第九十話 船首像
町の入り口には、光るメガネと可愛いふたつ結いが並んで立っていた。
「お久しぶりです」
道の端に寄せられた車から降りると、俺は透かさず挨拶をする。
「ハァ。こっちは睨んでるし、こっちはそっちしか見ないで挨拶するしで相変わらずね」
俺と霞を見た岩根さんはため息をついた。
「吹雪の時といい、さては隼人はおっぱい地底人だな」
霞の言葉に、穂見月が口に手を当てる。
クッソ。霞のやつ、俺と岩根さんを同時攻撃する魂胆だな!
「まあまあ霞。それより、岩根さんまでどうして?」
堀田先輩が聞く。
「どうしてって、さすがに彼女ひとりじゃ船の手配なんて無理でしょ」
「それはそうかも知れませんが、船は宮からではないのですか?」
「ええ。急ぎたいですし、尾張には手の者がいるかも知れない。だから、ここから木曽川を下って一気に伊勢湾まで出るわ」
ここで松下先輩が案の定だ。
「そうよね。尾張なんて入らない方がいいのよ」
「あら松下さん、尾張の商会を舐めないでいただきたいわ」
松下先輩と保田先輩の睨み合いは、船乗り場まで移動するあいだも続いた。
「ほら、御覧なさい」
そして保田先輩は桟橋に着くなり、腕を大きく前に出し停泊している船を自慢した。
龍だ。金色の龍が船の先端についている。
「うわ、何よあれ」
松下先輩が、顔をゆがめ両手を上げる。
「何って、あなたみたいな田舎者にはわからないわよね」
「知りたくないわよ。それに、これじゃあ車を運べないじゃない」
「やあね、松下さん。川を下るのに、そんなに大きな船を使うわけないでしょ」
「じゃあ、車はどうするのよ」
「それも、こちらで預かるところを用意してあります。鎧櫃はお持ちのようですし、装備はそちらに入れて持ち込めばよろしいかと」
いつまでも睨み合ってるものだから俺は止めに入る。
「まあまあ松下先輩、早く乗りましょうよ」
「アアン!」
松下先輩は、そのまま俺を睨みつけた。
やばい。
「なあ、長三郎。早く乗ろうぜ」
しかし長三郎は俺の話を聞かず、晴親さんに話かけるのだ。
「兄さん、乗ろうか?」
「そうだね長三郎。だけど、折角持ってきた人員輸送車、ちょっとしか使えなかったね」
なんだろ、こっちの二人は二人で乗らないし。
「あんたたち! いいかげんに乗りなさいよ!!」
岩根さんがキレると、みんな乗り込み出発だ。
川の流れは早く、どんどん船は下って行く。
保田先輩は、殻先輩と前の方へ行き景色を指さしながら話している。
俺も案内してほしいな……。
そんな思いをよそに、横では松下先輩の愚痴が続いていた。
「岩根さんがいれば、保田さんなんて必要ないんじゃないですか?」
「そんなことないわよ。人手も足りなかったし、尾張では彼女の力も重要なのよ。川や湾だって見張りがいて、私たちみたいに装備をした者を黙って通したりはしないわ」
「彼女、そんなに力があるんですか?」
「そうね。瓦斯灯屋の娘で顔は広いみたいだけど、あまり儲からない商売みたいよ」
「そうなんですか?」
「一緒に来る途中、大渕を紹介してほしいって言ってから。何でも彼女のお父さん、電灯に興味があるらしいわよ」
「へぇ、商売するもの大変なんですね」
落ち着いたかなと思うと、俺までため息が出る。
だが反対側を見ると、今度は船頭さんも呆れる人たちがいた。
「長三郎、近くを見るな。遠くを見るんだ」
「うん、兄さん」
二人並んで顎を突き出し、ひたすらどこか遠くを見ている。
「アホでチュ」
そんな霞に、長三郎が文句を言おうと顔を向けてしまう。
そしてすぐに顔を戻すと、両手を船のふちにかけてその顔を外に出した。
「あなたたち、まだ川なのよ?」
俺を飛び越える岩根さんの声がした。
伊勢湾に出ると、大きな船が数隻見えてくる。
「あれに乗りかえるわよ」
そう岩根さんが説明すると、霞が少し驚いた様子を見せた。
「兄様がいるでチュ!」
本当は、どの兄様がいるのかが気になったのに、悟られたくなかった俺は少しずれたことを言ってしまう。
「霞、目がいいね」
「そうでもないでチュ。まあ、メガネはいらないけどな」
当然、岩根さんは黙っていない。
「そうね。サルみたいに遠くばかり見ていられればいらないでしょうけど、知識や情報を得るために机上で学んでいると負担が大きくなることもあるのよ」
「ムムムでチュ」
川を下ってきた船が横付けされると、大きな船から縄梯子が下ろされた。
手や足を掛けたりするところが木だとはいえ、乗り移ろうとすると梯子がフラフラするので力んでしまう。
そんな俺とは違い、続く不機嫌な霞はサクサク登ってくる。
「おお! お嬢ちゃん、まるでサルみたいだな」
この余計なことを言うおっさんは誰なんだ?
そして、最後の殻先輩が乗り込む頃には、霞は怒りで顔を赤くしまるでサルのようになっていた。
「では、出発してよろしいな? 岩根殿」
「はい、九鬼殿。お願いいたします」
このやり取りを聞き、晴親さんが溢すように言う。
「九鬼殿……。志摩の九鬼水軍ですか」
「まあ、自己紹介はあとにしようや」
そう言った九鬼という筋肉質のでかいおっさんは、出航の指示を船員に出しながら離れていく。
そして、入れ替わるように頭巾をかぶっていない霞のお兄さんらしき人がやってきた。
「隆政兄さままで来られたのですね」
霞の敬語に、伊賀の時のようだと笑いそうになる。まあ、問題を起こす前に顔の赤さが引いたことは助かったけど。
「遅かったな」
妹へ返す言葉にしては厳しいなと驚く。
隆政さん。今度こそ火の鳥を倒した人だ。
そんな隆政さんに挨拶をと思っていると、周囲を見渡していた岩根さんに先を越されてしまう。
「予定より船の数が多いみたいだけど」
「ああ、そのことだが、僧兵が加わったんだ」
「僧兵? どっちの?」
「比叡山の連中らしい」
比叡山の連中って。まさか霞が言っていたように、俺たちは見張られていたのだろうか?
「へえ。何にしても、伊勢や志摩にいる素人兵よりはマシね」
岩根さんがそう続けかと思うと、九鬼さんの大声が聞こえてくる。
「ほれ、見てみろ。あれが渥美半島だ。ここを抜ければ遠州灘だぞ」
いよいよ湾を出る。




