033 希望の槍
——I.R.I.Sから提示された作戦プランを見た久永博士、八代、徳川の3名は、直ちに準備に取り掛かった。
久永博士は学生たちを集め、小串キャンパスの状況と救出作戦の概要を説明した。
学生たちはそれぞれ得意な分野で役割分担を決め、作業に取り掛かった。
博士からの指示内容は、以下の通り。
・大量の界面活性剤水溶液(洗剤入り水溶液)の製作
・ゴムホースとミストノズルを組み合わせた界面活性剤噴霧装置の製作
・偵察車両に積載する大型アンプと音楽プレーヤーの準備。
・トラックなど大型車12台以上の確保
「技術的な支援は・・・宮間先生、お願いできますか?」
久永博士が、隣の電気電子工学科の宮間教授の顔を見た。
宮間教授は、浅黒く堀の深い顔を綻ばせ、「よろこんで」と短く頷いた。
指示内容を聞いて、派手なタンクトップを着た金髪の学生が手を挙げた。
「博士、よかったらなんスけど・・・」
と、博士に耳打ちをする。
「ほんとうに!?それは助かる!」
耳打ちされた内容に博士は彼の両肩を叩き、思い切り抱きしめた。
博士の傍にいた徳川が、大喜びの博士から学生の提案を耳打ちしてもらう。
「ほう、それは効果的かもしれませんね。では、そちらはお任せして、私は車の手配に回りましょう。幸い、近くに営業先の運送会社もありますし」
工学部の学生たち全員が、ひとつの目的の為にそれぞれの役割に熱意を持って、夜を徹して進められた。
女将さんが食堂で提供したカレーも、彼らの行動意欲に大いに貢献した。
一方、八代は仙川と楓を呼び、状況説明後、とある場所へ偵察任務に送り出した。その後、カイの居る本館棟の保健室へ顔を出した。
「よう、大丈夫か?ってお前・・・お邪魔だったな(笑)」
入るなり、身体を起こしたカイの首筋に、消炎ジェルを塗る紗綾の姿が目に入った。その隣に、ベッドサイドにちょこんと座るアキラの姿もあった。
「何言ってるんすか・・・いてて」
「ほら、首動かさないて」
八代の声に、カイは顔を紅潮させた。
横でアキラが耳まで真っ赤にするカイを見て笑っていたが、紗綾は黙々とカイの首筋に消炎ジェルを塗り続けた。
「ああ、すまん。いろいろ頼みたいことができた。少し話、いいか?」
八代は両手にパッキングされた緑色の大きな包みを、カイの寝るベッドの傍に置いた。
「これ、次ツギハギに乗るときに使ってくれ。パイロットスーツの予備だ。たぶんサイズは合うと思う」
——八代は、カイたちにこれまでの話を伝えた。
そのうえで、カイにもツギハギでの「作戦」へのサポートを依頼した。
「——わかりました。お手伝いします」
カイは即答したが、紗綾とアキラは心配そうな顔を浮かべていた。
「カイくん、首痛めてるんだよ?ひと晩くらいじゃ治らないよ?」
紗綾が困った声でカイを諭す。
「だいじょうぶ。アイリスのサポートをするだけだし」
カイは心配そうな顔のアキラの顔を見て笑いかけた。
「アイリスさんもパイロットスーツ着てって言ってたよ?それ、絶対着てね」
アキラが八代の持ってきた包みを指差した。
「アイリスが?—うん、わかった。もう首痛めたくないしね!」
カイは右手の親指を立てて、アキラに差し出した。
アキラも真似をして右手の親指を立てて、カイの拳にグータッチした。
「もう・・・気を付けてくださいね」
紗綾は、薄いラバーの手袋を外しながら、困り顔で去って行った。
——仙川と楓の乗る偵察車両は、キャンパスを出て緩い下り坂を進み、その先の大通りをひたすらに南下した。
大通りをまっすぐ進んだ先に、目的地の商店街がある。
大きな交差点を通り過ぎると、大きなアーケード街の天蓋が見えた。
「ハミングストリート 新天町」
大きな天蓋のアーチに、そう書かれている。
その両端には、今では殆ど見掛けなくなった「たばこ」と書かれたたばこ屋と、[お好み焼き」と書かれたオレンジ色の看板のお店があった。
昔懐かしい、商店街の雰囲気をそのまま残すアーケード街。
二人の乗る偵察車両は、その目の前で停車した。
「ええ雰囲気の商店街やなぁ」
楓が率直な感想を述べた。
「お好み焼きかぁ・・・広島風かな?食べたいなぁ」
仙川は暖簾がかかったまま、閉じられているお店のサッシを見つめる。
「ここで広島と関西のお好み論争しとる場合やないな」
楓は苦笑いしながら呟き、助手席のドアを開けた。
ひと気の無い、アーケード街がまっすぐ続いている。
全長300メートルはあるだろうか。
目を凝らせば反対側の出口が微かに見える。
アーケードの天蓋までの高さは思いの外高く、横幅もかなり広く取られている。
96式1輌が余裕で通れるほどの大きなアーケードだった。
「こりゃ、調べ甲斐がありそうやなぁ」
楓が入口に張り出している天蓋の側面に回ると、昇降用のはしごがあった。
「そうですね。でも電気は来てなさそうですから、スプリンクラー設備と一緒に電気系統も調べる必要がありそうです」
仙川も運転席を降りて、お好み焼き屋側の側面から天蓋を見上げた。
「お腹すいてきた。女将さんの晩御飯、何かなぁ」
「なんやろな。でもあの人数やから、ぎょうさん作れるカレーとかちゃう?」
「カレーかぁ、いいですね!」
「せやろ?うちらもミッション片してはよ帰らな」
二人はお互いに頷いて偵察車両に乗り込むと、アーケードの奥へと消えていった。
——夜半、I.R.I.Sを見守る久永博士の目に、アイリスから「現在状況」についての報告がもたらされた。
それは、襲撃直後から現在までの、世界状況について要約されたレポートだった。
【世界状況】
アメリカ、中国、ロシアの3大国家は政府機能を維持している。
3国はエイリアン勢力に対し抵抗を試みているが、ニューヨーク、テキサス、ロサンゼルス、北京、上海、モスクワが壊滅。
日本隣国の韓国、台湾については状況不明。
その他各国についてはフェイク情報も多く、判断保留。
【日本国内】
東京、大阪の首都圏は壊滅。
他の主要中核都市も壊滅したという情報を確認。
主なTVメディアや報道機関は現在すべて沈黙。
日本政府も最初のJアラート発信後、情報発信が無く状況不明。
おそらくだが、国内の状況は他国に比べて深刻な状況に思えた。
博士は大きく溜息をついた後、デスクに置かれた小さなサンプル瓶を見つめた。
中には鈍色に光る微細な粒子が収められている。
微粒子サイズのナノマシン。
詳細な機能までは判らないが、これがエイリアンの表面を覆い、ダイラタンシー現象を発現してあらゆる攻撃を反射している。
いまの大学の機器で判るのはここまで。
それでも、対抗手段を発見できたのは大きな進歩。
そう考えて博士はこれまでの成果をまとめた「地球外生命体が有する絶対防御機能の正体とその対応プラン」という短いドキュメントを作成した。
ファイルの中には、泥のようなコロイド成分や、界面活性剤がダイラタンシー現象よるシールド発生を阻害し、物理攻撃が有効になるという内容を示した短いテキストファイルと、撃破したラプトルの遺骸を撮影した画像ファイルが含まれていた。
これが、人類にとっての希望に繋がれば・・・その願いをI.R.I.Sに託し、メッシュネットワークに接続できた他の大学や研究機関のサーバーや送信可能な政府機関などへ配信した。
祈るように両手を組む博士の前で、デスクトップ画面に表示された「I.R.I.S」のアイコンが微かに光を放っていた。




