異世界人と叙述トリック
コフュースには……少なくともトリアルには推理小説というジャンルは存在しない。
そもそも人が殺されても、魔法で蘇生出来るお国柄である。犯人なんか、推理するより被害者に直接聞いた方が早い。
物を盗まれても探査呪文で探せばいい。勿論、探査呪文を妨害する呪文もあり、トリアルでの犯罪捜査は呪文と呪文のぶつかり合いになるのが常である。魔法師が活躍しても、探偵の出る幕は無い。
ちなみに現実の探偵の主業務となる素行調査や浮気調査は、トリアルでは法律的にNGである。プライバシーの侵害と判断され、日本でのストーカーと同じ扱いをされる。そんな訳で探偵自体がトリアルでは成立しない。
だからロロルトがその存在を知ったのは、交流会で美由紀の趣味として紹介された時である。
事件を作中に提示された条件だけから解決していくというのは、ロロルトのパズル好きな志向にも合っていて、美由紀のお勧めを次々と読破していた。
トリアルには推理小説というジャンルはないが、推理的な要素を含む物語がない訳では無い。
実際の事件を元に作られた劇もある。
ある日、統計管理局員がある通りで転ぶ人が増えたという統計的データに気付く。気になって実際にその通りへ調査に赴き、そこで幻覚魔法で透明化された死体に人々が躓いていたという事実に気付き、そこから上級幻覚魔法師である犯人を、主人公が統計的データから追い詰めていくという物語である。死体を透明化するというのはかなり猟奇的であるが、実際の事件では透明化されていたのは石像であり、ただの愉快犯の犯行だった。劇作化された時に大幅に脚色されたおかげか、それなりに人気のある作品である。
初めて推理小説を読んだロロルトは、読み終わったその日にそんなことを美由紀に熱く語った。
トリアルでは基本的に誰もが呪文を使えるが、呪文で生計を立てている人は少ない。魔法を職業としている人は魔法士であり、特に熟練の人達が魔法師と呼ばれる。家庭科で料理を習っても全員が調理師になる訳では無いのと同じで、魔法師になるには、人並み以上の技術とセンスが必要だ。
そのせいか、上級魔法師を魔法を使わず打ち負かすという反魔法物というジャンルは、それなりに需要がある。
地球では魔法を使って活躍することがファンタジーだが、トリアルでは魔法を使わず活躍することがファンタジーなのだ。そうした反魔法物の一部に、推理的要素のある作品がいくつか存在した。
そんな感じでトリアルの文学を再評価するロロルトの語りはやや玄人向けながらけっこう面白く、ならばそれを交流会の次のネタにしようと考えた美由紀の判断は間違ってはなかった。
美由紀は地球の代表的推理小説とロロルトが厳選した反魔小説を題材に、書評合戦をするという企画を実行した。
制度の共通化の議論が進んでいて、本来の業務が忙しくなったおかげで開催する頻度は減ったが、ロロルト目当ての女性がどんどん抜けていく以上に推理マニアが増えていき、気がつくと参加者は倍増していた。評判を聞きつけて、区役所の外部からも参加する人がいたくらいだ。
推理小説の話になると早口になるロロルトだったが、参加者の半分はそんな人達だったこともあり、サークル活動としては上々の出来と言えただろう。
その事件が起きたのは、推理交流会の九回目のことだった。
「こんな物は推理小説として認められません!」
ロロルトが怒りも露わに振り上げたのは、美由紀から借りた文庫本で今回の題材であった。そのタイトルを見て、参加者の大半はロロルトの怒りの意味を察した。
それは物語の語り手が犯人であり、ミスリードを狙った表現を多用した叙述トリック物であった。
「言葉とは事実を正確に伝える為の道具であり、また正しい情報によって組み立てるのが推理ではありませんか、わざと勘違いを誘発させるなど言語道断!!」
呪文が発動する条件は、正確なイメージと発音である。それだけにコフュースでは普段から言葉に対して厳格だ。正しく意味を伝えてこその上級言語なのである。それが出来ないのなら下級言語と大差はない。
叙述トリックなんて、上級言語にあるまじき行いだ。
壇上に立つロロルトは、そうしたことを熱く捲し立てた。
「そう言い切るのはいかがなものでしょうか」
真正面からロロルトに受けて立ったのは美由紀だ。
「そのように定義を狭めては、その分野の可能性を潰すことになるのではないのでしょうか。まして我々はトリアルと日本という異なる文化の中で、統一した制度の設立を目指すのが目的です。思っていたのと違うと切り捨てるのでは無く、どのようにすれば受け入れられるのかを語るべきではないでしょうか」
半分は正論だが、残りは詭弁である。
そもそも叙述トリックは認めないという推理作家やファンは地球でも一定数存在し、今更ロロルトがそこに名を連ねたからと言ってどうだと言うのだ。むしろロロルトに叙述トリックなど渡せばこうなることは簡単に予想できた筈で、美由紀の切り返しもあらかじめ用意していたのであろう。会を盛り上げる為の美由紀の策略である。
その日の議論は大いに白熱し、結論の出ないまま会場の使用時間が過ぎてお開きとなった。




