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さて、時は政治会議の数時間後——。
「ルーヴェンス嬢、また紅茶店の仕事か? すぐに成人式が始まるというのに」
「やるべきことが多すぎまして、えぇ」
ルーヴェンスは顔も上げず書類と睨み合っていた。
場所は既に成人式会場だ。具体的にはその控室。開会式も終了し、もうすぐ認証の蝋燭を配布する時刻となる。会場に着くや否や椅子を陣取って仕事を始め、ルキスに命じられた誘導の仕事も見事にこなし、そしてまた仕事を始めたルーヴェンスにディースは半ば呆れたように言う。
「一体どれ程、仕事があるというのだ」
「そうですね……簡単に申し上げますと、まずルーヴェンシナ紅茶店の従業員は少ないですし、私を手伝える助手もフォリカという側近が一人だけですし、新商品の開発は私しか出来ませんし、とにかく仕事は多いですし、十七の私は仕事だけでなく勉学の時間もとらねばなりませんし、個人的な理由で剣術訓練を本格的に行っておりますし、ヴェルナヴェーア貴族として政治にも関わらなければなりませんし、その手伝いが出来る側近も一人しかおりませんし、怠け気味ですが一応貴族としての社交もしなければなりませんし、それは私以外できませんし。このように多忙なのです」
「……大丈夫か、ルーヴェンス嬢」
大丈夫であれば、ここで仕事などしていないのである。
「こちらから助手を手配しようか?」
「お言葉はありがたいのですが、秘密事項もございますから。ディース様のお心遣いは大変嬉しく存じますが、遠慮しますわ」
「……くれぐれも無理はするなよ?」
「お心遣いありがとうございます」
そう言いながらも手は止めない。やることが本当に多いのだ。あぁ、そういえば、つい昨日、発売になった新商品の茶葉の注文が増えるだろうから、そのことについて派閥の皆と相談し合わなければ——。
「……が、ルーヴェンス嬢」
「あ、はい」
ルーヴェンスが顔を上げると、ディースが気の毒そうにこちらを見下ろしていた。
「そろそろ仕事だ。……一週間、何とか乗り切ろう」
「……認証の蠟燭の配布ですか。すぐに参ります」
よし、一週間の徹夜だ。ではなくて、昼夜逆転生活だ、万歳。控えめに言って楽しみだ。嘘だが。配布のために腕が過労で折れないことを切に祈ろう。辟易しながら遠い目になっていると、ディースも同じような目になっていた。
「共に頑張ろうな……」
「……えぇ、何とかやりとげましょう」
「ああ。ではな」
ディースは軽く頷き、控室を去っていった。向かうのはそれぞれに割り当てられた個室だ。
「……はぁ。私も行かないとな」
そして一人になったルーヴェンスもため息をつきつつ、机に広げられた書類を片付け始めた。
自身に割り当てられた個室にはルーヴェンス一人しかいなかった。いや、部屋の隅にルキスの側近の一人が控えていたが、彼は何の仕事も割り振られていないので数える必要はない。
さて、これから一人ずつ入室してくる新成人に、一人ずつ認証の蝋燭を渡していく。本日ここへ訪れる新成人の人数分必要になる大量の蝋燭は、ルーヴェンスが座る机の横の籠にドッサリと詰め込まれていた。別の者が既に用意していたのだろう。その籠は祝いの成人式に相応しい煌びやかなものだったが、中に入っているものは単純に白一色の蝋燭である。そしてこの蝋燭を一本ずつ配布し、そこにルーヴェンスが炎を点火していくのだ。その炎を一日消さずに保つことで、新成人達はその成人を認められる。それ故、その蝋燭は『認証の蝋燭』と呼ばれるのだ。
これが成人式の全貌であり、そこには特殊身分である聖職者一族以外の、王族、貴族、平民、そして奴隷の区別は存在しない。皆が皆、この儀式を受けるのだ。
そして、それはこの国クロスヴェアの国教であるクロス教において重要な意味を持つ。
——クロス教とは何か。
それは七匹の神獣を神と崇める宗教だ。まず、唯一の存在であった神獣ノーザンクロシエスと呼ばれる炎を司る神獣がこの世界を作り、国クロスヴェアを作り、全ての生命を生み出した。しかし、その時に力を使いすぎてしまった神獣ノーザンクロシエスは、これから永遠に続く世界を自分は永遠に見守ることが出来ないと悟ったのだ。そして、自らの命の存続を諦め、残された力で新たに六匹の神獣を生み出した。
雷を司る銀の神獣リカネシア。
自然を司る緑の神獣ミフォナシア。
地を司る茶の神獣ダチナシア。
水を司る青の神獣オリナシス。
風を司る紫の神獣パラナシス。
光を司る金の神獣エレナシス。
六匹の神獣を生み出すと同時に全ての力を使い切った神獣ノーザンクロシエスは消失し、残された六匹の神獣がこの世界、この国を代わりに見守り、守護している。——これがクロス教の聖書に書かれた大体の内容であり、そして、ここからが現実の話である。
この国には、それら六つの神獣の因子を受け継いだ者がいる。彼等は身の中にある因子から聖剣を作り出し、更には神獣から授かりし神の力を使うことが出来るのだ。それは魔術と呼ばれる。
ある者は雷を生み、ある者は自然を生み、ある者は水を生み、ある者は地を生み、ある者は風を生み、ある者は光を生む。神獣の因子を受け継ぐ者は必ず十八歳で因子を覚醒させ、その力に目覚めるのだ。そして、その判断方法に用いられるのが認証の蝋燭である。因子を受け継ぐ者は、認証の蝋燭に触れただけで、誰かに点火してもらう前に火が付くのだ。
——とはいっても。
そのような者はほぼおらず、殆どの者はルーヴェンスに火をつけてもらうことによって、一般人として帰宅するのだ。勿論、ルーヴェンスの点火方法は一般的なもの。机に置かれている火種から蝋燭へと火を移すだけである。
逆に、ルーヴェンスに蝋燭を渡された時点で、自ずと蝋燭に火が付いてしまった者は因子を受け継ぐ者であり、騎士団という組織に入団させられるのだ。ちなみにこれは強制であり、本人に選択権はない。
さぁ、今から入って来るのは因子を持たない一般人か、それとも神獣の力を授かりし将来の騎士か——そのようなことを考えながら、ルーヴェンスは扉が開く様子を眺める。
——ギィィ。
「し、失礼します……!」
音を立てながらゆっくりと開かれた扉から、緊張したように固くなった少女が入ってきた。いや、今日から彼女も成人する立派な大人であるから、女性と呼ぶべきだろう。ルーヴェンスの記念すべき初仕事の一人目だ。
今から彼女に蝋燭を授けるのだ。ルーヴェンスはそこで初めて認証の蠟燭を手に取る。
しっとりとした感覚。成人している自身の側近はフォリカとギルフェリノの二人であり、特に蝋燭を所有しているのはフォリカだけだが、ルーヴェンスは彼女から認証の蝋燭を見せてもらったことはない。故に、こうしてしっかりと眺めるのはこの蝋燭が初めてである。
そうか、これが認証の蠟燭なのか。そのようなことを思いながら、ルーヴェンスは微笑みながら蝋燭を握り締める。
「成人おめでとうございます。こちらが認証の蠟燭です」
ルーヴェンスの言葉に女性の顔がパッと明るくなる。しかし、その時だった。
その表情が途端に曇っていったのだ。
「え?」
ルーヴェンスは不思議に思いながら、女性の視線を追う。その彼女が見ていたのは——自分の持っている蝋燭だ。
そこで、ルーヴェンスは目を見開いた。慌ただしくルキスの側近が部屋を出ていくことすら気にならない。
——何故、どうして!
そのような取り留めのない言葉が次々と浮かんでは消えていった。ルーヴェンスはただ愕然と蝋燭を凝視し、視線を逸らすことすら叶わなくなる。
彼女の握り締める蝋燭の頂点に、火がチロチロと揺らめいていた。
成人もしていない十七の少女の手には——誰も火を付けていないのにも関わらず、赤々とした炎が付いた蝋燭が握り締められていたのだった。




