024 起動
——結局、カイ、久永博士、徳川の3人は、3番機のテストモードを利用したカイへの操作レクチャーを日付が変わるまで続いた。
「これで明日は朝から残骸の回収作業ができるね」
博士は満面の笑みでカイの背中を叩いた。
「ぶっつけ本番だけど、頑張ります」
カイは96MEの操作系を触れたことに満足したようで、ニコニコしている。
「じゃ、そろそろ寝ましょう。2階に休憩室ありますので」
徳川が博士を促し、食堂の方へ連れ立って行った。
カイも2人の後に続いて、休憩室へ戻ると、ベッドに突っ伏してそのまま泥のように眠った。
——翌朝。
朝食は酢漬けキャベツと肉入りタマゴホットサンドに、たっぶり野菜が入ったミネストローネだった。
おそらく、昨日の残り物も含め、厨房の食材を使い切る勢いで作ったのだろう。
女将さんは朝食を作り終えた後も、昼食用のサンドイッチを大量に作って、大きな保冷バッグに詰めていた。
「あっちに20人くらい学生さんがおるんじゃろ?なんぼあっても足りんいーね」
皆が朝食を食べ終えた後も、女将さんの手は休むこと無く動いていた。
「あら?お兄さん?」
朝食を食べ終えて、食器を片付けにカウンターに来たカイを女将さんが呼び止めた。
「昨日、みんなの分の着替えを用意しちょったから、そこのショッピングカートから、好きなの選って着替えちょきんさい」
「え?あ、はい!」
カイは、着ていた黒のポロシャツの胸元へ視線を落とすと、汗のあとや土埃、機械油で斑状に汚れていた。
胸にプリントされている赤い倉庫会社のロゴも、薄汚れてぼやけて見える。
自前のワークパンツも同様に機械油まみれで薄汚れていた。
「あらら、昨日の作業で油まみれになったか・・・」
「お兄さん、顔も汚れちょるよ、着替えてシャワーも浴びてきんさい」
女将さんは呆れ顔で食堂の端に並べて置かれたショッピングカートを指差した。
「ほら、あそこに服あるから、持ってきんさい」
「すいません、ありがとうございます」
カイは頭を掻きながらショッピングカートに移動し、「男性用」とメモが貼られたカートの中を物色した。
その中から、半袖スウェットとハーフパンツの上下セットになった夏用ジャージのセットアップと、下着、靴下を適当に選ぶと、再び2階の休憩室へ上がった。
2階に上がり、カイは自分が寝ていた休憩室のドアを開けると、そこにはパイロットスーツを脱いて下着姿の楓が立っていた。
「お?あーごめん、ここ君の部屋やったんか」
そこには着替中の楓の姿があった。
「あ!す、すみません!」
カイは慌てて扉を閉め、背を向けた。
扉の向こうでごそごそと音がした後、カラカラと引き戸の扉が開く。
「ごめんなー、空いてると思ってん。他の部屋借りるなー」
楓はとりあえず着直したパイロットスーツに半長靴を抱え、裸足でそのまま向かい側の部屋へ入って行った。
——30分後、カイはシャワーを浴び、着替えて荷物をまとめ、食堂に降りた。
既に徳川、上田、女将さん、紗綾、カイたちが荷物を載せたカートを押して、指揮車へ積み込み作業を進めていた。
そのまま食堂を出て、物流倉庫を抜けたところで、八代と久永博士が待っていた。
「よう、着替えたな」
八代が気さくに手を挙げた。
「待ってましたよ、佐倉君」
博士がにこやかに手を振る。
その向こうに、上体を起こし大の字に横たわる3番機改”ツギハギ"の背中が見える。
「やれそうかい?」
八代が確認するようにカイに尋ねる。
「昨日の感じなら、問題ないと思います」
少し緊張した面持ちで、カイは答えた。
「大丈夫ですよ、昨日のテストモードの時のように、主な補正はI.R.I.Sに委ねてください」
博士はカイの背中をぽんぽんと叩いた。
八代が"ツギハギ"の太腿をよじ登り、胸部側面のパネルを開けて、コクピットの開閉レバーを操作した。
胸部装甲が上にせり上がり、パイロットシートが前方へスライドした。
カイも太腿に足を掛け、八代が見守る中、パイロットシートに座った。
「パイロットスーツを着てないし、シートベルトだけで固定されるから、『揺れ』に気をつけて」
八代が4点式のシートベルトを引き出して、カイに委ねる。
カチャリ、とハーネスをロックすると、八代がハーネスの長さを調整し、カイの身体がシートにぴったりと固定された。
カイはシートの傍らに掛けてあったHMDを頭にセットし、起動ボタンを押した。
透過型のディスプレイに、起動シーケンスが表示される。
低い稼働音がシートに伝わり、AIの低い音声が告げる。
『システム、起動。機体呼称”ツギハギ”。パイロット認証を開始』
「サクラ カイ!」
カイは元気よく声を発した。
「あー、音声認証じゃないよ。網膜認証だから、まっすぐ前見てて」
八代が苦笑いでカイに声をかけた。
『パイロット、サクラ カイ。認証しました』
『接続ハードウェアをチェック、起動開始・・・』
冷却ファンの稼働音と共に、外骨格フレームのアクチュエータが微細動する。
『Type96 "ツギハギ"。待機モードで起動しました』
「よし、ここまでは順調にいけたな。じゃ、コクピット閉めて少し待ってな」
傍で様子を見ていた八代は、身を翻して"ツギハギ"から飛び降りた。
離れた位置で、博士が笑顔で両手の親指を立てて、カイを応援している。
「えーと、コクピットを閉めるのって・・・」
カイはHMD上のUIを手元の操作スティックを使い、操作する。
『サクラ カイ、パイロットシートの開閉は、コンソールの起動ボタンの隣です』
「あ、これね」
『ロックを解除して、レバーを引いてください』
「ありがと!」
指示通りに、ロックを解除してレバーを引くと、せり出していたシートが奥へスライドし、上にせりあがっていた胸部がゆっくりと閉じて、完全な密閉空間になった。
コクピット内は、パイロットシート周辺の最小限にモニター、計器類の液晶以外は補助的なグリーンの間接照明だけの空間になった。
しかし、カイのHMDに頭部カメラから外の映像が投影されると、内部の照明が消え、HMDではっきりと外の様子が判るようになった。
左脚の足元に、興味津々でこちらを見つめる博士の姿が見える。
正面には片膝をつき降着姿勢の1番機。
そこに八代隊長が乗り込む姿が見えた。
操作スティックを左右それぞれの手で握り、その感触を確かめる。
人差し指と中指の位置に、それぞれトリガーがあり、親指の位置に小型のアナログスティックと大きさの違うボタンがいくつか並んでいる。
ゲームコントローラと違うのは、十字キーが無い位か。
普段バイペダルローダーでやるように、両つま先でちょん、とアクセルとブレーキに対応したペダルを踏む。
"ツギハギ"は、両膝を立て、ゆっくりと立ち上がった。
『行動モード”通常”へ移行します。操作系をパイロットに移譲』
AIが行動に対応し、モード変更を告げた。
「アイハブコントロール。ツギハギ、よろしく!」
カイは愉しそうに返事を返した。




