第八十五話 白虎丸
「くらうワン。火車!」
犬は転がりながらこちらに向ってくると、体全体から炎を発し火達磨になって突進してくる。
「火を起こすなとか叱っておいてなんだこいつは!」
霞の突っ込みはともかく、俺たちは左右に大きく飛び分かれる。
「お前が死ねや」
反対側に飛んだ口の悪い河田はもう剣を抜いている。
さては襲ってくる前から剣を抜くつもりでいたな。
そして、回転が止まったモフモフ犬に真っ直ぐ向って行く。
「生意気だワン」
河田の姿を見てそう言った犬は、体表面を波立たせたかと思うと丸みを帯びた一本一本の毛を鎌の刃ようにして飛ばしてくる。
河田は急ぎ前進止め、身を反らしたり跳ねたりしながら連続するそれを何とかかわす。
「クソ!」
地面には、突き刺さったモフモフが並ぶ。
待てよ。モフモフしたものが突き刺さるか? あのデカさで毛並みを維持しているんだから見た目と違うんじゃ?
俺は霞の方を見て、口の前に握った両手を縦に並べる。
(吹き矢! 吹き矢!)
「そんなアホな仕草せんでも普通に喋ればわかるでチュ」
「持ってないの?」
「持ってるでチュ」
仕方がなそうそうに霞は吹き矢を取り出し、犬に向って発射する。
キン!
モフモフ犬は避けもせず、口は笑っている。
やはり硬いようで、しかも自慢するために避けなかったようだ。
と、その横で、今度は穂見月が弓を構え矢を放った。
ズポ!
「ギャー」
硬い毛の隙間に刺さったようで、犬はギャーと言っている。
「キー、許さないワン!」
「動かない的では穂見月でも当たるでチュ」
「酷いよ……」
俺はつぶやいた。
ボーっと立っているから当たった犬はともかく、霞、穂見月を悲しませるなよな。
「このまま左右から挟むよ」
堀田先輩の指示が出る。
一方、犬はこちら側にいる穂見月へ飛びかかろうと構えるので俺は前に立つ。
決まったな。そう俺が思うも、犬は反対側の河田や長三郎の動きを見てかかってこない。
お! ちょっと。
犬は、急に明後日の方向に走り出す。
ワンワン!
そして俺たちも並走して走り出す。
こいつ、頭悪そうに見えて挟み撃ちされないために走ってるな。
「それ!」
霞が苦無を投げるが、犬はひょいっとかわし走り続ける。
装備をつけたまま結構歩いてきたこともあり、疲れでこのままでは挟み撃ちは解けてしまうだろう。
「隼人! またあれをやれ、炎でこの場所を包むんだ」
えっ! なんか俺たち悪役っぽくない? と、思いはしたが、霞の方を見ると河田の言葉に頷いている。
「ああ霞、わかったよ」
こちら側の追走は堀田先輩と穂見月に任せ、俺は構え剣に力を溜める。
「いくぞ隼人!」
霞と属性力を合わせると、炎をまとった竜巻が広間を囲っている建物全体に次々と火をつけていく。
「ワンワン! 何してるワン!」
犬は、この中央の広間から出られくなったので立ち止まる。
つまり建物全体を焼いて逃げ道を塞いだのだ。
「うるせい!」
河田は、止まった犬に間髪入れず切りかかっていく。
「また同じ攻撃かワン? そういうのを南蛮ではワンパターンと言うだワン」
そして犬も、繰り返しのように硬い毛で反撃する。
河田はかわすが、さっきと違うのは長三郎が後ろに続いているところであった。
飛び、避けた河田の横に出た長三郎が犬との距離を詰め、槍を繰り出す。
「南蛮渡来なら負けねえーぜ」
「ワンと!」
ジュザ!
おしい!
硬い毛と槍の刃が擦れる音がするも、長三郎の槍は紙一重でかわされてしまう。
見かけはともかく、犬だけあってさすがに機敏だ。
「南蛮渡来の槍かワン? 共鳴石が本物なら危なかったワン」
今、長三郎の顔歪んだよな?
見かけはともかく、門番だけあって精神攻撃もしてくるらしい。
「それ!」
今度は、こちら側から堀田先輩が切りかかっていく。
振り下ろす刀から出る光はしなり、刃がまるで伸びていくように見える。
シュ!
また犬に避けられるが、毛がパラパラと落ちる様子はかなり追い詰めているようだ。
「これも石付きの武器かワン。ギャー!」
避け、構え直そうとしていた犬が石付き武器に嘆いていると、穂見月の矢が当たったのだ。
「また貴様かワン!」
「だって……」
「だっても、へちまも、ないワン」
怒ったかと思うと、首を傾げ更におかしなことを言い出す。
「なんだお前、道世じゃないか」
「えっ!?」
驚いた穂見月だけでなく、空気が凍り付いたように一人を除いて止まる。
「なんだ? 誰だ。知り合いか?」
そう、キョロキョロしている河田を除いてだ。
……
「よく見ると違うワン」
変な間の後そう言われても、聞かないわけにはいかない。
「あんたさ、道世さんのこと知ってるの?」
松下先輩が睨み聞く。
「うーん、知ってるワン」
「教えなさいよ!」
「うーん、教えてもいいけど、条件があるワン」
「何よ?」
「話すから帰ってほしいワン。……あと、火も、もうつけないでほしいワン」
犬の条件を聞いた松下先輩は、堀田先輩の方をチラッと見るが返事も待たずに了解した。
「で、どこにいるのよ?」
「そう言われても困るワン」
「ああん?」
松下先輩は杖を上段に構える。
「待つワン! 待つワン!」
犬は慌て話を続ける。
「それは瘴気のあふれる場所だワン」
「瘴気あふれる場所って……」
穂見月がつぶやく。
松永の話と変わらないことにがっかりしたのだろうか。元々、生きているとは考えづらい状況ではあったが空気は重い。
それでも松下先輩は、強気に続ける。
「何よ、曖昧ね」
「そうでもないワン。理解したワン。お前ら道世を探してるワン」
「だから聞いてるんでしょ」
「まず、お前の杖についている石。水の遺跡のやつだワン?」
「ええ」
「すると、火の遺跡にも行ったというのはお前らだワン」
「あら? 有名人なのね」
「そして、ここにはいないワン」
「つまり土の遺跡にいるのね?」
「恐らくそうだワン。それに、あの姿を維持するにはそれなりの力が必要だからワン」
新しい情報も乏しく、あと聞くことは一つだろう。
「じゃあ、土の遺跡の場所を教えてくれる?」
「それはわからないワン」
「ちょっと、どうしてよ? 見たんでしょ?」
「見た場所は遺跡ではなく、お前らが言うところの神の世界で一度きりだワン」
「そのあと、移動したってこと?」
「門番の誰かの依頼で生き返らせたと聞いたので、連れて行ったんだワン。いくら神でもそんなことができるのはごく一部だから、たぶんその時見たんだワン」
雑な話で怪しくなってきた。でも……。
「ど、どうしてその連れて行った先の遺跡の場所がわからないんですか!!」
穂見月が問いただす。
「お前らが土の遺跡と呼ぶところは特別らしいワン。最初の、始まりの門らしいワン。昔の話すぎてワンもわからないワン」
全部が本当か分からないけど、もう知っていることはなさそうだ。一気に進展するかもと思ったけど、それは甘かったか。
「舞、これで全部みたいだね」
堀田先輩もそう言う。
「じゃあ、倒しますか?」
おい! 河田。なんでそうなる。
「話が違うワン!!」
堀田先輩は苦笑いをする。
「河田君、依頼は調査でしょ? 僕たちが戦う必要はないんだよ」
「なんと! 損した気分だワン」
それを聞いた犬はそう言いながら、塔を約束通り出ていく俺たちを見送る。
そして塔の入り口が閉まる寸前、奥から声が聞こえた。
「もう来るなワン!」
声が響く中、人員輸送車で霞の家に戻るのであった。




