第九十一話 自由な風
「こっちには、変わった形の島があるよ」
穂見月に言われ半島の反対側に目をやれば、ポッコリと山を担いだような小島が見える。
「神島ね」
「え? 松下先輩詳しいですね」
「何言ってるのよ隼人、当たり前でしょ」
ここを抜ければ遠州灘になるとはいえ、遠江の沖まではまだあるはずだ。なのに随分詳しくないか?
「話さなかったっけ? うちのお父さん漁師だって」
「聞いてませんけど……」
「だから妹の名前、真帆と加帆なのよ」
そういえばと、祇園社で絵馬を見せてもらったことを思い出した。
「うなぎ釣るでチュか?」
「いや、うなぎは釣らないけど」
うなぎはともかく、俺はちょっと考えてから聞いた。
「松下先輩の名前だけ帆が付かないんですね?」
「私の舞って名前は、船を押す風から想像して付けられたのよ」
「暴風でチュ」
突っ込みに笑おうとしたとき、霞を注意する低い声がする。
「霞、人の名をそのように言うものではない」
「申し訳ありません、兄様」
霞が実家でおとなしかったわけが分かったような気がする。
「おーし。おらおら、みんな船室に行くぞ」
九鬼さんが、舵のある高い場所から降りてきて俺たちに声をかける。
外海に出たことで、ここからしばらくは部下に任せるらしい。
船室に入ると、岩根さんがさっきのことを確認している。
「僧兵がいるって聞いたけど、なんで参加したのかしら?」
「さあ?」
九鬼さんが、それだけしか言わないものだから話が進まない。
すると、とぼけたように晴親さんが話を変える。
「数もそうですが、それにしても大きな船ですよね」
「だろ? まあこれは、僧兵が加わったからというより、移動用の車両も積んでるからなんだけどな」
自慢の船らしく、九鬼さんはうれしそうに答えた。
「天帝とやり合うんだから、これぐらいの戦力はいるだろう……」
一方の隆政さんは、淡々と答えている。
「つまらない男ね」
「何とでも言え。それよりも、お前たちの決意は固いのか?」
からかう岩根さんを相手にしない隆政さんは、俺たちの方へ顔を向けると聞いてきた。
これには晴親さんではなく、堀田先輩が答える。
「はい。ここにいる穂見月のお母さんが、土の遺跡で囚われていると考えています」
手を向けられた穂見月が会釈をすると、堀田先輩は話を続ける。
「同じ部隊の一員であるだけでなく、友人として共に戦うと僕たちは決めております。そこに彼女のお母さんがいるなら行く他ありません」
これに頷いた隆政さんは、沙羅双樹の二人にも聞いた。
「岩根殿を手伝ったという君ら二人はどうするのかな?」
殻先輩と保田先輩は、顔を一度見合わせてから答えた。
「僕たちも共に戦います。学校をこのままにはしておけませんので」
隆政さんは、また頷くと説明を始めた。
「一応、俺が率いる伊賀軍が中心だが、岩根殿率いる甲賀の部隊も中心的な部隊になる。一方、僧兵についてはまだ詰めていない。現地でどこまで調整できるかも不明だ」
「つまり、三つの軍がいるが、どこまで協調していけるかはわからないと」
「晴親殿、その通りです。ですので、生徒たちは晴親殿がまとめてください。現場は彼らの学校ですし、我が部隊に入ることはありません」
これだけ軍事の専門家が集まれば当然なのだろうけど、補助的な立場の俺たちが話すことはもうなかった。
「うん? どうかしたか」
やることもなくなってしまい立派な船室を見回していると、意図せず目が合った九鬼さんに話し掛けられる。
「いえ、九鬼さんは参戦するんですか?」
「しないよ」
首も太く、筋肉質の腕をむき出しにして服を着ているその姿は頼りになりそうなんだが。
「なんだよ……。あんまり陸戦は好きじゃないんだよ。それに、誰かが船に残ってないといけないだろ?」
確かに、こんな大船団を放置はできないけど。
「見学にでも行くか!」
九鬼さんは会議を抜け出すと、俺たち生徒八人を案内してくれる。そして甲板に出ると、風と海流に乗って船がどんどん進んで行ってるのが見て取れる。
「西北西の風だな。ヨーソロー!」
冷たい風が強く吹く中、九鬼さんの声は響いていた。
船は伊豆半島を回り、目的地である神奈川湊へ到着した。
「天帝側の見張りはないみたいね」
「ああ、問題なさそうだな。それじゃあ予定通り、伊賀の部隊から下ろすからな」
岩根さんが確認したところで、九鬼さんが船を接岸させた。
そして港では、滑車を使い車両まで下ろす姿が見られる。
「君たちの使う車はそれだ。我々、伊賀の部隊と共に先行してくれ」
「わかりました」
隆政さんから指示を受け、堀田先輩が了解する。そして俺たちは、借り物の人員輸送車に乗り込むと伊賀の隊列に紛れて学校へ向かうのであった。
「九鬼さんに別れの挨拶ができなかったな」
「隼人君、しょうがないよ。小さな港にあれだけの船を順番につけないといけないんだから」
晴親さんがその話をすると、堀田先輩が気になったようだ。
「これからは横浜村だそうですね」
何の話かと思ったら、港の整備事業が対岸の横浜村に移りつつあるという話であった。
「そうだね堀田君。外国からのお客さんのために施設も作られるとか」
「船や車の性能が上がったことが原因だと聞きますけど」
「そうそう。それもあってか、このまま北上するにあたって玉川を渡るために川崎宿が特別に力を貸してくれるらしいよ」
「どうゆうことですか?」
「一日で移動できる距離が飛躍的に伸びたことで、中途半端な場所にある宿場町はお客さんが減って困ってるんだよ」
「それじゃあ、問屋場に賄賂でも渡したんでしょうか?」
「それはどうかな。こちらは伊賀に甲賀、それに九鬼水軍に僧兵だよ。誰か強力な後ろ盾がいるんじゃないのかな?」
「では、恩を売っておきたかったとか?」
「可能性はあるよね。ただどちらにしても、そこに根回ししておかない天帝側は甘かったかもしれない」
二人の話が当たっていたかは知ることができないけど、実際何事もなく進むことができた。まあ、この隊列を見て仕掛けようと考える地域勢力はないだろう。




