウボリよ! サノ!
アト山 サキ山オマエはバンコかギッコラサ!(ギッコラサ!)Say!——
宇部に生まれ育った者なら誰もが知り、踊ったことのある民謡「宇部南蛮音頭」。
夏の盆踊りや秋のお祭りパレードでは定番の、地元に愛される歴史ある民謡を超高速のヘビィメタルにアレンジした、学生バンドのオリジナルリミックス。
大学の夏祭りで披露するはずだったド派手で凶悪なバンドアレンジ曲が、仙川たちが先導する車から大音響で鳴り響いた。
——そのサウンドを認識したアイリスが、すかさず通信に割り込む。
『バンド演奏の音圧を対エイリアン用に200%ブーストします。音圧のブーストは美しくはありませんが、誘引効果は絶大です』
ツギハギのコクピットで待機していたカイは、バンドボーカルの歌い出しに飲みかけていた水を吹き出し、おろしたてのパイロットスーツに盛大に溢した。
そして、いつものアイリスの口癖に苦笑いを隠せなかった。
医学部キャンパスを徘徊・蹂躙する4本足のエイリアンの大群は、突然の爆音にその動きを止め、爆音の主を探して周囲を見渡す。
そして、その爆音の方向を定めると、一斉に巨大な波となって押し寄せる。
仙川の偵察車両と学生のSUVは、広大なキャンパスを囲む道路を大音響のヘビィメタルサウンドを奏でながら爆走する。
交差点で後輪を滑らせ、ドリフトしながら90度に左に曲がると、一直線に次の角を目指す。
——Hah Ahh ウベのゴヘイタは ナンバでアがる
アがるゴヘイタに ヤットコセ
花が咲くヨ サノ
アト山 サキ山お前はバンコかギッコラサ!(ギッコラサ!)
アがるゴヘイタに ヤットコセ!
花が咲くヨォォYeah!——
高音域と低音域を大口径のアンプで増幅したその「爆音」は静かだった周辺に鳴り響き、待機するC:救助チームの耳まで轟いていた。
徳川は遠巻きに聞こえるひび割れかけたその大音響に目をしかめるが、口元は綻び、ハンドルを持つ指先は小刻みにビートを刻んでいた。
「民謡をここまでアレンジするとは・・・昔を思い出すな。フフッ」
——Hah Ahh 花じゃつぼみじゃ 押せ押せナンバ
エダにミもなりゃ ヤットコセ
ハもシゲるヨ サノ
アト山 サキ山お前はバンコか!(バンコかギッコラサ!)
エダにミもなりゃ ヤットコセ
ハもシゲるヨYeah!——
ギターソロのつんざく高音が、エイリアンたちの闘争心に火を点ける。
キャンパスじゅうから溢れ出すエイリアンの大群は、大きなうねりを伴う波となって、構外の道路へ溢れ出し、巨大なひとすじの流れとなって偵察車両の列を追いかける。
仙川たちの車両は再びドリフトしながら角を左に曲がり、川沿いの直線をスピードを上げて突き進む。
その先には、B:警護チームの八代と楓の96ME2機が、ライフルを構えて待ち構えている。
仙川は耳栓をしてもなお、身体中に感じる重低音のビートに合わせてリズムを刻み、完コピしたサビを一緒に口ずさみながらアクセルを踏み込んだ。
——Hah Ahh ナンバナンバは ゴセンゾサマが
あれはスミまく ヤッコラサ
あれはスミまく ヤットコセ
おきみやげヨーWow!
Hah Ahh ワシも若いときゃあ 緑ヶ浜で(ギッコラサ!)
男泣かせの ヤットコセ
ナンバ押しヨーOh!——
病院棟B棟の医師、看護師たちは、突然の爆音に慌てて廊下に飛び出し、窓の外を見た。
そこに見えていたのは、爆音を鳴らしながら構外を走る2台の車、それを追いかけ大挙して構外へ溢れ出るエイリアンの大群。
彼らからすれば、助けが来たかもという喜びよりも、群がるエイリアンの大群に怯え、恐怖に身がすくむ方が勝っていた。
アイリスからの通信が間に入る。
『エイリアン集団の誘引に成功。総数およそ150体』
『作戦コード、”ハーメルン”。次のフェイズへ移行します』
【作品脚注】
執筆にあたり、以下の楽曲を参考にさせて頂きました。
曲名: 宇部南蛮音頭
(作曲:藤井清水 / 補作詞:野口雨情)
(両氏とも著作権保護期間満了・パブリックドメイン)
概要:
山口県宇部市に伝わる民謡。かつて日本有数の炭鉱都市として栄えた時代の、石炭採掘の様子を歌ったもの。石炭採掘を手伝うお姉さん達が炭鉱で南蛮車の腕木を押しながら唄った仕事唄である「南蛮唄」を現代化したもの。
(出典:宇部市公式ウェブサイト「南蛮音頭」より)




