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既に二人分の昼食が用意されていた別室へ連れて行かれると、ルキスは真っ先にルーヴェンスに「すまなかったよ!」と謝った。はて。それにルーヴェンスは首を傾げた。
さて、自分が謝られていることに一切の心当たりがない。それ故、ルーヴェンスはひどく戸惑ってしまう。
「えぇと……何のことでしょう。ルキス様に謝られることなど何もなかったと思うのですが……」
「強がらなくてもいいんだ、ルーヴェンス。さぁ、席に座りなさい。君もあそこで皆に囲まれるよりも、ここでゆっくりと食事をした方が落ち着けるだろう?」
促されるようにしてルーヴェンスは着席し、ルキスもその対面に座る。そうして、何故か場所を変えられた昼食が二人きりで始まった。
「その、ご配慮いただいたみたいで恐縮ですわ」
「気にするな。むしろ、私が不甲斐ないせいで君には申し訳ないことをしてしまった」
「不甲斐ない?」
「そうだろう?」
ルキスは先程までの屹然と背筋を伸ばしていた態度から一転し、肩を落としている。
「私が皆に、君に対しての悪しき言葉を禁ずるよう命令しても何の意味もないからな。単純に私がいない場所での君への態度が悪化するだけだ」
「我々の上に立つペリアヴェーア貴族としてその命令は相応しくありませんわよ、ルキス様」
「周りのペリアヴェーア達は好き勝手に振る舞っているぞ。案外な」
そうぼやきながら、彼女は深々とため息をつく。そして、その様子から明らかであるが、ルキスはルーヴェンスの数少ない味方の一人である。そこまで親密な関係でもないが、こうして顔を合わせるたびにルーヴェンスのことを気遣ってくれるのだ。
ルーヴェンスはルキスを安堵させるように上品な微笑みを浮かべた。
「心配には及びませんわ、ルキス様。あの程度の軽口で傷つくような純粋な心は持ち合わせておりませんもの」
「しかし、君は震えていたではないか」
……おっと、まさか見られていたとは。それと同時に、こうして食事の場所を分けられた真意をようやく察する。
ルキスは心底心配そうな瞳でルーヴェンスを見つめるが、それは完全なる勘違いだ。しかし、ルキスはそっとルーヴェンスの手を両手で包み込んだ。
「今はもう大丈夫そうだな。良かった」
そしてルーヴェンスの手を確認し、心底安心した瞳で見つめてくるルキスに、彼女は苦笑する。
「あの時の手の震えは恐怖心からなどではありませんわ」
「……というと?」
「実はここに来る直前に師匠と剣術訓練をしておりまして。師匠の模擬剣を防げず、思い切り手に直撃してしまったのです」
ルキスが沈黙した。ちなみに、これは完全なる事実である。
「それでずっと痺れておりまして、でも今は収まりましたわ」
そのようなことをニコニコと微笑みながら告げるルーヴェンスに、初めは呆然としていた彼女も、次第に呆れたような表情になっていった。再びつかれたため息に含まれた感情は、安堵と呆れが半々といったところだろうか。
「……容赦ないのだな、彼も」
歯切れの悪いルキスに「そんなことありませんわ」とルーヴェンスは言う。
ちなみにルキスの言葉の方が正しかった。当たり前である。誰が自身の主に手を痺れさせるような直撃を受けさせるというのか。主に怪我を負わせるなど言語道断。普通の教師は寸止めである。
ところでルーヴェンスの言う師匠とは、普段は彼女の側近として屋敷で働いている青年、ギルフェリノのことである。彼については様々な事情があり口外してはならないのだが、ルキスは彼のことを知っているため特に隠す必要はない。そう思ったため話したことだったが、ルキスはさらに心配そうな表情になってしまう。失敗しただろうか。
「しかしながら、さすがにそれは注意したほうがいいのではないか?」
ルキスの言葉に、ルーヴェンスは首を横に振る。
「普通、実戦で寸止めする敵などおりませんでしょう?」
「普通、貴族当主は騎士団の真似事はしない」
成程。それは一理ある。確かに、剣術を嗜む貴族は多けれど、そこまで実践を想定した訓練など普通はしない。彼等は戦う側ではなく、むしろ守られる側だ。ルキスの容赦ない突っ込みに動じることなく、しかし、サラリとルーヴェンスは返した。
「見栄だけの剣術など私には必要ありませんから」
「貴族には見栄も必要だろう」
「どんなに外を磨いたって、彼等は私を認めないでしょうけれど」
これにはルキスも言い淀む。彼等とは即ち、先程までルーヴェンスに嫌味なことばかり言っていたヴェルナヴェーア貴族達のことだ。そしてルーヴェンスの言葉が事実であるとルキスも思ったが故、彼女はまた口を閉ざすしかなくなった。そのようなルキスを横目にルーヴェンスが続ける。
「まぁ、私の家族を侮辱されたのならばともかく、彼等が私に何と言おうと別に構いませんがね。あのような嫌味に傷つく繊細な心は生憎、持ち合わせておりませんから」
「しかし……」
ルーヴェンスは全く嘘偽りのない本心を口にしているのだが、それでもルキスは心配なようだ。全く、いい上司を持ったものだと思いつつ、ルーヴェンスは苦笑する。
「外を飾るより中身を飾れ、外を飾る時も中身を纏え——外聞を気にする余裕があるならば己の内を磨き上げよ、そして外聞が必要になる時もまた、己の内の在り方を忘れるべからず。……生きる知恵です」
たった十七の小娘のくせに、何が生きる知恵だ。と、いう突っ込みはなかった。己の言葉に満足したルーヴェンスは意気揚々とカトラリーに手を伸ばし、ルキスも食事を始める。ルキスの内心などいざ知らず、ルーヴェンスは『うちの可愛いカナリアの料理より美味しい訳がない』と少々親馬鹿ならぬ主馬鹿なことを考えつつ、ペリアヴェーア貴族に仕える料理人の料理に舌鼓を打ち始めたのだった。




