異世界のスイーツお取り寄せ事件
ロロルトと美由紀の出会いを作ったのはお茶請けの羊羹だったが、その距離を縮めたのもやはりお茶請けのお菓子だった。
羊羹の美味しさに感動したロロルトが、そのお礼にと彼の地元の名産品を取り寄せたのだ。
それはトリアル産の小型の大根の酢漬け、向こうではメイシェルと呼ばれる品種だが、見た目は地球のはつか大根と大差はない。そんなふうに説明すると、漬け物のようなものだと誤解されてしまうだろう。
地球とコフュース、この二つの惑星は大気や地質が似通っているだけでなく、生息する動植物も非常に共通していた。トリアル国を調べただけでも、およそ七割の動植物がどちらの世界にも存在しているという結果が出たくらいだ。
これは地球とコフュースが繋がったのが今回初めてでは無く、有史以前……それこそ人類が発生する以前から何度も行き来があったからだと考えられている。地球もコフュースも非常に多彩な動植物が生息している訳だが、これが二つの惑星でそれぞれ派生したものをトレードした結果だと言うわけだ。
だからコフュースにある植物はだいたい地球にもある。しかしそれはあくまで自然の話でしかない。
人が手を入れて品種改良し続けた農産物に限って言うなら、例え見かけが似通っていても別物と考えた方がいいだろう。
具体的に言うと、トリアル国で栽培されている野菜は全体的に甘くて味がまろやかな傾向がある。
メイシェルも見かけは二十日大根だし品種的にも大根の一種だが、その糖度は二十パーセントと並の果物以上あり、風味も大根特有の土臭さはない。例えるなら、しやきしゃきとした歯ごたえの苺と言ったところだろうか。
それを癖の無い酢で締めることで、更に甘さが増している。保存性をよくしつつ更に美味しくなるという、名産品に恥じない一品なのだ。
この不思議な食感のスイーツは、当然ながら評判が良かった。もっと羊羹が欲しいと欲したロロルトのように、メイシェルの酢漬けを欲しがった職員がたくさんいた。
ただロロルトに直接交渉するのは気後れしたのか、彼らは羊羹の件で交渉した美由紀に再度ロロルトと交渉するよう頼みに来たのだ。初めは突っぱねた美由紀だが、次から次へと依頼が来たことと、実は彼女もメイシェルの酢漬けを気に入っていたので、仕方が無いという体を保ちつつロロルトの元に向かうことになった。
このメイシェルの酢漬けが問題になった。
端的に言えば、お茶代に比べて高額過ぎたのだ。
それはロロルトの父親を通して取り寄せたので、領収書が無かった。その為、ロロルトは手書きの領収書で処理したのだが、実際に取り寄せようとすれば、その十倍近くの金額が必要だったのである。
気軽に注文できる値段ではない為、多くの依頼を断るしか無かった。何より真実を探求する統計管理局員が虚偽の報告をしたことが問題であった。
ただこのことで直ちにロロルトを責めるのは酷である。
もともとメイシェルの酢漬けはそんなに高いものでは無く、ロロルトの申請した金額で十分手に入るものであった。また羊羹の美味しさに感動した彼の父親が、金額のことを一切気にせず最高級品を送り、しかも金額については息子に何も伝えていなかったのだ。
その為、ロロルトは記憶の中の値段をそのまま申請してしまったのであり、故意に虚偽の報告をした訳では無い。ただ本当の値段を知っていたらきちんと報告していたかというと、その時はお茶代とは無関係に、ただのお土産として皆に振る舞っていただろう。
何故メイシェルの酢漬けがこんなに高騰していたかというと、異世界コフュースの事情があった。
魔法による高度な文明を築き、豊かに暮らしていたコフュースであるが、地球と繋がる少し前に未曾有の危機に陥っていた。突如として大量の魔物が世界各地に出現したのである。
それは当然、トリアル国にも出現した。
トリアルは魔物と戦う手段を有していたが、それはあまりに突然で大量すぎた。当初はほぼ総崩れになり、なんとか体制を立て直して組織的な反撃を開始出来るようになった頃には、既に国土の八割を失っていた。
しかも戦力はほぼ拮抗状態であり、持久戦を繰り返しながらもトリアルは徐々に疲弊していた。
地球とのゲートが開いたのはそんな頃である。
その後、自衛隊の協力を得て優勢に転じたトリアルであるが、まだ国土をすべて取り返した訳では無い。
生産も実用品が最優先され、メイシェルのような嗜好品は後回しになっていた。
生産量が少なくなれば、価値が跳ね上がるのは経済の必然である。
だがトリアルを離れ、異世界である地球に出張しているロロルトにそこまで把握しておけというのは酷というものだろう。
結果的に、メイシェルの酢漬けを希望した人達に、ロロルトは丁寧に事情を説明して取り寄せられないことを謝罪して回ることになった。行きがかり上なんとなく、美由紀もその行脚に付き合って共に頭を下げた。
羊羹で接点が出来て、大根の酢漬けで距離が縮まった、そんな二人の仲であった。




