029 救出
葉月、楓が意識を失っているカイの両脇を抱え、パイロットシートから降ろし、下で待ち構える八代がカイの身体を肩で支えながら半身で受け止めた。
八代の肩に微かに上下するカイの呼吸が伝わる。
(良かった、息はあるな)
葉月が飛び降り、八代と二人掛かりでカイの身体を支え、仙川の偵察車両へ運んだ。偵察車両の後部ハッチを開け、カイの身体を中へ運び込み、シートに横たえる。
「息はあるが意識が無い、葉月、九堂さんを呼んできてくれ!」
八代が葉月に命令し、葉月は頷いて指揮車へ駆けだした。
ちょうどその時、大学正門から久永博士が学生たちを連れて現れた。
ラプトルを倒した自衛隊への賞賛と歓喜を浮かべた彼らの顔は、負傷者を運び込む自衛隊員たちの姿を見て一転し、曇っていった。
その後、呼び出された紗綾を乗せた偵察車両は、博士の指示で本館棟まで移動し、カイは保健室へ運び込まれた。
——指揮車両に残されていた徳川、女将さん、上田、アキラの4名は、学生たちの案内で地下の研究センターへ移動し、博士、八代、葉月、楓の4名は戦場となったコンビニの駐車場で、撃破したラプトルの遺骸を前に今後について協議していた。
「なぜ洗剤にこれほどの効果があるのですか」
八代は腕を組み、顎に手をあててラプトルの遺骸に目を凝らした。
「隊長さん、ダイラタンシー現象という言葉はご存じですか?」
博士はポケットからサンプル瓶を取り出して、八代の前で左右に振ってみせた。
サンプル瓶の中で砂のような粒子がさらさらと動いた。
「ダイラ・・・存じませんが」
「デンプン質の粉・・・判りやすいところでいえば片栗粉のような・・・均一で細かい粒子の粉に一定量の液体が加わった状態にすると、普段は柔らかい物体なのに、急激に力を加えると硬い物体に変化します。これをダイラタンシー現象といいます」
「・・・知ってるか?」
「いんや、知らネ」
八代は隣の葉月に訊いたが、葉月は首を傾げるだけだった。
「うち知っとるで。理科の授業で聞いた気がする。知らんの?」
楓が首を傾げる二人に訝し気な視線を向けた。
「まぁ、この現象のせいで高速で飛んでくる弾丸を甲殻が硬化して防いでいたようです。普段は緩い分子結合が急激な力が加わることで強く結合するのがダイラタンシー現象ですが、要はこのときに結合しないよう邪魔をしてしまえばいいのです。それが田んぼのコロイド分子だったり、洗剤に含まれる界面活性剤だったという訳です」
「えーと、要はガチっと固まらないようにしたってことですか?」
八代の答えに、博士は静かに微笑みながら頷いた。
「要はな、頑固な汚れもキレイにスッキリ!てことや」
楓が洗剤のCMのキャッチコピーを真似た。
「まあとにかく、洗剤が有効なのは判りました。これを散布してしまえばエイリアンへの攻撃が有効になるということですね」
「だが、どうやって散布する?さっきみたいに力任せって訳にはいかねぇだろ」
「消防車でも持ってくるか?」
「乱戦になったら消防車なんてあっちゅー間にアカンことならん?」
「ドローンは?」
「あかんわ、落されたら終わり」
「まぁまぁ、皆さん、そのあたりは研究棟に戻って検討しましょう」
博士が割って入って続けた。
「とにかく、新しい研究サンプルも手に入りました。今はとりあえずこれを構内に運んで頂けますか」
徳川を先頭に、学生たちが正門を超えて4人の背後に集まって来た。
「博士、物資搬入の手伝いに来ました!」
——カイは夢を見ていた。
それが夢だと判るくらい、これまでの記憶の断片が繰り返されていた。
『あんまりジロジロ見ないでくれる?』
耳を真っ赤にして、恥ずかしそうにしているボーイッシュな仙川の顔。
『ごめんなー、空いてると思ってん』
パイロットスーツに裸足の楓が部屋を出ていく。
『じゃ、私が1つ上のお姉さんですね、ふふっ』
さわやかな笑顔で微笑む紗綾の顔。
ふわっと香る花の香り。
手首に伝わる温かい手の温もり、穏やかな息づかい——
カイはゆっくりと瞼を開けた。
横たわる身体の傍で、脈を測る紗綾の姿が見えた。
後ろでまとめられた髪、うなじにかかる後れ毛。
手首を持つ温かい手が、とても心地よく感じた。
つい、指先が反応して動く。
「あ、起きた?お加減はどうですか?」
少し心配そうな表情でカイの顔を見た。
「あ・・・オハヨウゴザイマス」
カイはまだ今一つ状況が掴めていなかった。
「大丈夫?どこか痛いとこある?」
「あれ?ここ、どこれすか?」
「大学の保健室ね。頭打って意識なかったの。頭、痛くない?」
「あ・・・そうスか・・・痛くはないです。ぼーっとしてます」
「そう?良かった。まだしばらく横になっててね」
紗綾がカイの側頭部や頭頂部をそっと触っていく。
目の前で紗綾の口元、首筋、ジャージの胸のふくらみが揺れる。
「痛いとこ、ある?」
「あ、いや、大丈夫れす」
「そう?良かった」
紗綾はそう言って、身体を起こしてカイを見下ろしながら微笑んだ。
「お兄ちゃん!」
紗綾の背後から元気な声が聞こえた。
アキラを連れた女将さんが、小さな包みとペットボトルを持って立っていた。
「あら、目が覚めたんじゃね、よかったねぇ」
女将さんが微笑んだ。
アキラは紗綾の横まで掛けてきて、ベッドに手をついてカイの顔を覗き込んだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
アキラがカイに飛びつきそうな勢いだったので、紗綾がアキラの身体をそっと抑えた。
「大丈夫よ、アキラくん。お兄ちゃん起きたばっかりだから、そっとしといてあげて」
カイはアキラの方へ首を向けようとして、ズキっと痛みを感じた。
「いてっ」
「ほら、やっぱり」
紗綾が慌ててカイの首筋、頚椎をそっと触る。
「ちょっとお薬探してくるね。首は動かさないように」
紗綾は立ち上がって薬品棚の方へ歩いて行った。
「お兄ちゃん、怪我したの?」
アキラが不安そうな顔でカイの表情を探る。
「ハハハ。よくわかんないや、たぶん大丈夫だよ」
カイは天井を見上げたまま、苦笑いした。
「むちうちかもしれんねぇ、暫く動かさんほうがええよ」
女将さんがサイドテーブルに小さな包み—ラップに包まれたサンドイッチ—とペットボトルをトン、と置いた。
「これ、お昼な。食べれるようになったらお食べ」
「ありがとうございます。女将さん、隊長さんたちは?」
「あぁ、隊長さんや徳川さんたちは持ってきた荷物を地下に運びよるよ。ここの学生さんらも一緒にね」
「あんたはここで安静にしちょきんさい。死にそうな思いしたんじゃけ」
死にそうな思い?あ、そうか、思い出した。
カイはツギハギに乗っていて、急にすごい衝撃を受けた瞬間を思い出した。
「そういえば、ツギハギは・・・」
「ロボットのアイリスさんは図書館の前に座ってたよ」
アキラが答えた。
「なんか声が女の人だったけど」
(女の人?オッサンの声だったけど・・・)
カイは首を傾げそうになって、ズキリとした痛みを感じて顔を歪めた。
「もう、首動かさないでって言ったのに・・・」
困り顔の紗綾が、白いラバー製の手袋をつけながら消炎ジェルを手に戻って来た。




