第八十四話 風の塔
「ここね」
松下先輩は塔の上を見て、次に左右を見て確認している。
聞いていた通りのデカイ建物だけど、果てしなくて先が見えないとかではない。
そんな、物珍しそうにしている俺たちを気にせず、河田はさくさく進むと塔の扉を縛っている鎖の鍵を外した。
「河田君、入り口はここだけ?」
「そうなんですけどね……」
堀田先輩の質問に、歯切れ悪く答える河田の理由はすぐにわかる。塔に入りまもないのに野犬が三匹ほど見えるからだ。
「普通にいるな」
長三郎がそう言うと、こちらに振り向いた犬たちが襲ってくる。長三郎は軽く後ろに下がって避けると槍で犬を一撃で仕留めた。
そして、他の二匹も堀田先輩と河田が仕留めて出番がない。
「うーん」
「なんだよ長三郎」
「いやな、隼人。初めて打ち取った敵が野良犬もどきじゃ格好がつかないなと思って」
「ああ、鉄道ではいいところ見せられなかったからね」
「あれは、槍以前の問題だったからな」
その後も、こんな会話が続いた。
途中で出くわす敵がネズミや蜘蛛が大きくなったような微妙なものばかりで、あまりに手応えがなかったからだ。
「ねえ、霞。久しぶりの実家でゆっくり休めたんじゃないの?」
「まあな」
愛想がなく、暇つぶしにもならない。
「あれ? 刀の柄、変えた?」
俺が指摘すると、長三郎も直刀の方へ目をやる。
「変えたって言うか、それ共鳴石だろ?」
霞は、長三郎の槍を一度見てから鼻で笑う。
「本物でチュ」
頬を膨らませた長三郎が反撃に出る。
「ちゃんと許可貰ってるんだろな?」
「何を言ってるでチュか。学校で使っていた物も元々うちのもんだぞ」
これで、模倣品がついた長三郎以外が石つきになったわけだ。
俺は、すぐに言葉に詰まった長三郎を放っておいて話を続けた。
「お兄さんたちと同じのなの?」
「隼人が言う同じが何かわからんでチュが、石にも性能の差はあるし防具の問題もある」
火の鳥を倒したことや、あの場所にいられたことが気になっていたから聞いたんだけどな。
そういえばと、後ろで大人しくしている奴を思い出し、そっちに聞いてみることにした。
「河田、その装備ってどのぐらい耐えられるの?」
「壊れるまでだ」
「そうじゃなくてさー」
「そうは言っても中条、他の装備を知らないのだから比べようがない。何にしても、性能は勢力争いに直結するから開発は常に進められている」
正しいことを言われているようで納得ができない。
だが河田、限界がわかってからじゃ遅いんじゃないか?
……いつまで歩くんだろ……
塔という人工物だけあって、階段、柱、壁はある。つまり、洞窟のように岩もなければ傾斜がついているような地面もない。
全く緊張感がないまま俺は、堀田先輩にも話しかける。
「地図書いてるんですか?」
「うん、ざっくりだけどね。瘴気があるような場所だし、どんなカラクリや罠があるかと思ったけど、おかしなところはないね」
「さっきからところどころ、床や天井に大きく切ってあるところがありますよね」
作戦中にこんな話し方、普段なら怒られそうだけど松下先輩も気にしていないようだ。
「明かり取りでしょ? 落ちないように柵もしてあるし親切よね。それより、ぐるぐる回ってる感じがするんだけど、迷ってるとかないよね?」
「ええ。ここは通ったこともありますし、来た道のりを戻れば出られますよ」
何回か来ているという河田の答えを聞いて俺は考えた。
「あのさ。何回か来ていて地図も書けてるなら、壁を爆破したらこんなに歩かなくていいんじゃないの?」
「アホでチュ。そんなことできたら兄様たちがとっくにやってるでチュ」
「そうは言うけど、こんなに歩きっぱなしじゃ疲れるんだけど。もし、門番と戦うことになったらどうするの?」
「中条、壁を壊そうとしたことはある」
ほらほら、河田もそう言ってるじゃん。俺の考え方普通だって。
「結果的に壊せなかったがそれだけじゃなく、お前がさっき言ったように光りを取るための空洞が中央に吹き抜けとしてあるんだ。だからもし壁を壊せたとしても壊すのは危険だ」
「もし壊せたとしても塔自体が崩れる恐れがあるってこと?」
「そうだ」
「それで、ぐるぐる回っている感じがしたのね」
自分の感覚が間違っていなかったと頷いている松下先輩に、穂見月が申し訳なさそうに声を出した。
「あのー」
久しぶりに穂見月の声を聞けて癒される。
「あのー、その避けている空洞、つまり床や天井がない部分って大きいんですか?」
「えっ? ほら鮫吉どうなのよ?」
松下先輩に言われ堀田先輩が困っている。
「相当広いと思うよ」
「だからどれぐらいよ?」
「外周はわかってるみたいだし、床下の面積はこうやって調べればわかると思うけど、そうゆうことじゃないよね?」
俺にもわかった。
歩いている部分の床面積はわかる。でも歩いていけない、つまり行ったことのない場所は空洞という想定に過ぎない。俺たちはぐるぐる塔の壁際を歩いている。
空洞と思われているどこかに、見えない部屋か道があるんだ。
「わかったでチュ……あたいの能力で道を見つけるでチュ!!」
霞は、ここぞとばかりに相模の遺跡では使えなかった能力、風の流れで道がわかるというやつを使うらしい。
あまりに前のことで忘れていたけど……。
「ウム!」「ウムムムム!!」
霞は目を閉じ周囲を気で探っている……たぶん。
「う~む」「うむむむむ」
あやしくなってきた。
「残念ながら今回はわからないでチュ」
「「オイ!!」」「あはは……」
俺と長三郎の声は重なり、穂見月も顔を引きつらせている。
「ま、まだ、あきらめちゃいけないでチュ。隼人、力を貸すのだ」
「えっ? 俺」
「そうでチュ。瀬戸内海のときを思い出すでチュ。風の流れを正確に読み取れないのが問題なのだから、力を合わせて流れに色を付けるでチュ」
そういやあの時は、二人の属性力が光りを放って渦になったような。
一階に戻り、塔の中央付近に立つ。
この、天井が遥か彼方にある広い吹き抜けで試すことになったからだ。
「いいか隼人」
「おお」
俺は剣を抜き赤く光らせる。
霞も両手に武器を持つと、天を仰ぐような仕草で風を起こす準備を始めた。
「それ」「いくでチュ」
二人の力が重なり、霞が起こした渦に俺の赤い光りが乗っかる。
「渦が大きくて風の流れが見えないね」
穂見月の言葉通り、渦は上方に大きく広がりながら真っ直ぐ昇って行く。
俺と霞は術に集中する。
「おい! あそこ。燃えてねえか?」
長三郎の言葉に、みんな不安そうに上を眺める。
あれ、やめた方がいいかな?
「アホかーーーーーーーーーーー!」
男の子のような声が大きく響くので、俺も霞も自然に術を止めていた。
そして炎と風の渦が消えた空間、中空とでも言おうか。その場所にゆらゆら門のような物が見えたと思うとゆっくりそれは開き、中から虎のような生き物が出てくる。
番人だろう。
全身が通過すると門は閉まる。
「風の塔と呼ばれているのだから火を起こせばどうなるかわかるワン!」
ワン?
床や、それと明り取りを仕切る柵が燃える状況を背に、大きな毛の塊はゆっくり空間を降りてくる。
黒いつぶらな目、小さい耳と鼻。
虎じゃないな、犬だな。
まん丸の毛玉は、着地すると縦も横も五尺ぐらいであった。
「壁は壊したりできないと聞いていたので……」
堀田先輩がすかさず言い訳をする。
「まあ、そのうち直るワン」
なんだ。直るのか。
「喋れるんですね」
「そこら辺にいるのとは違うからな」
「そうするとやはり、あなたが門番と呼ばれる神の使いですか?」
「ほう。お前ら詳しいところを見ると、遺跡荒らしや面白がって火を付けた連中というわけではなさそだな」
見た目もモフモフでかわいいし、話がわかる奴みたいでよかった。
「それじゃあそれに答える前に死んでくれ」
モフモフの犬は襲い掛かってきた。




