第八十六話 参拝客
霞の家に戻り泰政さんに報告するも、そのまま松永様に報告してほしいと言われただけで特に何もなかった。
そして翌日、迎えに来た人員輸送車に乗ろうとすると山中教官は戻っていたが河田の姿はない。
見送りに来ないのはいいけど、あいつが着ていた学校仕様と違う装備について聞きたかったな。
多聞山城に到着すると、いくらも待たずに松永と面会が許される。畳敷きの広間でもこの人と会いたくないのは、相変わらずの赤い顔だからであろうか。
「早かったな」
褒め言葉だろうか?
「門番と交戦したにも関わらず、倒さなかったと聞いているが」
堀田先輩が答える。
「はい。情報をもらう代わりに戦いをやめるという条件を出されまして、そちらを優先しました」
「なるほどな。まあ、俺からの依頼は調査だから良しとしよう。で、何か聞けたか?」
「いえ、松永様が仰ることと同じような内容で、特に新しい話はありませんでした」
「そうか」
松永は、持っていた扇子をパタと一つ広げてはパタと閉じ、視線を横に向け考えている素振りを見せる。
「なら、風の塔は俺たちに任せて、お前たちは比叡山にでも行ってみたらどうだ?」
急な話にも思えるが、四つの遺跡の内の三つを回ってしまったのだからもう当てがない。それに、協力すると言っていたことを考えると行けということだろう。
「とにかく報告はわかった。下がって良い。何かあったら遣いを送るから好きに調べろ」
松永はそう続けると立ち上がり、さっさと上段横の襖を開け出て行ってしまった。
追い出されるように城から出た俺たちは、真帆さんを見送った橿原駅前広場にいた。今度は俺たちが乗合自動車を使う番である。
「ここにくる乗合自動車で京に出て、そこで小谷方面に乗り換えて比叡山前で下車ね」
松下先輩が、かったるそうに山中教官に確認している。
「ああ、人員輸送車の手配ができないからそうしてくれ」
「普通の輸送車なのに、そんなに準備かかりますかね?」
「うむ、車はもちろんあるだろうな。だが、何故か手続き中だと言われ話が進まん」
こんな感じで乗合自動車を待っている。
「でも、意外だったな。松永様なら門番を見逃したことを怒るかと思ったけど」
俺は、松永のお膝元だからと様をつけて話したが、山中教官は周りの目を気にしていないようだ。
「中条、松永は優しいわけではない。門の場所が分かれば何時でも何とでもなると思っているから余裕を見せているだけだ。つまり、今は戦う必要がないと判断しただけだ」
他にも、城の人の話によると穂見月のお父さんはまだ戻ってないらしく、そちらも気になるところだ。
「お、来たようだな。それでは先に行っているからな」
山中教官は三輪車で先に行ってしまう。
そして俺たちは、乗合自動車で北上するのであった。
坂を上がり、門の前に立つ。
「ここが比叡山ね。行きましょ」
先を歩く松下先輩に続いて、俺たちも足を踏み入れる。人気のない広くてきれいな参道は、森のような深い木々に囲まれていて真っすぐに伸びていた。
人が見えてきたのは、二つ目の門を潜る頃だった。作務衣の男性が、竹ぼうきで砂利の上を掃いている。
「掃除してるのかな?」
「こんなところじゃ、木の葉なんていくら掃除しても終わらないよな」
長三郎とそんな話をしながら進むと、三つ目の門を潜る頃には袈裟を着た人やお参りの人も見えてきた。
「ハゲしかいないでチュ」
「禿じゃない。坊主だ」
「隼人、禿と坊主は違うでチュか?」
言い返され、何が違うのかと悩んでしまったので一人の参拝客を指さした。
「ほら、髪の毛生えている人もいるよ」
すると、その人がこちらに寄ってくるではないか。
やばい。「何、指さしてるんだよ!」と怒られるかも。
「おやおや、これは。今日は、あの女性はいらっしゃらないのですか?」
あの女性とは岩根さんのことで、寄ってきたのは大田孫兵衛であった。
「お久しぶりです。今は、山中教官と一緒に行動しています」
堀田先輩がそう答えると、会釈した大田は山中教官のことを知っているようなのだ。
「ほう。あなたが尼子家の軍師と言われる山中様ですか」
月山富田城では確かにすごそうだったけど、そんなに有名なのかな?
俺は、さりげなく聞いてみる。
「大田さん。山中教官のことを知っているんですか?」
「ええ、噂の範囲ですけどね。しかし、それだけではありませんよ。たぶん、あなた方のことも知っています」
「たぶん?」
「なんでも、特別な場所を探す任務を受けている者たちがいるとか」
それが俺たちだって、バレてるってこと?
「我々も、常に政治の動向を気にしております。仲が悪い人たちがいることも、探し物をしている人たちがいることも承知しているのです」
顔に出ちゃったかな? 考えが頭を横切った時、山中教官がクスッと笑った。
「大田殿と申したかな」
「はい。近江を拠点に商売をやらせていただいております大田孫兵衛と申します」
「そうか。それでその探し物、お主ならどこにあると思う?」
「そうでございますね。我々の界隈ですと、富士にあるのではないかと囁かれております」
「富士か……。もっともらしいが、それでは広すぎるな」
「そうなのでございますがその噂、冒険者を支援している商人がその冒険者から聞いたとの話が始まりなそうで」
「ふむ」
「何でも冒険者は、天狗から教えられたと言っていたそうです」
「天狗?」
「はい。そしてその天狗は富士の方を眺め『ここから見える場所にある』と申したそうです」
「うむ。しかしそれだと、天狗と会わなければならんわけで、どのようにして探すというのだ」
探し物が土の遺跡のことだとしたら探すしかないけれど、天狗なんて本当にいるのかな?
「山中殿。それがおおよそですが分かるのです」
「何?」
「冒険者が調査していた場所は美濃の山だと聞きますが、おそらく伊吹山地です。だとすれば、木曽山脈や赤石山脈がありますのでそこから富士が見える場所は限られます」
「伊吹山か……あの、ヤマトタケルが戦ったという。だが、探しに行く他ないな」
次に行く場所が決まったようだ。
しかし今更、付け足すように山中教官が大田に聞くのだ。
「ところで貴殿も、ただの親切のつもりで色々教えてくれるわけではあるまい?」
「ええ、彼らには借りがあるのですよ。妖どもから積み荷を取り返していただいたという」
大田は、広げた手を俺たちの方へ向ける。
「そうか。ならそういうことにしておこう」
「では、一緒に参りますか?」
「一緒に?」
「近江八幡へ戻る途中ですし、彼らもそのように荷物を抱え車を乗り継がれるもの大変でしょうから」
荷物も重いし、すぐに足の確保もできるか分からない。だから助かったと思ったのに、聞き返した山中教官に続いて堀田先輩まで堅苦しい話をするのだ。
「情報は助かりました。ですのでこれで借りはありません。その様にお気遣いいただかなくても僕たちは大丈夫です」
「ハッハッハ」
大田さんは笑った。
「大坂での話も聞きまして、興味が湧いたのですよ。これは貸し借り無し、そういうことで」
こうして俺たちは、ついてることに車に乗せてもらえる。貨物車で、座席がないところは人員輸送車よりも辛かったけど、乗り換えなしで荷物も邪魔にならない広さは悪くなかった。




