第八十一話 誘い
近寄ると、車の扉が開く。
そして、運転手が降りようとしていると横から驚く声がするので、何事かと俺は体を仰け反らせてしまった。
「お父さん!」
お父さん? お父さんって、どこで何やってるか分からないって言ってた盛文さんってことだよね?
「穂見月、話は聞いてるよ。それから、早苗は元気にやってるかい?」
確かに親子の会話だけど……山中教官が割って入る。
「すまないがどなたかな?」
「これは申し遅れました。私は仁科盛文と申しまして、そこにいる穂見月の父でございます」
「俺は、」
「存じております、山中猪之介殿。娘がお世話になっております」
「ふむ。しかしその人員輸送車は統合局のではないな」
「はい。私が世話になっております松永家の車です」
「そうか。つまり、統合局の車は来ないんだな?」
「ええ、申し訳ありませんが、そのようにさせていただきました」
山中教官は理解したようだけど、俺にはさっぱりなのだが?
「えっと、お父さんが持ってきてくれた車は統合局のじゃないって……」
穂見月もわからないようだ。
「私はもう、統合局の人間ではないんだよ。いや、警察官ですらない」
「辞めたってこと?」
「居られなくなったということだ。それで、松永様のところで保護されている」
うーん。保護されていると言う割には、痩せてるとか髪がボサボサとかそういうこともなく意外と普通なんだけどな。
「保護って。それでお父さん、どうして連絡もくれなかったの?」
「つまり保護と言っても、それは、隠れていないといけない状況だったからなんだ」
「どういうことよ。説明してよ。早苗だって、早苗のことも、考えてよ!」
「すまない穂見月」
「すまないじゃないわよ!」
感情的な穂見月は何かに噛み付きそうな勢いで、その長い黒髪を宙で大きく波立たせている。
「そんなことより、是非会って欲しい方がいるので出てきたんだ」
怒っている穂見月と盛文さんの話がずれていくような、そんな時。
「話の途中になんだが、つまり会わせたい者がいるのでその車で来たわけだな。だがいくら統合局の車が来ないといっても、おいそれと訳の分からぬ車に生徒を乗せることなどできぬ」
「それはもっともです、山中教官。では、説明をさせていただきたい」
盛文さん、ただ乗れと言われても乗らないだろうと分かっていたから少し離れたところに車を止めたのか。
「穂見月だけでなく、君たちも私が道世のことで首を突っ込んでいることは聞いているだろうから分かると思うけど、私が身を隠したのも、来て欲しいと言っているのもそのことでなんだ」
穂見月のお母さんのこと? 遺跡の力とか、瘴気を押さえるための防具なんて話もあったけど。
「真実には続きがあったんだ」
続きって、真実が変わらないなら、その先に何があるというんだ。それに岩根さんによれば、偉い人たちなら知っているできごとだったはず。
「道世は死んでいるが生きている」
「ぇ? ……」
穂見月が、意味不明さに困惑している。
「応援に駆けつけた生徒たちに殺されたまでは本当だったのだが、その時は新手が現れて遺体は回収されなかった。だからその後、別に編成された部隊で遺体の回収が試みられたんだ」
「うむ……」
山中教官が不思議そうに漏らしたけどおかしな話かな?
「しかし、遺体は一部も見つからなかった」
「捜索までに経っていた時間はわからんが、普通なら野良犬や狼、鳥などに食べられたと考えるな」
「ええ、山中殿。しかし、瘴気あふれる洞窟の中です。そういったものも普通ではいられないはず」
「では、瘴気で変化したものは襲ってはきても食べたりはしないと言うのか?」
「実際のところはわかりませんが、それを利用して神の使いに揺さぶりをかけた神宮院の者がいるのです」
ここで松下先輩が話を止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。神の使いって、火の鳥とかでしょ? 揺さぶりをかけるってどうゆうことよ?」
「なるほど、そこまでは聞いていませんでしたか」
盛文さんはそう言うと、そこから話し直す。
「天帝という特別な立場や能力は、神から与えられたもので引き継がれていくもというのは周知の事実です。そしてその者を守るのが、統合局神託部なわけです。しかし考えてください。それがいつの時点で行われたとしても、どうやって告げられたのかと」
うーん、俺たちは実際に神の使いに会ってしまったわけで、伝承や作り話で無かったこととは言えないよな。それに天帝が遺跡の説明をしたとき、土の遺跡の場所を教えられてないと話していた。
「つまり、話す相手がいるってことなのね」
松下先輩も俺と同じ結論になったようだ。
「はい。天帝と神は直接連絡を取っている訳ではなく、通常、神の使いと神宮院の使いが間に入るので、そこから漏れ伝わった話なのです」
「それで、揺さぶりで何がわかったのだ?」
山中教官が話を戻す。
「神宮院の使いは神の使いに、『神の力の影響を受けたものは、人肉を食べるのか』と尋ねたそうで、それに怒った神の使いが『神の力の前では食べる必要そのものがないのだからそんなことはしない』と答えたそうです」
「思わずか。自分たちをより高位の者と考えているから認めたくないとも取れるが、洞窟などで餌がなくても生きていけるのなら瘴気が力を与えているというのも嘘ではなさそうだ」
そして山中教官は、一息つくとこう続ける。
「それで、遺体が消えた理由になるわけか」
「はい。神宮院を中心とした調査が行われ、掴んだことが……」
「死んでいるが生きている……なのね?」
「そうだ穂見月。母さんは体が朽ち果てる前、ある神によって再生され近くに置かれたというのだ」
「じゃあ話って、お母さんをそこから連れ戻すことなの?!」
「そういうことだ」
穂見月の様子は、お母さんと会えるかもと希望を抱いたように見える。
だけど俺は気になる。いやこの話、納得できない。
「待ってください。瘴気あふれる場所は危険ですし、それこそ何で調査隊を組んで派遣しないんですか?! そこまで神宮院が調べられたのなら、何故行かないんです!!」
大きくなった俺の声に盛文さんが答える。
「君が……中条君か。それはないんだよ。天帝が知っていたのは立場上明らかだ。でもね、天帝も神宮院も神との関係は変えたくないんだ。私のところにも使者が来たことがある。たぶん天帝の使いだ。私のような下っ端宮使えのところまで寄越すんだから必死なんだよ」
「関係を変えたくないって? それって自分たちの保身じゃないですか!」
「そうだね。でも、神との関係がこじれれば門が閉まり属性力もなくなってしまう」
「それは、それはちょっと生活が不便になるかもだけど、閉められてしまうと決まったわけじゃないし、それにそんなのおかしいです」
俺は迷った。盛文さんの力にはなりたいが、穂見月を危険に遭わせるのでは意味がないからだ。
みんなの顔を見る。
「話を聞かないとわからないよね。会ってから考えるのはどうかな?」
堀田先輩も、助けたいとは思っているからそう言っているはずだ。
俺たち六人は、それでもいいのではという空気になりかけるが山中教官は違う。
「仁科殿。会わせたい者と仰るが、松永様のところへ行くということですよね?」
「ええ、まあ」
「お前たちはわかっているのか? もし、救出行動を起こせば天帝との敵対の道だぞ。そして今から会おうとしている者は、元老院側でもっとも影響力がある人物だ」
俺たちが朝敵? それにそんな人と関係を持てば、神宮院とも関係が悪くなる。
俺はまた、みんなの顔を見渡す。
「いいんじゃねーか?」
「そうね」
長三郎も松下先輩もそんな簡単に。
「だって、穂見月のお母さんがいたら行かねえわけいかねえだろう」
「さすが長三郎いいこと言うね。それに話を聞いたのは遺跡の調査のためって言えばいいんじゃない?」
「うーん、舞。そんな言い訳通るかな?」
「なによ鮫吉。あんたが石つきの剣を持ち出したときよりよっぽどマシな理由じゃない」
どうやら決まりのようだ。
俺たちが盛文さんの人員輸送車に乗ると決めると、山中教官は「俺は教官として付いて行くだけだ」と反対はしなかった。
そして、堀田先輩と松下先輩も荷台に乗ると、人員輸送車は多聞山城へ向けて出発する。助手席に乗った穂見月は何か話せただろうか。




