異世界人との文化交流
ロロルトは激怒していた。
手には文庫本を握りしめており、今にもそれを床に叩きつけそうな気配である。
場所は区役所の会議室の一つだが、今は勤務時間外であり、その場に集うのも部署の枠を超えた有志である。若い女性が半分を占めているが、残りは各年代がまんべんなく揃っていて、どんな集まりなのか判断しづらい。
そんな集団を前にして、ロロルトが肩を振るわせている。その正面では美由紀がどこか楽しげに微笑んでいた。
何故こんなことになったのか、話は少し遡る。
トリアルの制度を元に、ヤマトとトリアルの制度を再構成する。
この方針が決まった後、ロロルトが提案したのが定期的な交流会だった。
制度というものは、本質的には人が暮らしやすくする為の決めごとである。だから人の生活に根ざしている。
しかし人の生活というのは、地域の風習によって大きく変わることがある。ある地域では禁忌と判断されることが、別の地域では日常的に行われていたりする。例えば豚肉を食べるなとか、酒を飲むなとかいうアレである。
そうした風習の違いは制度の違いへ反映され、互いの文化的な背景を熟知していないとすりあわせは難しい。ヤマトとトリアルの間にもそうした違いは当然あるだろうと予想される。
幸い、この区役所には日本人とトリアル人の両方がいる。ならば普段からもっと交流してお互いの文化を理解し、これからの仕事に役立てようという訳である。その為に定期的に交流会のようなものを開きたいのだが、自分は必ず参加するとしても、日本人が参加しやすいよいアイデアは無いかという訳だ。
まさに正論であった。
だからこの話をロロルトから持ちかけられた区役所の管理職の面々は断る理由も思いつかず、かといって何かいいアイデアが浮かぶ訳でも無く、困った末にヤマト側の代表を美由紀に丸投げするという暴挙に出た。とは言え、なんとなくロロルト係にされていた美由紀は、今回に関しては特に不満を抱かなかった。これに関してはむしろ渡りに船であったのだ。
ロロルトはエルフ的な外見で、しかも将来を約束された若きエリートであり、更に真面目で誠実な性格である。こんな優良物件、結婚願望のある女性なら放っておく訳が無い。そんな訳で美由紀の元には、ロロルトを紹介して欲しいという同僚からの依頼が山のように舞い込んでいた。
同じ区役所に勤めているんだから、仲良くなりたいなら自分で声をかけろよというのが美由紀の本音だが、彼女達がそれを出来ない理由も分からないではなかった。真面目で誠実というのも、裏を返せば堅物で融通が利かないということだ。初期のロロルトの煙たがられっぷりは、根拠あってのことである。
下手に声をかけて地雷を踏むことを恐れているのだろう気持ちは分かっても、美由紀だってそんな面倒なことに関わりたくは無い。
そこへ更に上司から交流会とやらの幹事になって欲しいとのお願いだ。
普段なら爆発しかねない所だが、あまりの怒りに血の巡りが良くなったのか、すべての問題を解決する妙案が思い浮かんだのである。
「語学交流会ですか」
「ええ、ロロさんにトリアル語を教えてもらいたいんです。参加者の全員がトリアル語で自己紹介できるようになるというのを目標にして」
美由紀が自分のアイデアをロロルトに説明した。
この頃のロロルトは、ロロという愛称が定着しつつあった。ロロルトというのが微妙に発音しづらいのはコフュースでも同じで、昔から彼の愛称はロロとかローであった。
この企画の肝は、参加者が互いの自己紹介をきちんと聞き込まなければならないことである。
ロロルト目当ての女性達はいくらでも彼にアピール出来るし、ロロルトの個人的な情報も聞き出しやすい。ロロルトと同僚の希望をどちらも満たす、一石二鳥のアイデアだった。上手くいけばロロルトも誰かとくっつき、自分はロロルト係を解放されるかも知れない、美由紀はそこまで考えていた。
そんな諸々の思惑を含んで開始された語学交流会だが、ロロルト的にはまずまずの成果を納め、美由紀的には失敗に終わった。
週二回、業務終了後に希望者が参加して、時間は一時間半程度。参加者は女性が十五人に男性五人から始まって、最終的には女性が五人減った。自己紹介(とそれに対するロロルトの言語指導)で一人あたりの持ち時間は三十分程あり、アピール時間としては十分といっていいだろう。参加女性の誰一人として美由紀に文句を言わない完璧な企画だった。
だが特に感謝をされることも無く、二ヶ月足らずで自己紹介は一巡して、次の企画を模索することになった。
結論から言えば、ロロルトのガードが堅すぎるのである。いや、本人はガードしているつもりすらないのだろう。基本的に、ただの堅物なのだ。
おかげで語学交流会は語学交流会としてしか機能せず、ロロルトと参加女性との距離は当初から微塵の変化も無かった。
もっとロロルトのプライベートに皆が踏み込めるようにしなければ、いつまでもロロルト係として給料に結びつかない厄介ごとにつきまとわれ続ける……美由紀はかなり焦っていた。
一方、ロロルトはと言うと語学交流会の自己紹介で日本人の余暇の過ごし方を知り、休日の過ごし方も随分変わった。ショッピングやら近所の名所巡りやら、自己紹介で聞いた趣味から手近な所をいろいろと試してみたのである。そこで紹介者に手ほどきを頼むことも無く、一人で楽しんでしまうところがロロルトのロロルトらしい所だ。
元々、ロロルトの趣味はパズルである。文化交流会の自己紹介でもそう言った。地球に来てからは、数独に嵌まっていて、時々クロスワードにも挑戦していた。休日もパズルの本が一冊あれば十分なくらいだった。ショッピングや名所巡りも試してみたが、特に続くことは無かった。
そんなロロルトがパズル以外で継続的に維持した趣味が読書だった。
読書と言うか、推理小説がとても気に入ったのである。
美由紀は彼の内面を引き出すために、その推理小説を交流会の次のネタにすることを提案した。それはある意味成功したと言えるだろう。
公衆の面前で喚きちらすロロルトなど、そうそう見れるものでは無いのだから……




