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IronShell 白き灰のアイリス —自衛隊×AI×メカオタク。人類の反撃は一滴の洗剤から始まった—  作者: 須田唯屋
偵察 編

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017 工学博士

 「自衛隊の仙川です。皆さんご無事で何よりでした!」

その声に歓声を上げる者もいたが、仙川はそれを制してさらに大きな声で続けた。


「ですがまだ安心はできません。皆さんまずは落ち着いていただけますか」

仙川は掌を下に向け、両手を胸の高さからゆっくりと上下させ、静かになるのを待った。


 「どなたか責任者の方か、このグループの代表者の方はいらっしゃいませんか」

仙川は大きな声で問いかけると、白衣を着た長身の男性が手を挙げた。


 「私がこのセンターの代表で、工学博士を務めております久永です」


 今どき珍しい時代遅れの銀縁メガネ、白髪混じりの長髪を後ろに束ね、着古された白衣の胸ポケットからはペンや工具が覗(のぞ)いている。屈託のない笑みを浮かべたその姿は、機械好きの少年がそのまま初老を迎えたような印象。

しかし、仙川の頭に浮かんだのは「オタク博士」という言葉がぴったりな第一印象だった。


 「ひ、久永先生!?」

仙川の隣でカイが素っ頓狂な声を挙げた。

まるで神を崇めるかのように、”オタク博士”を見つめている。


「あの、握手してもらっていいですか」

カイはすっかり”オタク博士”に魅了されているようだ。


「ん。いいよ」とニコニコしながら久永博士は握手に応じ、カイは興奮気味にその手を両手で握り返していた。


「あの、僕高専の学生で、先生の出張講座受講させてもらって、その、すごく面白かったです。こんなところで会えるなんて・・・ありがとうございます」

さっきまで不安に打ちのめされていたのが嘘(うそ)のように、カイは元気を取り戻していた。

それだけ高名な博士なのだろうか。


 「それで、あの、自衛隊さんは救助に来て頂いたということでいいんでしょうか」

博士は穏やかに仙川に問いかけた。


 「我々は丸菱(まるびし)の方からの情報で、こちらにシェルターがあると聞いて調査に来た処です」

「あぁ、丸菱(まるびし)さんの?徳川さんお元気かなぁ?」

「その徳川さんから聞いて来ました」

「あ、一緒なんだ、じゃ、アイちゃんも一緒?」

「アイちゃん?」

「アイリスプロジェクトのアイちゃん」

「すみません、心当たりはありませんが」


 「博士、もしかしてAIのことですか?」

カイが思いついた様に尋ねた。


 「うん、そう。そのアイちゃん」

博士は微笑を浮かべた。


 「佐倉クン、知ってるの?」

「倉庫で徳川さんが探してたやつです」

「あの大きなコンテナ?あれかぁ・・・」

仙川は思い出したように呟(つぶや)いた。


 「ああ、そうなんだ。ええと、兼子さん?」

博士が少し離れた場所にいた社会人風のタイトスカートの女性に声をかけた。


 「はい!」

長めの髪を後ろで束ね、ビジネスバッグを肩にかけた若い女性が駆け寄ってきた。


「こちら、丸菱の兼子さん。兼子さん、こちらの自衛隊の方が徳川さんから聞いてここに来たそうですよ」

博士が兼子という女性と仙川を引き合わせた。


「丸菱山口支店の兼子と申します。徳川さん無事だったんですね、良かった」

部外者独りで心細かったのか、ひどく安心して顔を綻ばせた。


「自衛隊の仙川と申します。徳川さんからの情報で、こちらに地下シェルターがあると聞いて確認の為に伺いました」


——仙川は続けて、現在20キロほど離れた場所で自衛隊4名、小学生含む民間人6名と一時避難していることを久永博士、兼子、学生たちに説明した。


「・・・ということは、救助というより、安全な避難所を探してここに来られた、ということですね」


「はい、我々数名では現状あの未確認勢力に対抗するのは困難ですので、民間人だけでも安全に避難できる場所を探しています」


「なんだ・・・助けに来た訳じゃないんだ・・・」

という学生たちの落胆の声が聞こえたが、博士は穏やかな顔のまま口を開いた。


「なるほど判りました。民間人の方の受入れについては大丈夫です。ただここも学生ばかりでシェルターとして機能しているとは云(い)えません。物資も限られてますし。でもその物流倉庫の物資を拝借できるならシェルターとしての生存性は高められそうですね」


「ありがとうございます」

仙川は自衛隊らしく規律正しい一礼を返した。


「それと、私からもお願いがありまして、アイちゃん、いや”I.R.I.S”(アイリス)のコアフレームをここまで運んで頂きたいのです」


「コアを、ですか?」


「ええ、あのAIシステムは特別でして、あれがあればズタズタになった通信インフラを再構成して外部との連絡手段を回復させたり・・・様々な問題解決に繋(つな)げられるのです。それに、兼子さん、あれを」


 久永博士が兼子に手を差し出し、何かを促した。

兼子は肩にかけていたビジネスバッグから、A4サイズの薄く黒いパッケージを取り出し、博士に手渡した。


「I.R.I.Sのアップデートファイルです。兼子さんはこれを受け取りに昨日ここにいらしたところでした」


「アップデートすることで、私たちも現在のシステム環境を大幅に改善できるようになります。必ずここへ持ち帰って頂けますか」


「了解しました」

仙川は迷彩柄の手帳を取り出し、メモし始めた。


「それと、もし可能であれば、あのエイリアンの破片でも何でも、あれば回収していただけませんか。材質でも何でも分析できれば何かの役に立つかもしれません」


「了解しました。他に何か必要な物資はありませんか?」


 「あの・・・いいですか?」

傍で聞いていた白衣を着た女性が声をかけてきた。

「保健師の田川です。できれば医療品や薬、衛生用品、あと毛布やブランケットが沢山あると助かります」


「了解しました」

仙川はすらすらとメモに書き足した。


 「あの~先生、何なら俺ら、一緒に行って手伝いましょうか?表のバスとか軽バン使えば結構載せられるし」

先ほど出迎えに来た学生3人が手を挙げた。


「う~ん、申し出はありがたいけど、危険が無いとはいいきれないからね、それは止めた方がいい」


 学生の一人がさらに口を開いた。

「あのでかいクラゲみたいなのはいなくなりましたけど・・・」


 博士は困ったような顔で

「それがねぇ、一匹だけでウロウロしてるのがいるんだよね」

というと、PCの1台を操作しはじめた。


「構内の防犯カメラに映ってたんだよ」

そう言って、PCの画面に録画を再生した。


 PCの画面に再生されたのは、道路上を単独で這(は)うように進んでいく細長い影。赤い頭部に鉤爪を持つ前脚、肩に2対の細長い棘(とげ)。

仙川たちが水田で倒したラプトルと同じタイプだった。


「うわぁ、マジか」

学生たちも絶句している。


「ということで、自衛隊さん、作戦を立てたいのですが」

博士は悪戯っ子のような含み笑いを浮かべて仙川をじっと見つめた。

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