032 生存者たち
陽が傾いてきた図書館に、オレンジ色の西日が容赦なく照りつける。
図書館エントランスの一角を占領するように設置された数台のPC、NASなどのストレージ機器から冷却ファンが唸り声を上げていた。
I.R.I.Sのアップデート作業を見守る久永博士、徳川、兼子は、パイプ椅子に腰かけてPC画面に表示されているプログレスバーが徐々に100%に近づいていくのを静かに見守っていた。
「結構時間がかかるものなんですね」
前屈みになりながらPC画面を凝視する兼子は、待ち兼ねるようにぼやいた。
「ん?ああ、アイリス自体のアップデートはもう終わってますよ?」
博士は画面のプログレスバーの裏側で高速でスクロールし続けているプロンプト画面を静かに見つめながら続けた。
「今、アイリスは各地に点在している大学のネットワークを掌握して、低軌道を周回している通信衛星コンステレーションを再構築しています。これが終われば、世界がいまどんな状況か、視えてくるでしょう」
「衛星?インターネットですか?」
兼子は首を傾げながら両手で握っていた自分のスマートフォンの画面を見た。
正直画面の向こうで何が起きているのか判らないが、ネットが復活するということだけは何となく理解した。
しかし、スマートフォンの通信状況を示すアイコンは、未だ「×」のままだ。
「ああ、スマートフォンの方は待ってくださいね。まずは状況把握が先ですし」
博士は諭すように兼子に笑いかけた。
——画面のプログレスバーが100%に到達し、静かにウインドウが閉じた。
PCから、抑揚のない女性の声が静かに響く。
『メッシュネットワークの構築が終了しました。吉田キャンパス、小串キャンパス、各サーバーとの接続を完了しました。続いて、通信衛星コンステレーションの再構築を完了。接続可能なDNS、ゲートウェイを通じて、現存するネットワークサーバーとの通信を確立しました。現在取得可能な情報を収集しています』
「・・・繋がったようですね」
徳川がしたように息を吐き、背を伸ばした。
「まずは吉田キャンパス、小串キャンパスの状況を確認しましょう——アイちゃん、防犯カメラの映像を表示できるかな?」
『防犯カメラのライブ映像を表示します』
PC画面に2つの黒いウインドウが重なるように現れ、格子状に分割された画面が映し出された。
「あぁ・・・」
博士が悲嘆の声を漏らした。
【Y大学吉田キャンパス】と表示された画面。
殆どの映像がブラックアウト状態で、かろうじて表示されている映像には、窓という窓が破られ、何かに蹂躙されつくし荒れ果てたキャンパスが映し出されていた。
散乱する生徒のバッグやリュック、レポートや教材。そして無数の赤黒い血痕。
あまりの惨状に、皆目を逸らした。
しかし、その中で唯一、広い農場の中に大きく「SOS」の文字が映しだされている画面があった。
「博士、これ!」
兼子がその小さな画面を指差す。
博士も気付いてそのパネルを選択して拡大する。
「農学部の圃場ですね」
博士が画面を拡大すると、広い圃場を掘り返して作った「SOS」の文字が大きく映し出された。
作った時にできたと思われる、沢山の足跡がいくつも確認できた。
しかし、残念ながら確認できる人影は見当たらなかった。
続いて、もうひとつのウインドウ、【Y大学小串キャンパス】の画面。
こちらはもっと惨憺たる状況だった。
小串キャンパスは、医学部キャンパスと大学病院が併設されている、市内でも有数の大きな病院施設だった。
防犯カメラに移った映像には、おびただしい数の「4本足」と称されていた異形の怪物たちの波が押し寄せ、人々を襲い、蹂躙し、引き摺り連れ去る画面で埋め尽くされていた。
列をなして院内通路を闊歩し次の標的を探すものたち、扉を壊そうと必死に2対の鈎爪をドアに突き立てるもの、爪を突き刺し捉えた人を引き摺るもの、ぐったりした人を背に載せて運ぶものたちの姿が映しだされる。
あまりの凄惨な光景に、兼子は口を抑えて席を離れた。
「酷い・・・八代さんを呼んできます」
徳川が立ち上がり、すぐさま指揮車両へ向かって図書館のエントランスを飛び出して行った。
久永博士は目の前の光景に絶句しながらも、生存者がいないか沢山のカメラ映像をひとつひとつ目を凝らした。
その中のひとつに目を留めた。
カメラ映像のテロップには、「病院B棟5階ナースステーション」と表示されていた。
ナースステーションには数名の医師、看護師らしき姿が見えた。
他にも、6階から10階までの防犯カメラに医師、看護師の他に入院患者らしき姿も確認できた。
皆一様に、窓の外をしきりに眺めている。
ざっと数えてみても、30名以上の生存者が居る。
病室にはカメラが無い為、もっと沢山の要救助者が居る可能性が高かった。
図書館のエントランスから、徳川と自衛隊の八代が飛び込んできた。
「博士、状況は」
肩を揺らしながら、徳川が画面を見る。
「30名以上の要救助者がいると思われます。しかも、現在もなお襲撃を受け続けているようで、大変危険な状態です」
博士は画面を凝視したまま答えたが、その声は震えていた。
「何だって!?博士、いま画面に映っているのはどのあたりですか」
八代が驚いて画面を覗き込みタブレットの電源を入れた。
「小串キャンパスのほぼ中心部。病院棟B棟の5階より上のフロアです」
PC画面にキャンパス全体の見取図が表示された。
B棟は、建物群の中でもほぼ中心部に位置していた。
八代は手元のタブレットで地図を開き、示された大学病院付近を拡大する。
「指揮車両で乗り込む、という訳にもいかない場所ですね」
地図で確認すると、狭い道路に隣接する細い川に沿って立地しており、北側の入り口前の道路は比較的広いが、巨大な指揮車両で乗り込むにはとても無理があるように思えた。
要救助者はその広大な敷地のほぼ中心部、林立する病院棟の中心部の建物の中層部以上に居るという状況。
(現状の我が方の戦力ではどうにもならない)
八代は口には出さず、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「困りましたね。音でおびき寄せるとしてもあの数です。おそらく100体以上がそこに居る中で救助というのも・・・」
徳川は険しい目で画面を見つめ、考え込んだ。
博士が、何かを思いついたようにPC画面を操作し、プロンプトに入力した。
『Y大学小串キャンパス、病院B棟の5階以上で救助を待つ生存者30余名を救出するために、周辺を包囲する100体以上のエイリアン生物を誘導したい。作戦プランを提示して下さい』
プロンプトを打ち終え、Enterキーを押す。
I.R.I.Sの思考が開始され、暫く後に系統立てられた『救出作戦プラン』が提示された。
それはかなり突飛で、リスクも高いが確実性の高い計画だった。




