第八十話 旧都
置き引きを連れ一両目に戻る。
「これ、あんたたちがやったのかい?」
置き引きと騒いでいたおばちゃんが、置き引きの腫れた顔や手を見て驚きながら松下先輩の方を見ている。
「まあね。でも籠は、こいつが汽車の外に落としちゃってさ……」
松下先輩が杖で置き引きを指し言うと、おばちゃんは捕まえてくれただけでも十分だと褒めてくれる。何でもこの辺りを最近騒がせている有名な置き引きで、通称置き引きの銀三と言われている指名手配犯だったらしいのだ。
しかし、真帆さんは容赦がなかった。
「ごめんなさいね。ほんとうちのおねえちゃん詰めが甘いんですよ」
真帆さんも、だろうか? それはともかく、俺たちでは絶対に言えない台詞である。
「お詫びとは言わないけど、これ一緒に食べましょうよ」
真帆さんは続いて荷物を小さく解くと、厚手の油紙に包まれた四角い物を取り出した。
「なんだいそれは?」
おばちゃんが尋ねるそれは、双六のとき石津屋さんが出してくれたお菓子であった。
「真帆それ?」
「そうよ、かすてーら。だって、おねえちゃん。私たちだけ食べられないなんておかしいでしょ?」
「いつのまに?」
「いいから食べましょうよ」
おばちゃんはそれを一口食べると驚く。
「こんなけったいなもん初めて食べたわ」
おばちゃんの様子を見て周りの人たちも気になったようで、千切り配るハメになるものだから俺たちにまで回ってこない。
もっと石津屋さんで食べておけばよかった……まあ、おかげで布の被っていない杖に注目が集まらずに済んだんだけどね。
置き引きの銀三は次の駅で引渡し、その後汽車は大和国に入る。
途中途中行商の乗り降りもあり、知り合ったおばちゃんたちもいなくなっていく。
そしていよいよ汽車ではここまで。俺たちの目的地、橿原駅に到着すると下車するのであった。
「ここの駅も立派だね」
穂見月が感心するのもわかる。途中の駅は屋根も部分的にしかなく、駅舎も含めすべてが木造であったからだ。でもここは、大坂の駅までとはいかないにしても煉瓦作りで風格があった。
「そうでしょ?」
駅前広場の花壇に腰掛けていたおじさんが話しかけてくる。
「いやいや、君たちみたいな若い子の団体さんは珍しいからね」
はあ、と思っている俺たちのことなど気にせず、おじさんは話を続ける。
「歴史あるこの地にこのような鉄道を引くうちの守護、松永様はやっぱり違うだろ?」
言っていることがよく分からず返事に困っていると、真帆さんの一言に助けられる。
「おねえちゃん、あれ」
乗る予定の乗合自動車を見つけたのだ。
おかげで、そちらに行かなければならないと話を辞めることができた。
「じゃあね真帆」
「うん、おねえちゃん。みなさんも、さようなら」
「気をつけて帰ってね」「それじゃあね」「またでチュ」
みんなと挨拶を交わし終えると乗合自動車は出発する。
俺たちは駅前広場から出て行く車を見送った。
「いっちゃいましたね。ちょっと心配ですか?」
松下先輩に話しかけると“まあね”と答える。
しかしその後、急に様子が戻りさっきの事を聞き出す。
「それよりさ、さっきおじさんが言ってた歴史がどうとかって何?」
「それはでチュね」
伊賀の隣の話だけあって、霞はあのおじさんが自慢したかったことがわかるようだ。
「この辺りは、京に都が移る前まで都だったので誇りがあるのだ。この鉄道が通っている筋は昔、大陸の使いなどが山陽道や大坂の港から朝廷に向う際に最後に通った大通りで、つまり朝廷の権威を現すものだったのだ」
汽車の中ではおとなしかったけど、霞、この鉄道あんまり好きじゃないのかな?
「さっきおじさんが言ってたここの守護松永は、つまりその栄光と鉄道という新しいものを組み合わせることで自分や大和の権威を高めようとしているわけだ。要するに、めんどくさい奴でチュ」
ふむ、あのおじさんもめんどくさい感じだったけど、松永はもっとめんどくさいってことらしい。
「ふーん、なるほどね。ところで人員輸送車はまだ来ないの?」
松下先輩は聞いておいて、そんなことはどうでもよかったらしい。
「乗合自動車は時間通り来るのに、本部の人やる気あるのかしらね?」
松下先輩が愚痴っていると、あの三輪車が広場に現れる。
ブッブッブッブッブッブッッッッ……
「まだ来てないのか?」
山中教官が目の前まで来ると、発動機を止め跨いだまま聞いてくる。
そんなこと言われてもと思ったとき、広場に入ってくる人員輸送車が教官越しに見えてくる。
「あれじゃないですか?」
俺の声にみんながそちらを向くと、その人員輸送車は端の方にある車寄せに止めようとしている。
「ここじゃ邪魔になるから向こうで引き渡すってことですかね?」
「そうだな堀田。じゃあ移動しようか」
三輪車から降り、押す山中教官と共に止められた人員輸送車に向うが、遠目に見る人員輸送車は何か雰囲気が違った。




