025 残骸
——『その呼び方は、美しくありません』
AIの低い声が響いた。
「へっ?」
カイは、思わず素っ頓狂な声を上げる。
『機体呼称として"ツギハギ"は構いませんが、宜しければ私への命令は|"I.R.I.S"《アイリス》と呼び掛けて下さい』
「アイリス?」
『はい、それでお願いします。パイロット、サクラ カイ』
HMDで映し出された映像の中、右上に薄紫の花弁を模したアイコンが表示された。
まっすぐ上を向く3枚の花弁に、貴婦人のドレスのようにふわりと広がる3枚の大きな花弁が組み合わさった「アイリスの花」を模している。
そのアイコンが、音声を発する毎に微かに揺れた。
「了解、アイリス。じゃ、僕のことも"カイ”と呼んで」
『了解。カイ、さん』
『カイ、さん。01より通信』
『佐倉くん、どうだい?無事に立てたようだが』
「隊長さん、大丈夫です。いけそうです」
『そうかー、歩くだけならバイペダルローダーと変わらないから、そのまま一旦道路に出ようか。ついてきなさい』
八代の1番機が、右回りに身を翻し、駐車場から道路へと歩き出した。
カイも、ペダルを踏み込み、ゆっくりと前進する。
軽快だが、すこしぎこちない振動が伝わる。
『両腕のバランスが悪い様です。美しくありません』
「在り合わせで修理したからね、ゴメン」
(美しくありません、って何?)
『両腕にかかる荷重を補正します』
カイの画面上に、線画で描画された全身が表示され、両腕部分に塗られた緑色のゲージが上下した。
歩行で加わる振動が、規則正しくなった。
「ありがとう。快適になった」
『どういたしまして。カイ、このまま01に追従しますか』
「あ、お願いします」
(しかしよく喋るな、このAI)
『01と同速で追従します。アイハブコントロール』
『その機体、どうだい?佐倉くん』
唐突に、八代から無線が入った。
「AIが・・・よく喋ります(笑)」
『ハハハ、そうか。そうなんだ?初心者モードでもついてんのか?』
『アイリスより01、これが”デフォルト”です。初心者モードではありません」
『まじか・・・(通信に)割り込んできた。アイリス?』
無線の向こうで八代が驚きの声を上げる。
『機体名”ツギハギ"、制御AIは”アイリス”です。以後アイリスと呼称してください』
『ハッハッハッ!まじか!ホントよく喋るな!了解、よろしく!アイリス』
八代の1番機、カイの”ツギハギ”は道路を歩き、交差点を右折して水田の反対側に回った。
格子状に伸びる畦道と水路が張り巡らされた広大な水田の一角、放射状におおきく抉れた中心に、昨日の朝撃破したラプトルの残骸が今もそこにあった。
『全隊停止。一応スキャナでチェックする』
八代の無線が響く。
『アイリスより01、サーマルと視覚センサーで地表面と同温度であることを確認しました。目標は完全停止状態です』
アイリスが即座に無線に介入してくる。
『早いな。ではアイリス、そのまま進行して目標の回収を頼む。佐倉クン、よろしく』
『了解。地表面をスキャン。進行ルートを設定。カイさん、表示されたルートを進んで下さい。ユーハブコントロール』
カイの視界に、アイリスが赤くルートを表示した。
前方に伸びる畦道を進み、途中から田んぼの中を進んで最短距離で残骸へと進むよう指示されている。
カイは慎重にアクセルペダルを踏み込む。
ツギハギは狭い畦道を、まるで平均台の上を進む体操選手のように、両腕を広げてバランスを取り、スムーズに1歩ずつ、畦道に合わせて歩を進めていった。
「すげえな・・・体操選手かよ」
1番機のコクピットで、八代はツギハギの後ろ姿を見つめていた。
ツギハギが、まるで人の動きをトレースしたかのように、優雅に、スムーズに歩いていく。
ツギハギは畦道の中ほどまで進むと、その機体を水田の内側へ向けた。
視線の先には、ラプトルの残骸がある。
「アイリス、田んぼに入るよ?かなりぬかるんでるから注意して」
『了解しました。調整はリアルタイムに行います』
ツギハギが右足を前に出し、田んぼの中へ埋めた。
途端にずるずると沈み込み、機体が倒れこみそうになるが、両脚を屈めながら左脚を前に出し、田んぼの中へ。
重心を低くし、泥の中で滑らせるように片脚ずつ前に出し、歩を進めた。
動きはまるで、人間のそれ——泥の中を片足ずつズルズルと歩を進めるその動きそのものに近かった。
ゆっくりとした動きはどんどんスムーズになり、あっという間に残骸の前まで辿り着いた。
『目標に到達。対象をロックしました』
『コントローラのフォースフィードバックを有効化。トリガーの反発を調整しながら、対象をホールドしてください』
カイはラプトルの一番大きな残骸——胴体から尻尾にあたる部位を右腕のクローアームと、左手の油圧カッターで掴んだ。
両人差し指のトリガーに、重い反発を感じる。
操作スティックをゆっくりと引き、残骸を持ち上げようとしたが、その手に激しい抵抗を感じた。
『荷重限界を超えています。対象部位の切断を推奨』
アイリスはそう告げて、対象部位の一部をマーキングした。
湾曲した外殻の裏側に、昆虫の節のような関節が見えた。
その箇所を切断するよう、マーカーが点滅している。
『左腕油圧式カッター、起動』
アイリスの声が響く。
カイは左の操作スティックを直感的に操作すると、赤いクロスヘア「+」が操作に同期して動き、画面内でも左手の油圧式カッターが一緒に動いた。
カイはクロスヘアとマーカーを合わせ、トリガーを引いた。
トリガーは適度な反発を指先に伝える。
カイはそのまま、指先にぐっと力を込めた。
「バチン!」と金属が切断されたような音が響き、指先の抵抗がなくなった。
切断された尾の部分が、支えを失って泥濘の中へ落ちた。
『切断した残った部位を油圧式カッターで支えます』
アイリスの声が響き、左腕の油圧式カッターが残った切断部位を挟んだ。
ちょうど、両腕でラプトルの胴体を支える形で持ち上げた。
こうして、カイとアイリスは撃破したラプトルの残骸を泥濘の中から回収していった。
泥濘の中に沈み込んだ残骸は、アイリスの光学・サーモセンサーにより判別・発見され、結果、殆ど全ての残骸をおよそ2時間弱で回収できた。
回収された残骸は、1番機の八代が久永博士が待つ指揮車両の後部キャリアまで順次運び込まれた。
後部キャリアで待ち構えていた久永博士は、次々とテーブルに供されるコース料理を待つ美食家のごとく、残骸が運び込まれるたびに歓喜の雄叫びを上げていた。
最後の残骸を回収し終えたツギハギは、やっと泥濘から抜け出すことが出来た。
「アイリス、お疲れ様!」
カイは労いの言葉をかけたつもりだったが、返ってきたのは予想通り(?)な回答だった。
『防塵コーティング無しでの泥濘への進入は美しくありません』




