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第八十七話 その山は

「堀田先輩、良かったじゃないですか」

 甲州街道を進む荷台の上で、俺が話しかけると堀田先輩は不満そうにした。

「抜け荷の件、忘れたわけじゃないだろ? それに岩根さんからも、近江の商人には気をつけろと習ったからね」

「メガネの言うことなんて聞かなくていいでチュ」

「そうは言っても霞。大渕の依頼はともかく、他は参考になる話ばっかりだったからあながち間違ってないと思うよ」

「堀田先輩は騙されてるでチュ」

 堀田先輩が色仕掛けで騙されたかはともかくだ。

「でも、土の遺跡が富士にあるって話は合点がいく気がします」

 長三郎も穂見月も、俺の考えに頷いている。

 そりゃ、そこしかないよな。

 話をしていると貨物車が止まった。

「本日はここでお休みください」

 なんだかんだで関ヶ原の登山口まで送ってくれることになり、ここは太田さんの店のある近江八幡をとっくに過ぎた米原まいばら宿であった。

「太田さん、大きな町ですね」

「はい。ここでなら、登山道具一式揃いますかと」

 翌朝、準備を済ませた俺たちは、米原の旅籠を出て伊吹山登山口に到着していた。

「太田殿、助かりました」

「いえいえ。山中先生のお力になれてなによりです。今年は雪が少ないようですが冬山ですのでお気をつけてください。皆様も随分良い装備をお持ちのようですが、油断召されませんように」


 大田さんと別れ伊吹山に登って行くと、足元が少しずつ白くなっていく。米原の町で防寒具を買ったとはいえ、あまり長くは調査できない。

「松下先輩、急いでくださいよ」

「うるさいわね。あんたたちみたいに雪が降る町で育ったんじゃないんだからしょうがないでしょ」

 もう半分以上の行程を過ぎ、このまま頂上まで行けば日帰りは可能だろう。だけど、天狗と会えるかが問題だ。

「雪景色ばかりで、つまらないよな。反対側から登れば琵琶湖が見えたのに」

 長三郎の話は、米原での受け売りで想像である。しかし、谷間を縫うこの道は確かに山しか見えず単調で飽きる。

「長三郎、あそこのひらけたところをよく見るでチュ」

「お!」

 声を上げたのは、教えられた長三郎ではなく堀田先輩であった。

「猪かな? でも、かなり大きいよね」

 立ち止まり猪の方を見ると、猪もこちらに気がついたようである。

「逃げないわね」

 松下先輩の言うように猪は逃げも隠れもしない。

「まさか、あの大きさ瘴気の影響とかかな?」

「穂見月、考えすぎじゃない?」

「でも隼人、毛の色も白いよ。あんな猪いる?」

「迷彩色じゃないの? 住んでる場所に馴染んでああなったんだよ。ですよね? 堀田先輩」

「ええ? 聞いたことないけどな」

 地元の堀田先輩も知らないらしい。

「どっちでもいいでチュ。鍋にして食べるでチュ」

「いや霞。天狗に会うことが目的だし、見逃してあげようよ」

 俺は、山中教官の方を見て同意を求める。

「ぼたん鍋か。あの大きさだと、七人でも食べきれないな」

 普通の猪でも七人では食べきれないと思うが、それよりも止めるつもりはさなそうだ。


「突撃でチュ!」

 霞は、そのまま開けた場所に出ていく。

「あ、待ってよ」

 俺と長三郎もすぐに追いかける。

 意外と積もってないな。

 足はそれほど重くない。むしろ、雪に反射する日差しの眩しさが気になる。

「えりゃー」

 霞は、直刀を抜くと刃を前に出して一直線に突いていく。小細工なしで直進するなんて、これじゃあどっちが猪か分からない。

 ハフハフ

 白猪は鼻を鳴らして軽い足取りで避ける。

「とりゃ!」

 少し間をおいて長三郎が突くが、これもひょいっと避ける。

 うーん。

 相手が早いというより、こっちがもさっとしてるから当たらない感じだよな。

 俺は広めに間合いをとり、回り込むことにした。

「なに本気になってるのよ」

 歩いて近寄っていた松下先輩と堀田先輩もきて六人で囲む。

 ハフハフハフ!

 白猪は興奮しているようだ。

「ほんとに大きいね。普通の猪の三倍ぐらいあるじゃないのかな?」

 大きさに、また感心している堀田先輩の方を松下先輩が見た瞬間だった。

 ハフーン!!

 白猪は松下先輩に突っ込んでいく。

「松下先輩、危ない!」

 穂見月の声が響く頃には手遅れで、松下先輩の構えた杖は猪の牙を捉えるがそのまま押され吹き飛ばされた。

 バサッ

「ウッ」

 落ちた先も雪の上とはいえ、かなりの衝撃を受けたようだ。

「舞!」

「へい・き・だから、鮫吉やっちゃって」

「穂見月、舞の保護を」

 堀田先輩の抜く刀は、鞘から出るそばから刃を光らせていた。

 タッタッタッタッタッ

 堀田先輩は、雪上にも関わらず素早く走ると白猪に飛びかかり、上段から真っすぐ刀を振り下ろす。

 刀の風圧で雪が吹き飛び辺りは白くなる。

 決まったか?

 いない?

「とりゃー!」

 左に目をやると、長三郎が白猪を突こうとしている。

 あれを避けたのか!

 避けたことには驚いたが、長三郎の攻撃は連続攻撃になっている。今度は白猪も避けられないはずだ。

 シュパ!

 白猪は予測通り避けなかった。

 しかし、右の牙で穂先を流し、重心が崩された長三郎は槍もろとも左前へ転がされる。

 白猪が長三郎の倒れた姿を首を回し確認していると、今度は霞が苦無を投げ続いて走り寄る。

 大きく逸れた苦無で白猪の目線を長三郎から外すことはできたが、結果的に目立った霞の攻撃も簡単に避けられてしまう。

 まじかよ……。

 俺は剣を構えたまま動けない。

 白猪はこちらを向き前足で地をかき鳴らす。

 特に作戦が思いつかない。真っすぐ行っても、霞や穂見月の援護はない。

 思考するごく短い時間を待たず、白猪はこちらへ向けて走り出していた。

 やるしかない。

 俺は意識を集中し、剣に属性力を溜める。

 だんだん赤く光っていき、何とかなっている……。

 ハッ!

 急いで剣を上段に構えようとするが間に合わない。

 早い。思ったよりもずっと早い。

 いや、それだけじゃない。恐怖心が、剣への働きかけを遅らせていたんだ。

 剣が三分の二程度上がったところで、猪の顔は俺の前にあった。

 ハアアアッ……

 息を吸ったのか吐いたのか思い出せないまま、雪原に横顔をつけ目を動かしていた。

 キン!

「堀田先輩……」

 堀田先輩が、白猪と鍔迫り合いをしている。

 あの体重を支えられるなんて、やっぱ先輩なんだな……。

 それにしてもあの猪……光る刀を牙で抑えるなんて……。

「おい! 隼人。大丈夫か?」

 長三郎が俺の体を支え起こす。

 イタタタタ

「立てるか?」

 俺は座ったままで見渡すと、松下先輩も立ってはいるが穂見月に支えられたままだ。

「全く……」

 つぶやく声が聞こえる。

「最初に回復がやられて戦えるわけないだろう。お前らは何を習ってきたんだ」

 山中教官だ。

 羽織っていた革を脱ぎ、黄金色に輝く鎧を露わにした山中教官が横を過ぎて行く。

「根津、火薬はあるか?」

「ちょっとでいいならあるでチュ」

「よし、それであいつの気を逸らせ」

 霞は粘土のような物をこねる。

「いけるでチュ」

 山中教官が頷くと、短めの導線に火をつけ白猪の方へ投げた。

「堀田! 下がれ」

 跳ねるように後ろへ下がる堀田先輩を白猪は追撃しようとするが、パンっと破裂する音に驚き止まるとそちらに顔を向ける。

 白猪は何もなかったと分かり、すぐ顔を前に戻すが遅かった。

 シャキーン!

 顔を戻した瞬間、移動していた山中教官に首をはねられたのだ。

 光った……。

 山中教官の刀は、鎧のように強く光っていた。

 ドスーン

 首から先が下に落ちると、四つ足の体は横倒しになった。

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