第四話
(今日も先輩は降りてこないのかな……)
「「いらっしゃいませ、お嬢様!!」」
クラスはメイド・執事喫茶に決まり、男子は執事服を着ることになった。
昼前のピークは想像以上だった。笑い声と注文が飛び交い、甘いクレープの匂いとスープの湯気が混じり合う。
俺は笑顔を張り付けながらトレイを運び続け、足が重くなってきた。
(先輩は……こんな賑やかなところで、何してるんだろう)
人ごみの中でふと気だるい寝顔を思い浮かべたけど、まったく想像できなかった。
♦︎♦︎♦︎
当番が終わった頃、俺は学級委員の寺本さんに軽く頭を下げた。
「打ち上げはちょっと急ぐから、場所だけ連絡してくれる?」
屋台が少し空き始めたタイミングで、たこ焼きと焼きそば、唐揚げを適当に買い集めた。
両手にビニール袋がぎりぎり提げられる重さ。少し息が上がる。
屋上の扉を開けると、冷たい風が頰を撫でた。
「今日は遅かったなぁ」
「まあ、来るとは思っとったけど」
先輩はフェンスにもたれ、いつものように座っていた。
完全に寝転がってはいないのが、少しだけ新鮮だった。
「にしても多ない?」
「先輩の分ですよ。食べますよね?」
「ウチの分なんてええのに……はぁ、めんどくさい」
「そこだけ遠慮しないでくださいよ……」
先輩は小さくため息をつきながら、たこ焼きを一つ摘まんだ。
熱々のソースの匂いが、風に混じって広がる。
「ウチ、意外とこういう行事は好きやねん。ただ、人ごみの中で直接騒ぐんは苦手やけど」
「え、ほんとですか? 先輩が行事好きだなんて……」
「なんやそれ。ウチに感情がないみたいやんか」
たこ焼きを頰張る先輩の横顔は、いつもの眠そうな目の中に、少しだけ柔らかいものが覗いていた。
でもすぐに、いつもの気だるい表情に戻る。
「そういや、その格好なんや?」
「あぁ、これは執事喫茶で……」
「ふぅん?」
先輩は目を細め、からかうような声で言った。
「『おかえりなさいませ、お嬢様』って言ってみ?」
「仕方ないですね、一度だけですよ?」
俺は軽く姿勢を正し、執事らしい仕草を少し意識しながら言った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
先輩の手が、たこ焼きを口に運ぶ途中でぴたりと止まった。
「……ッ」
少しだけ顔を逸らし、髪で視線を隠すようにする。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもない。似合っとるやん」
声が少しだけ小さかった。
そのあと、俺たちはゆっくりと食べ物を分け合った。
冷めかけたたこ焼きは、意外と美味しかった。
遠くから文化祭の喧騒が、風に乗って小さく聞こえてくる。
先輩は最後に、容器を両手で包むように持って、ぼそりとつぶやいた。
「……文化祭も、悪くないもんやな」
その言葉は、いつもの「めんどくさい」よりも、少しだけ温かみがあった。
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