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「本当にすまない、ルーヴェンス」
申し訳なさそうに檻の向こう側から告げるルキスに、ルーヴェンスはいつも通りの微笑みを浮かべた。
「分かっておりますわ。大勢の新成人が押しかけているこの会場内で、人目に付かない場所はここしかないでしょうから」
ルキスはどこか痛まし気な色を浮かべる瞳を閉じ、そしてガチャリと鍵を掛ける。
成人もしていないルーヴェンスが、認証の蠟燭に炎を付けてしまった。すぐさまその事実はルキスに報告され、ルーヴェンスが連行されたのは、あろうことか会場地下の牢だった。それは仕方がないことだとルーヴェンスは分かっている。それ程、己のしでかしたことは問題があったということだ。
本来ならば罪人しか入ることのない牢の冷たい床に座りながら、ルーヴェンスは場違いな笑みを浮かべた。異常事態だというのに、その笑顔はあまりにもいつも通りだったのだ。
「ルキス様、成人式でお忙しい中、お手数をおかけしました。どうか私のことはお気になさらずに」
牢に入れられたというのにルーヴェンスは全く抵抗しようとせず、ルキスはその事実に何とも言えない複雑な表情となった。
「……では、成人式が終わるまでここにいて欲しい」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、ルキス様」
そう言ってルーヴェンスは恭しく頭を下げる。それを暫くの間、感情の読めない瞳で眺めていたが、すぐにルキスは去っていった。その場から誰もいなくなったことを耳を澄まして確認すると、ルーヴェンスは下げていた頭を上げる。
そして背筋を伸ばしていた姿勢を崩すと、自らの手をじっと見つめた。
——この手に握られた蝋燭に炎がついたなんて……。
彼女の手には手袋が嵌められていたため素肌は見えなかったが、ルーヴェンスはそれでもジッと己の手を見つめ続ける。
——まだ成人していない十七の私が、神獣の因子を発現させられる訳がない。因子は十八にならないと発現しないのに。
ルーヴェンスは年を偽っていない。彼女は隠し子という特殊な出自だったが、年齢は生まれた時からシッカリと数えてもらっていたのだ。そもそも、ただでさえ因子を受け継ぐのは珍しいことなのに、それが前例のない、未成年で蝋燭に触れただけで炎が付いてしまったなど。
「どうして……?」
しかし、いくら考えたところで、彼女に心当たりなどある訳がなかった。
どれ程の時間が経った頃だろうか。ルーヴェンスは牢の外から誰かの気配を感じ、ふと顔を上げた。
——誰だ?
体は慣れたように警戒態勢に入る。気配は数人分。ならばルキスではない。誰だ、問題を起こした自分を消しに来た敵か? ルーヴェンスは体術のみで相手を制圧できるように態勢を整える。相手が鍵を持っていれば牢の中であろうとも油断できない。しかし足音に耳をすませば、その気配が彼女の知った人間であると分かり、彼女は安心したように体から力を抜いた。
そしてルーヴェンスが予想していた通りの人物が現れる。
「ルーヴェンス様ぁ!」
「ルーヴェンス様っ!」
真っ先に鉄格子に張り付いたのが、自分の愛しい側近であるスバルとカナリアだった。二人の少女達はミッチリと牢の檻にしがみ付く。ルーヴェンスはその様子に破顔した。
「まぁ、わざわざ来てくださったの!」
「まぁ、ではないでしょう、お嬢様」
そして、二人の後ろには側近のお師匠様——ギルフェリノが立っている。やってきたのはこの三人だけのようだった。
「あら、お師匠様までいらっしゃったのですね。しかし、お師匠様がこのような場所に顔を出すとは……問題はないのですか?」
「えぇ、勿論。ルキス様に便宜を図ってもらいましたから。俺達がここにいることはルキス様しか把握していませんよ」
ギルフェリノの言葉にカナリアとスバルがコクコクと頷く。
「それに、屋敷にはちゃんとフォリカ様が残ってくださっているので安心してくださいね!」
「そうです、安心してくださいね!」
あぁ、やはりこの少女達は最高に可愛い。場所が場所だということを忘れ、ほんわかとルーヴェンスは和んでしまった。
「それにしても、どうして皆はここに?」
ルーヴェンスが尋ねると、答えたのはギルフェリノだ。
「ルキス様から連絡が入りました」
「あぁ、やはりそうですか。ルキス様には後でお礼しなければなりませんね」
「……お嬢様、そろそろ本題に入っても?」
ルーヴェンスはその言葉に緩んでいた表情を真面目なものに整える。ギルフェリノは鉄格子に張り付く二人の少女を引き剥がし、「大人しくしていろよ」と言い聞かせていた。スバルとカナリアが素直に「はーい」と手を上げるのを確認して、彼は再びルーヴェンスへ振り返る。
ギルフェリノは真剣な瞳で彼女の金の瞳をジッと覗き、そしてゆっくりと口を開いた。
「……因子を発現なさったとお聞きしましたが」
ルーヴェンスは小さく頷く。ギルフェリノはそのまま続けた。
「騎士団は神獣の因子を発現した者であれば入団せねばなりません。それは強制であり、選択権はありません。ご存じですね?」
「勿論ですわ。お師匠様もそのお一人でしたもの」
「俺が思うに、成人前のお嬢様でも騎士団に入団を強要されると思います。俺もまた騎士団出身で、彼等の考え方をよく知っていますからね」
ルーヴェンスは再び頷く。
「お師匠様がそう思われるのならばそうなのでしょう。それで、今後のことは聞いていますか?」
「えぇ。今日の成人式が終わった後、ルキス様はこの件を騎士団へ報告しに行くそうですよ。しかし、もしもお嬢様が望むのでしたら此度の件をもみ消しても構わないとも仰っていました」
「——え?」
思ってもいない言葉がギルフェリノの口から飛び出し、ルーヴェンスはポカンと口を開いてしまった。動揺を隠せない彼女にギルフェリノがさらに信じられないことを告げる。
「お嬢様の件について知っている人間はまだ殆どいませんから。さすがの騎士団も、ここで情報を揉み消してしまえば知りようもありません」
「どうしてルキス様はそこまで——」
「それほどお嬢様を気にしていらっしゃるのですよ。旦那様や奥様がご存命の頃……つまり、お嬢様が今よりずっと幼い頃から見守ってこられた方ですから」
呆然と呟くルーヴェンスに、ギルフェリノはそう言った。
「お嬢様はただでさえ若くしてパトラシス家の当主となったため、全てが落ち着いた今でも苦労ばかりでしょう? その上、騎士という荷物まで背負うことになるお嬢様のことを、ルキス様は案じていました。それも、十七歳での入団という異例の存在として……きっと、それは大変なことだろうと容易に想像出来ます。故に、もしもお嬢様がこの件をなかったことにしたいと望むのならば、ルキス様はその片棒を担ぐことを約束して下さいました。一年後、お嬢様がきちんと成人したその時に、騎士団に入団すれば良いだろうと、そう仰っていました」
真剣な表情で告げられるその言葉に、ルーヴェンスは逡巡した。今でも山ほどある仕事。若すぎる貴族当主として背負っている重荷。そして隠し子という自身の出自と、何より、騎士団に入団することにより、想定される事態——。
ルーヴェンスは己の髪をそっと撫でる。
「騎士団を辞した俺も、まだ有用な伝手は幾つか持っておりますから。この件を揉み消したとしても問題がないように、全力でお嬢様を支えることが出来ます——ですから、お嬢様がご決断ください」
ギルフェリノはジッとルーヴェンスを見つめた。ルーヴェンスもまた彼の紺色の瞳を覗き込む。そこには一切の誤魔化しが見えなかった。元より、彼には何の疑いも持っていないのだ。故に、彼の台詞は全てが本心と知っている。
ゆっくりと彼の問い掛けが紡がれた。
「——騎士団に入団する覚悟がございますか?」
冷たい牢の床に座り込みながらルーヴェンスは何も言わず、ただ無言で、大切な側近の顔を見つめ続けた。




