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ルキスは貴族当主にしては相当若い部類に入る二十半ばの女性である。ちなみに、成人もしていないルーヴェンスは若いどころか幼い部類だ。蛇足である。彼女は色々とまぁ……特殊だ、ということで今は終わらせておこう。
席に着いたルキスは、自身の部下達を見回して告げた。
「さて、皆の者。本日の議題だがな。いい加減聞き飽きたことだろうが、今回もまた成人式についてだ」
その声は若くとも、王族を除けば最上位であるペリアヴェーア貴族に相応しい威厳のある声だった。
「しかし、今日こそが式の本番だ。故に、今日は成人式の最終確認を行う。チーリエ」
「はい。それでは、今夜の流れを改めて確認いたします」
ルキスに名を呼ばれた初老の女性である彼女は頷き、手に持っていた紙を読み上げ始める。
「ここコントラント領での式の開始は例年通り、十六時からです。開会式の言葉はルキス様が。その間に、我々ヴェルナヴェーアは各々が別室へ移動。開会式が終わり次第、そこで認証の蝋燭の配布を行います。その別室は事前に配布された資料に載っている通り——」
彼女の言葉は続く。
さて、認証の蝋燭というものがある。
それを配布することこそが十八という年齢を特別扱いする理由であり、成人式の主要行事である。というか、認証の蝋燭を一人一本配布するためだけに、成人式というものが存在するのだ。そして、その蝋燭を配る役割を担っているのがヴェルナヴェーア貴族達である。
「そういえば、誘導は誰が担当なさるので?」
つらつらと情報を並び立てていたチーリエを遮ったのが、この場にいる最後のヴェルナヴェーア貴族のミレルという男だ。彼の問いにルキスが答える。
「誘導はルーヴェンスに任せたいと思っている」
その言葉に、その場にいた全員が沈黙した。ルーヴェンスは自分の名が呼ばれたことを驚きつつも、そう言えばそのようなことを以前頼まれていたなと呑気に思い出して、軽く頭を下げた。
「承知いたしました」
「……はっ。まさか、彼女が担当するとはな……」
そして、ルーヴェンスに続いて小さく呟かれた誰かの声。その失笑はルーヴェンスにとってはいつものことだったが、ルキルは目敏くそれを聞き取り「ほう」と眉を上げる。
「私の決定が不満のようだな。言いたいことがあれば言えばよい、ミレルよ」
「それでは意見を申し上げさせていただきます」
ルキスの言葉に従った彼は慇懃に頷いた。
「そもそも彼女は未成年でございます。成人式を知らぬ者が式を誘導するなど不可能なこと。彼女には荷が重すぎることでしょう。どうか、お考え直しいただけないでしょうか」
迷うことなくスラスラと告げられたそれに、ルーヴェンスは成程、自分に仕事を回したくないのだな、と納得することにした。
そんなに仕事をしたいんだね。代わりに働いてくれるのなら、是非ともどうぞ! ——と、ルーヴェンスは言いたいところだったが、これは間違いなく馬鹿にされていると分かっていたため、内心でため息をつきつつ、彼女は口を開く。
「……私の発言の許可を頂けないでしょうか」
静かな声で告げられたそれに、ルキスは大きく頷く。
「あぁ。何でも言ってみなさい」
「感謝いたします、ルキス様。……確かに、私は成人式の経験もない未熟者でございます。しかし、ルキス様のご命令であれば必ず成し遂げて見せましょう」
そう断言するルーヴェンスに、暫く口を開いていなかったミルキリクが「気が強いことだ」と馬鹿にしたように言葉を落とす。
「本当に成功させる程の実力が、己にあるとでも思っているのか?」
勿論——と、ルーヴェンスが気の強いことを断言しようとした時だ。ついに、彼女の隣の席に座っていたあの男が、声を上げたのである。
「あぁ、もう、聞いていられない! ミレル殿、ミルキリク殿、貴殿達はまさかルキス様のご決定に逆らうおつもりかッ?」
自身を嫌う者ばかりだというのに、そのように自身を庇うような台詞を叫んだディースに、ルーヴェンスは目を丸くし、彼を見上げる。そんな彼に名指しされた二人は彼を睨みつけ、ルキスは溌剌と笑った。
「別に好きに言うがいいさ! なにせ、これは何を言われても覆すつもりのない決定事項だからな!」
「しかし、ルキス様——」
「何だ。まだ文句を言いたいのか、ミルキリクよ」
己よりも若い彼女にギロリと睨みつけられたミルキリクは、グッと押し黙った。ここでは年齢などで上下関係は決まらない。階級だけが物をいうのだ。
——とはいっても。
やはりルーヴェンスだけは別だ。成人すらしていない彼女は、あまりにも若すぎるのだ。
彼女が月に一度の政治会議に参加し始めたのは、たった十三歳の頃。さらにいえば、彼女がパトラシス家の当主になったのはその一年前、十二歳の頃だ。一年間の空白があるのは単純に彼女が政治に関わるには早すぎるというだけの理由である。
そんな彼女の一般的な評価はどのようなものか。——簡単な話だ。
『成人すらしておらず、世事にも疎い。そのくせ、物事を知ったかぶる生意気な餓鬼』
誰がそのような幼い者を、自身と同等の存在だと認めたいと思うだろうか。結局、ルーヴェンスのことを大切に扱ってくれるのはパトラシス家の側近達と、自身の派閥に属すほんの僅かな数人の人間。そしてディースのようにごく一部の知り合いのみだ。その他の者には見下されるばかり。
ルーヴェンスはそれを仕方がないと思っていた。というより、まぁ、どうでもいいか、と達観していた。状況改善が可能ならばしているが、出来そうにないので放置している。というか、気にするだけ無駄と思っている。自分のことであろうと、どうでもいいと判断したことは気にしないのが彼女の特徴である。
「さて、いい加減話を戻すとしよう。とはいっても、基本的な情報は既に渡ったようだ」
ルーヴェンスがそのようなことを考えている間にも話が進んでいたらしい。さっさと切り上げられた自身に関する話題に、ルーヴェンスは安堵のため息をつく。これでも彼女は面倒事が嫌いなのだ。……さて、面倒事が大好きな人間がいるのならば是非会ってみたいところだが。
「仕事の話はいったんやめて、昼食としよう。我が家の料理人が皆のために腕を振るった傑作だ。存分に味わって欲しい」
ルキスはそう宣言し、そして何故かルーヴェンスへと視線を向ける。はて、何だろうか。ルーヴェンスが首を傾げながらも、ルキスは続ける。
「仕事はその後だ。そして不躾とは分かっているが、事情のため晩餐会では席を外させて欲しい。——ルーヴェンス、君は私と来たまえ」
その思いもよらぬ台詞に、ルーヴェンスは思わず目を見開いた。一体何事だろうか。この会議の主催者である彼女が席を外してまで自分と話したいことなど、何も思い当たらない。
しかし、ルキスに命じられたからには行かねばならないだろう。ルーヴェンスはそう思い「承知いたしました」と頷く。
ようやく震えが治まった手を握り締めると、ルーヴェンスはカタリと席を立ったのだった。




