031 美味しいカレーの作り方
「さて、使えるように片付けんとね」
女将さんは、大きな荷物を抱えて図書館棟の隣、大学食堂への階段を上った。
扉を開けて、中に入るとそこは広々とした食堂だった。
襲撃から2日経ってはいるものの、内部はテーブルや椅子が雑多に並んでいるだけで、大きな被害はなかったようだ。
ただ、テーブルの上には食べかけの料理が載ったトレーや、学生たちが残していったリュックや鞄がそのまま残されており、慌てて避難した形跡が生々しく残されていた。
カフェテリア形式で壁一面にならんだショーケースは、きれいに空になっている。
おそらく、襲撃後に生き残った学生たちが根こそぎ持ち出して食べたのだろう。
女将さんは大きな荷物を空いているテーブルの上に置き、厨房の方へ回ってみた。電力は維持されていて、厨房の大型冷凍冷蔵庫から低い稼働音が響いていた。
その時、ばたばたと数人の女子大学生たちが食堂に入ってくる足音が聞こえた。
女将さんは厨房の料理の受け取り口から身体を乗り出して様子を見る。
「はっ!?・・・びっくりした・・・」
女子大学生のひとりが女将さんの姿に驚いて、両手に抱えた沢山のトレーをあやうく落としそうになる。
「あら、洗い物?」
女将さんはいつもの笑顔で女子大学生たちを出迎えた。
女将さんの姿を見て、女子大学生のひとりが頭を下げる。
「あっ!さっきはサンドイッチありがとうございました!美味しかったです!」
「ごちそうさまでした!美味しかったです!」
女将さんは、地下の研究センターに着くなり、大きな保冷バッグに詰め込んでいたサンドイッチを学生たちに配っていた。
よく見れば、その時に配膳用のトレーを用意してくれていた子たちだった。
「あら、こちらこそさっきはてごうしてくれてありがとうね」
女将さんは厨房から食堂の方へもどり、3人の女子大学生たちを出迎えた。
「あの・・・ここで何をされてたんですか?」
女子大学生のひとりが心配そうな顔で問いかけた。
「あぁ、みんなお腹空かせちょるじゃろうから、晩御飯こさえようかと」
飛ぶように無くなったサンドイッチを思い出しながら、女将さんは微笑んだ。
「えっ、今からですか?さっき来たばっかりなのに」
「アーハーハー、そうじゃね。着いたばっかりじゃけどね。性分なんよ」
女将さんは自分自身の性分に思わず大笑いした。
「なんやかんやこさえとった方が落ち着くんよ。お嬢さんたちも良かったらてごう、お願いしてもええ?」
「ええ、もちろん。お手伝いします!」
「じゃあ・・・ちょっとみんなで、お掃除、しよっか」
バタバタと3人が食堂のテーブルとイスを片付け始めた。
女将さんは3人の姿を頼もしく見つめていた。
——一方、八代たち自衛隊の4名は、指揮車両傍の空いている場所に天幕を張り、アウトドアコッド(野戦ベッド)を組み立てていた。
まだ7月とは思えない暑さ。
雲一つない晴天に肌を刺す日差し。
湿気のない熱波のような乾いた風にあてられて、4名とも吹き出る汗でタオルを絞れるほど湿らせていた。
「ちょっとひと休みしたら、1番(機)と2番(機)の整備するわ」
葉月は上着を脱ぎ、しきりに汗を拭いていた。
「ああ、頼むわ。岡崎、仙川、二人は大丈夫か?」
八代もタオルで顔を拭きながら、コッドに並んで座る二人の女性自衛官を見た。
「あ~、うちも疲れたわ。真水でええからシャワー浴びれんかな」
「ボクは車両で着替えて、そのまま他に友軍部隊がいないか通信を試みてみます」
「後で博士に訊いてみよう。ここは電気も活きてるし水道も使えてるようだし・・・仙川、すまないが哨戒も兼ねてしばらく頼む」
八代の指示に仙川は静かに頷いて立ち上がり、天幕を後にした。
「サクラっち、大丈夫かな」
葉月が呟く。
「九堂さんにお願いしている。骨まではいってないようだったから、多分大丈夫だと思う。後で様子をみてこよう」
「ああ、オレは終わったら3番(機)に行くわ」
「頼む。あぁ・・・キンキンに冷えたビール飲みてぇ」
「はぁ~?そんなん言わんといて~」
「アァ~お前今それ言うゥ~?いつ飲めるかなぁ・・・腹減った」
コッドに腰掛けたまま、三者三様に首をうなだれた。
——食堂では、女将さんが奏でるリズミカルな調理の音が響いていた。
30余名分の胃袋を満たすために、女将さんが選んだ献立は、カレー。
先ほどの女子大学生3人も、厨房の中で野菜の皮むきや副菜のサラダの準備、女将さんの調理補助をしながら、慌ただしく下ごしらえを進めている。
カレーのベースは、業務用の缶詰カレーがフードストックに十分にあったので、それを利用する。
缶を開け、大きな寸胴鍋に投入し、コトコト弱火で煮込む。
隣には、切った根菜—じゃがいも、にんじん、たまねぎ—を炒めた大きな中華鍋。
ある程度ルーが温まったところで、和風だしで隠し味の味噌を少しずつ溶かし入れた。
「え?お味噌?」
女子大学生のひとりが声を上げた。
「あら?びっくりした?意外とコクが出て美味しくなるんよ?」
ゆっくりと味噌を溶かし入れながら、女将さんが答えた。
「よくコーヒーとかチョコレート入れるのは聞いたことありますけど・・・」
「そうじゃねぇ、基地で隊員さんが作りよるのはコーヒー牛乳ドバドバ入れよったけどねぇ、わたしはこれ。お・味・噌♪なんよ」
「へぇぇ・・・」
「今度彼氏に食べさせてみ?イチコロじゃけぇ。アーハーハー」
「胃袋を掴むってやつですね!やってみます」
女将さんと女子大学生は、お互い顔を見合わせながら大笑いした。
「あ、しまった!園芸サークルの子から野菜わけてもらってこなきゃ!」
サラダを準備していた学生が、思い出したように呟いて、外へ駆け出して行った。
「野菜作っとるの?」
その姿を見送りながら、女将さんが傍の学生に尋ねた。
「ええ、農学部と共同で水耕栽培プラントの研究もやってるんです」
「へぇ、すごいんじゃね。どんな野菜つくっとるん?」
「ええと、ここではサニーレタスとかほうれん草、大葉とか。あとミニトマトやきゅうりなんかも栽培してたと思います」
「まぁ~、すごいんじゃね。今日の晩御飯も豪勢にできそうじゃね」
——夕刻。
食堂でカレー作ってる、という噂が地下で活動していた学生たちの間で話題になっていた。
地下から地上に出たときに、鼻腔をくすぐる、どこか懐かしいスパイスの香りに誘われて、自然と生協2階へと続く階段を上って行く者が続出した。
ガラガラのカフェテリア。
いつもなら、ショーケースに沢山の副菜や主菜の皿が並び、お昼時には学生たちの列で賑やかになる場所だが、今日は厨房に面した受け取り口に、小鉢のサラダが並ぶだけ。
厨房の奥では、カレー皿に盛られたライスに、具が盛り盛りになったこげ茶色のカレーがかけられていく様子を見て、学生たちは色めき立った。
トレーに載せられた、カレーライスとサラダ。
2日間、身を隠しながら残り物や売店のパン、カップ麺で凌いできた学生たちには、久しぶりのごちそうだった。
待ちきれずに一番乗りした学生が、テーブルに座り、早速カレーを口に運んだ。
舌に感じる、隠し味の出汁と味噌でマイルドになったコクのある味。
ルーの中にゴロゴロと存在感を出している根菜たち。
口の中で噛みしめると、ホクホクのじゃがいも、ほのかな甘味を感じるにんじん。たまねぎの甘味と、和風出汁の効いたコクのあるカレーが口の中で溶け合い、思わず笑みがこぼれる。
いつもの学食のカレーと違う、どこか懐かしいおふくろの味が口の中に広がった。
「うんま」
彼がカレーを掻き込んでいる間に、10数名の学生たちが次々とやって来て、思い思いにテーブルにつき、カレーを味わった。
そこにあるのは、ほっとした笑顔、笑顔、笑顔。
その様子を見て、女将さんも思わずほっこりと笑顔を浮かべるのだった。




