023 紗綾とアキラ
食事を終え、片付けを終えた頃、あたりはすっかり闇に包まれていた。
周囲の水田からは、沢山の蛙の大合唱が聞こえていた。
紗綾は、厨房のシンクで手を洗いながら、今日1日のことを振り返っていた。
昼食後、食料品、生活用品を集めている中で、女将さんの提案で「生活用品」特に着替えなどの衣料品、衛生用品を男女それぞれ分担して集めることになった。
女将さん、紗綾、アキラの3人で衣類、医療品、衛生用品を集め、徳川、上田は主に飲料水や缶詰などの重量のある食料品、野営用のテントやキャンプ用のアウトドア用品、荷物を詰め込む為のリュックや収納ボックスなどを集めることになった。
簡単な医療品、洗剤、衛生用品や衣類、下着などは倉庫裏にあったスーパーマーケットで調達できた。
持ち出しに使ったショッピングカートは、倉庫内でも大活躍した。
1日汗を流して働いているので、そろそろ着替えが必要。
そう考えた女将さんと紗綾は、スーパーの衣料品コーナーで全員分の着替えを見繕った。
自衛隊の皆さんの分はどうしたらいいんだろう?と紗綾が考え込んでいたら、女将さんが一言「あの人らの衣服は特別じゃけぇ、下着だけ適当に見繕って持ってこ」と、ショッピングカートに山盛りで下着類を積み込んだ。
女将さんは作務衣の上下セット、紗綾とアキラはスポーツウェアの上下セットアップをいくつか選んで、カートに入れた。
男性陣のはわからないので、今の服装に合いそうなものをいくつか選んだ。
カイや上田にはジャージの上下セットアップやTシャツ、徳川にはワイシャツとインナー、下着類と靴下は適当に選んで選べるように多めに運び出した。
持ち出した衣類は、男性用、女性用にわけてカートに詰め、食堂に置いた。
ちょっとしたワゴンセールのコーナーのようになっていて、夕食の片付けを終えた者から着替えとして好きな物を選んで2階へ持って行ってもらった。
上田は、衣類とは別に大きなリュックを抱えていた。
倉庫内の商品在庫から、ドローン、アクションカメラ、モバイルPCを見つけ出し、自分用に確保したそうだ。
女将さんは、厨房に残って持ち出す調理器具、調味料などの準備に余念がなかった。
手を洗い終えた紗綾は、2人分の着替えを大きなリュックに詰めると、アキラを伴って2階へ上がった。
昨夜泊まった部屋に戻り、ユニットバスの電気を点けて、シャワーを捻ってお湯が出るかどうか確認する——まだ使えるようだ。
「アキラくん、先にお風呂入っちゃって、これ着替えね」
紗綾はランドリーバッグと一緒に着替えを手渡した。
「汗かいて汚れてると思うから、全部着替えてこれに入れてね。お姉ちゃんがまとめて洗っておくから」
「うん」
アキラは着替えを受け取ると、スニーカーを脱いでユニットバスに入っていった。
紗綾は、ソファに深く身体を埋めて、大きなため息をついた。
ユニットバスから、シャワーの音が聞こえてきた。
圧倒的に、衛生用品が足りない。
怪我人が出たらどうしよう?大学に移動したら、保健室くらいはあるよね?
それかどこかドラッグストアか、薬局、病院とかあったら寄ってもらうとか。
考えを巡らせながら、目を瞑る。
今日も危険と隣り合わせだった。
大砲の音、銃声、爆発の轟音。
なんとかなったみたいだけど、まだ安心できない。
亡くなった隊員さんの埋葬もあった。
手遅れで、何もできなかった。
そうでなかったとしても、私に何かできただろうか。
答えなんてない考えが頭の中をぐるぐると巡った。
疲れもあって、つい意識が飛びそうになる。
カチャ、と扉の開く音がして、アキラが出てきた。
白と紺のツートンカラーの上下セットアップ。
インナー代わりのTシャツに、通気性のよい薄手の半袖パーカー、ボトムスはハープパンツだが、身長の低いアキラだと膝の下まで隠れている。
「ん、良く似合ってる。カッコいいよ、アキラくん」
濡れてくしゃくしゃになったショートカットの髪をバスタオルで隠しながら、アキラは嬉しそうな顔をした。
「ありがと。お姉ちゃん」
アキラは着替えた服を入れたランドリーバッグを紗綾に差し出す。
「ちゃんと下着も替えた?」
「うん」
「そう、よかった。髪の毛、バスタオルでちゃんと拭いてね」
「うん」
アキラはベッドに腰掛けて、バスタオルで頭をゴシゴシと拭いた。
「じゃ、わたしもお風呂入ってくるね」
紗綾は自分の着替えをリュックから取り出して、アキラのランドリーバッグと一緒に持ち、ユニットバスに入った。
汗を吸ったメディカルウェア、下着を脱いで、バスタブに入りシャワー栓を捻る。
温かい水流が頭上から降り注ぐ。
汗と一緒に、1日の緊張がゆっくりと解れていき、強張っていた肩の力も抜けてきた。
「あぁ、気持ちいい」
思わず声が漏れた。
暫くこんな風にゆっくりお風呂に入るのは難しいかもしれない、そう思って紗綾は徹底的に、入念に全身を洗った。
(お洗濯もしとかないとね)
バスタブの栓を閉め、足元にお湯を張る。
洗剤の代わりにボディソープとコンディショナーを適量入れて、お湯に溶かした。
脱いだ自分の衣服と一緒に、アキラの衣服もバスタブに入れて、シャワーのお湯をかけながら踏み洗いした。
下着はアキラの下着も一緒にして、洗面台にお湯を張って、付け置き洗いにした。
付け置き洗いにするとき、紗綾の手が一瞬止まった。
しかし、彼女は何事もなかったかのように作業を進めた。
踏み洗いの後、しっかり濯いで、1枚ずつぎゅっと絞って水気を切った後、備え付けの洗濯干しロープを引っ張り出して干した。
(これでよし、と)
自衛隊基地にインターンで入った時に習ったことが、こんな処で役に立つとは思わなかった。
紗綾は新しい衣服に着替えた。
アキラに合わせるかたちで、スポーツウェアのセットアップにした。
医療ウェアと同様に、通気性もよく、動きやすい。
「お姉ちゃん、お風呂長い」
アキラはまちくたびれたように呆れ顔だった。
「お洗濯してたのよ」
紗綾は苦笑いしながら、備え付けのランドリーラックとハンガーをクローゼットから取り出し、ユニットバスで残りの洗濯物を干した。
「ボクの服も洗ってくれたの?」
ユニットバスの外から、アキラが覗き込んでいる。
「ん?もちろん、今洗っとかないとね」
「ありがと」
「どういたしまして」
紗綾は振り向いて、アキラに笑顔を返した。
「お姉ちゃん、その服似合ってるね」
アキラも笑顔になった。
「ありがと」
紗綾はアキラの頭をくしゃくしゃに撫でた。




