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異世界と上級言語

 メイシェルの酢漬けの件で謝罪して回ったおかげか、口うるさい厄介な異世界人というロロルトの評判は、生真面目で誠実というプラスの方へ傾いていった。

 実はこれには魔力的な裏事情も存在していた。


 異世界にあるコフュースでは、魔力という目に見えない力が存在している。これは空気のようにまんべんなく存在しているものでなく、水脈のように大地を駆け巡っている。

 この魔力を消費して本来あり得ない現象を引き出すのが魔法であり、その手段としては呪文を唱えることが一般的である。

 呪文を成功させるには、重要な要素が二つある。一つは術者が引き出したい魔法の効果をより具体的にイメージすること。一つは魔力と共鳴しやすい正確な発音を心がけること。

 つまり呪文を構成するのは、意味を表す表意文字と音を表す表音文字を組み合わせるのが最適であり、これを満たす言語を上級言語と呼ぶ。魔法師は例外なく上級言語を習得しているし、上級言語を習得しているだけで魔法を扱うための基礎は出来ていると言ってもいい。

 日本語も当然上級言語であり、日本語を読み書き出来るなら魔力を扱える基礎は当然出来ている。

 ちなみに表音文字だけや表意文字だけの不完全な言語は、コフュースでは下級言語と呼ばれている。下級言語では魔力に対して無防備な状態であり、低級な支配呪文にすら抵抗できない。その為、彼らは魔法師の忠実な使い魔、つまり奴隷として使役するのに最適な存在だ。

 コフュースでは基本的に支配階級が上級言語を習得し、下級言語話者を隷属させている。唯一の例外が脱走奴隷によって建国されたと言われるトリアル国で、彼らは独自の上級言語を編み出して国民の全員に習得を義務づけていた。

 このトリアル国と、地球で最も上級言語が普及している日本とがゲートで結ばれたのは大いなる幸運と言っていいだろう。コフュースで最大の国、ヤードゥ神国とゲートで結ばれたフランスは、瞬く間に奴隷支配されてしまったのだから……


 コフュースと違って地球は残念ながら魔力枯渇状態であり、魔法を使うには魔力をチャージした魔力石などのアイテムが必要となる。その為にいくら日本語が上級言語だと言っても、日常的に魔力に接することのできる日本人は限られていた。

 しかし日本でトリアル人が過ごす場所には安全の為に結界が張られており、ロロルトが勤める区役所もその例外では無かった。

 結界と言っても危機感知用の簡単なものだが、少なくとも結界内には結界を維持する為の魔力が供給されている。それは初級の呪文を唱えるにも足りないような微々たるものだが、それでもあるとないでは大きな違いが存在した。魔法に変換されなくとも、上級言語に魔力が反応するのである。

 具体的にいうと、発した上級言語のイメージが、魔力を介して相手に伝わるのである。結界を維持する程度の魔力量ではその効果も微々たるものだが、それでも言った内容が本音か建て前かくらいは伝わる。

 その程度、鋭い人なら魔力なんてなくても分かると思う人も多いだろう。

 だから区役所の職員も初めはそのことに気づいていなかった。せいぜいちょっと感が良くなったと思っていたくらいだ。

 ただ一ヶ月もそんな状態が続くと、感なんてあやふやなものでは無く、確固たる判断基準の一つになる。

 きつい仕事を言い渡されたときでも、それが役割分担上必要なことなのか、自分がしたくない厄介ごとを押しつけられただけなのか、やる必要の無いことを嫌がらせでさせられているのか、それが相手の言葉から正確に伝わってくるのである。当然、職員達の人間関係と仕事の効率にも大きな影響を及ぼした。

 ロロルトの場合は、厄介だが必要なことをしている人という評価だ。またロロルトのことをきつく評価し続ける人達もいたが、彼らのほとんどが魔力の影響で評判を落とした側であった為、彼らがロロルトを敵視するほど逆に彼に同情票が集まることになった。

 ちなみにコフュースの平均的な魔力密度なら、日本語とトリアル語で会話しても、魔力を介しておおよその意味は通じる。例えるなら、字幕付きの映画を見ているような感覚だろうか。ロロルトが短期間で日本語を習得できたのも、その影響が大きい。

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