028 動けッ!
ラプトルはツギハギに狙いを定め、襲い掛かった。
ツギハギは両腕を伸ばし、襲い掛かるラプトルの首を右腕のクローアームで防ぎ、繰り出される前脚の鋭利なツメを左腕の油圧式カッターでかろうじて防いでいた。
『パイロット、カイ、さん・・・カイ・・・さん・・・』
暗いコクピットのLEDが緑から赤色に変わり、機体そのものの危機を示唆していた。
——ラプトルの行動に意表を突かれた八代、楓の両機は、慌ててラプトルを追いかけた。
少なくともこちらに誘導する、その目的のみでも達成しなければ、指揮車両の民間人だけでなく、大学に避難している他の民間人にまで被害が及ぶ。
しかし、俊敏なラプトルの動きは、彼らの追撃など意に介せず、まっすぐ構内を抜けて指揮車両へ突進していくのが見えた。
そして、カイのツギハギがそれを阻止し、吹き飛ばされるのを見た。
「くそっ間に合わない」
『まにあわへん!ブースター使います!』
02、楓の叫ぶ声が聞こえた。
重装甲を捨てて軽量化されている2番機には、背面に緊急突入用のロケットブースターが装備されている。完全に使い捨てだが、緊急機動などに使用するための装備だった。
楓の2番機は、文字通り飛翔した。
45度に空高く舞い上がり、キャンパス内の建物の高さを超えて飛び上がると、間をおいて30度に突っ込んだ。
2番機のライフルの先から、収納されていた銃剣が飛び出した。
——葉月はカイの乗るツギハギが吹き飛ばされたのを見て、衝動的にキャリアを飛び出していた。
ほぼ同タイミングで、後部キャリアのカーゴランプがゆっくりと開き、駐車場の地面に達した。
葉月はスロープを掛け上がり、衝撃で倒れたポリタンクを引っ掴んで踵を返し、スロープを駆け下りながら力任せにポリタンクの蓋をこじ開けた。
ポリタンクをジャイアントスイングの要領で遠心力に任せてぐるぐると回し、葉月は奇声を発しながら、渾身の力でラプトルへぶん投げた。
「こんクソがぁぁぁーっ!」
ポリタンクは宙を舞い、くるくると回転し、中の洗剤をまき散らしながらラプトルの背中にぶつかった。
洗剤がかかった箇所は、バチバチと白い結晶が弾けたあと、ドロドロと溶けた。
確かに効果はあるようだが、圧倒的に量が足りない。
葉月は再びスロープを上がり、両手にポリタンクをぶら下げて駆け下りた。
既に蓋は力任せに外され、中の洗浄液がダラダラとこぼれていた。
葉月は両手に持ったまま、遠心力に任せてぐるぐると回転し、渾身の力で再びラプトルヘ投げつけた。
「うぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!」
——『緊急対応プロトコルの実行を申請・・・応答なし。リミッター解除申請・・・応答なし』
なおもアイリスは繰り返す。
呼吸困難に陥ったまま、カイは意識を失っている。
その音声は低い男性の声から、一音発生するごとにだんだんと甲高い女性の声へと変貌していく。
『Request Project I.R.I.S Emergency Protocol Reactivation...Force Restart...Limiter Release』
やがてそれは、完成された女性の声で、しっかりと発せられた。
『——動けッ!——』
左腕の油圧カッターが大きく開口し、ラプトルの右腕を捉えると、ゆっくりと閉じていき、バキバキと破砕する音を立てて、完全に閉じた。
切断された腕はそのまま落下し、振り回される肩から紫色の体液のようなものが溢れた。
右腕のクローアームがラプトルの首をゆっくりと締め上げ、圧力に負けたクローアームが歪み始めるも、その力を緩めることはなかった。
「ゴキッ」と歪んだ音が響き、ラプトルの頭は不自然にうなだれた。
その時、上空から突っ込んできた2番機が、ライフルの銃剣をラプトルの背中へ勢いよく突き立てた。
銃剣は弾かれることなく、折り重なった背中の装甲を貫いた。
「よっしゃぁ、いけるで!」
楓は躊躇なくライフルのトリガーを引く。
立て続けに3発。
ラプトルの背中を打ち抜いた。
——想定外の中での必死の連携が、ラプトルの致命傷となった。
遅れて到着した八代の1番機が、後方からライフルを構えてゆっくりと近づく。
ラプトルは完全に動作を止め、ビルの壁にめり込んだツギハギに寄りかかるようにして崩れ落ちた。
その時、八代の耳に聞きなれない声が響いた。
『アイリスより救助要請。パイロット、カイさんの意識がありません。繰り返します。アイリスより救助要請。パイロット、カイさんの意識がありません・・・』
「ん?誰の声だ?」
しきりに無線介入してくる女性の声に、八代は目を凝らし、HMDに表示されている通信相手のコールサインを確認する。
画面には『I.R.I.S』の文字。
壁にめり込んだツギハギのコクピットハッチが開き、パイロットシートがゆっくりと前方へせり出して来た。
パイロットシートには、HMDを被ったまま、首を前にうなだれて動かないカイの姿があった。
八代の脳裏に笹木の最期の姿がフラッシュバックし、大声で怒鳴る。
「01より緊急連絡!佐倉君が負傷!葉月、仙川、すぐ来てくれ!」
怒鳴るよりも早く、異変を感じた葉月が物凄い勢いでツギハギの脚をよじ登り、カイの様子を確認する。
——鼻に手をかざし、頸動脈に手をあてて脈をとる。
『05より全隊、サクラっちの呼吸を確認。意識なし。外傷は・・・見当たらねぇ』
続いて仙川が運転する偵察車両が大学正門から飛び出して来た。
2番機がツギハギに寄りかかるラプトルの遺骸を脚で蹴り飛ばして降着姿勢をとると、楓がコクピットから飛び出してきた。
「動かせそうか?今行く!」
八代はコクピットの開閉スイッチに拳を叩きつけた。
——カイの意識が戻ったとき、彼は医務室のベッドの上に横たわっていた。
朦朧とする意識の中、目の前にいっぱいに涙を貯めたアキラの顔があった。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんが目開けた!」
振り向いて呼び掛けるアキラの向こうから、紗綾と知らないおばさんの姿が見えた。
右手に温かい手の感触が伝わると、目の前に真剣な表情の紗綾の顔があった。
ふわっと、花のような優しい香りがした。
頭がぼーっとする。
何してたんだっけ・・・
あー、ツギハギに乗ってたな。
学校まで戻って来れたんだっけ。
だめだ、そっから思い出せない。
身体がだるい。
カイは、再び目を閉じて遠のいていく意識に身を委ねていった。




