020 博士、驚く
八代を先頭に、カイ、仙川、久永博士の3人は食堂に入った。
食堂は、以前のがらんとした雰囲気から一変し、飲料水、缶詰などの保存食糧、生活用品、シーツや毛布などの寝具などが分類されて、段ボールごと積み上げられていた。
中では楓、徳川、上田、紗綾、アキラの5人が忙しく動き回っていた。
倉庫から必要な物資を食堂に運び込み、分類して積み上げる作業を粛々と進めていたのだった。
「あら!お帰りなさい!お腹空いちょるじゃろ?」
入るなり、3人に気付いた女将さんが調味料の瓶を片手に再会の歓声を上げた。
「久永先生!ご無事でしたか!」
徳川も独特な風貌の久永博士の姿を見て、驚きの声を上げて駆け寄った。
3人の姿を見て、上田、紗綾、アキラも手を止めて笑顔で出迎えた。
楓は仙川の姿を見てニコっと大きく口角を上げ、軽く敬礼した。
仙川も笑顔でそれに応える。
「まずはご紹介から、久永先生、こちらが指揮を執られている自衛隊の八代隊長です。八代隊長、こちらがY大学知能情報科学技術研究所、所長で名誉教授、工学博士の・・・」
「徳川さん、肩書きはいいよ。どうも、久永です。はじめまして」
面識のある徳川が、八代と久永博士を引き合わせた。
博士は、にこやかに手を差し出し、八代もさっと敬礼した後、手を差し出し、握手を交わした。
「まぁまぁ、皆さんお疲れでしょ、まずはお掛けになって」
女将さんがテーブル席に皆を促し、ほどよく汗をかいたピッチャーの水をグラスに注いだ。
——30分後、テーブル席には女将さんの昼食が並んだ。
時間は既に13時半を回っており、遅い昼食となった。
「暑いからおそうめんにしたよ」
女将さんと紗綾、アキラが各々の席に、白いスープ皿に盛られたそうめんと、つゆの入った小鉢を並べる。
皆にお皿が行き渡ったところで、女将さんが献立について説明した。
「『棒々鶏風そうめん』です。具は鶏のささ身とキュウリの浅漬を短冊切りにしてそえちょります。具にお塩が効いちょるから、そのまま食べてもええし、うす口のおつゆにつけるか、ぶっかけてお食べませ♪」
白いスープ皿のひんやりとした涼気。
その中に、丁寧に茹で上げられ、氷水でキリッと引き締められた純白のそうめん。しっかりと水気が切られ、一本一本が艶やかに輝く糸のように、なめらかで美しい束にまとめられていた。
その上に、美しく整列する2つの具材。
短冊切りのキュウリは、浅漬けにすることで一段と鮮やかさを増したエメラルドグリーンが瑞々しい色を放ち、しっとりとジューシーに仕上げられたささ身は、繊維に沿って粗くほぐされて、パラパラとふりかけられた胡麻が良いアクセントになっている。
目の前に供された皿を前に、いちばん驚いていたのは久永博士だった。
「え、すごい!今作ったんですか!?」
博士は目を丸くしながら器の中の「女将さん特製棒棒鶏風そうめん」を覗き込む。
「もともと自衛隊基地の隊員食堂で女将さんをされてたんですよ」
八代隊長がそうめんを箸で掬いながら、目を丸くする博士に説明した。
博士は、箸をとり、鶏肉、キュウリと一緒にそうめんを掬い、小鉢のつゆにちょん、と漬けて一気に口に運んだ。
噛みしめるたびに、鶏本来の優しい旨味と上品な塩気がじんわりと広がり、キュウリの「パリポリ」と弾ける快音とともに、しっかりとした塩味と爽やかな香りが弾け、薄めに調整されたつゆの醤油の香ばしさがそれをひとつにまとめる。
ひんやりとした淡泊なそうめんは喉越しがよく、するりと喉を通り抜けていく。
「うまい!うまい!」
博士は無邪気な子供のように目を輝かせ、何度も口へと運んだ。
「お口に合ったみたいじゃねぇ」
女将さんは微笑んだ。
——食事の後、八代、徳川、仙川、カイ、久永博士の5人でこれまでの経緯を報告しあった。
八代は明日には発電機が止まる見込みであること、移動に向けて必要な物資をまとめていること、笹木の遺体を弔ったことなどを報告し、仙川は工学部の生存者のことや、工学部付近を徘徊するラプトルのことなどを報告した。
「・・・それで、博士はI.R.I.Sとラプトルの残骸を回収しに来られた、と?」
八代は顎に手をあてて考えを巡らせる。
伸びてきた無精髭が指の上でざらざらとした感触を伝えた。
「完全に破壊できたとはいえ、未知の物体です。危険すぎませんか?それにあまり時間もありませんが・・・」
「ええ、それは承知していますが貴重なサンプルなので何としても回収したい。だからI.R.I.Sも必要なのです。泥濘の中の残骸を回収するのに、I.R.I.Sの起動と調整も必要ですしね」
「お役に立てるかわかりませんが、僕もお手伝いしますよ」
カイが博士に同調するように、手を挙げた。
「仰る意味はよく判りますが・・・まあ・・・了解しました」
八代は渋々承諾し、頷いた。
博士はバックパックからモバイルPCを取り出して、I.R.I.SのAIモデルのファイルを表示した。
「それで、早速トレーラーの横に擱座していたフレームを改修して、倉庫にあるというコアを移植したいのですが、よろしいですかな」
「・・・あれを?」
八代の脳裏に、笹木の姿がよぎった。
「両腕は肘のアクチュエータから下は除去してここにある資材で何とかしたいと思います。佐倉君の話だと、倉庫作業用のクレーンやバイペダルローダーなど作業用機械もあるということなので、そこから調達しましょう。とりあえず残骸回収出来れば良いので」
「しかし、自衛隊の戦闘用外骨格に一般作業用機械が適合するのですか?」
八代は訝しげな表情を浮かべている。
「普通に考えたら規格外なので無理ですが、I.R.I.Sコアなら技術的問題を解決できます・・・それに、佐倉君は機械工学科の学生さんのようなので、お手伝いできそうですしね」
博士はカイを見て悪戯っぽくニヤリと笑った。
「はい、やらせてください」
難色を示す八代を、カイはまっすぐ見つめた。
八代はカイの視線を受け止め、頷いた。
「解りました。でも危険と判断した場合は即座に中止して頂きます。それで宜しいですね?」




