異世界人の好きなもの
異世界から来た若いエルフの青年。しかもエリート。
そんな強烈な個性で初めは大いに注目を集めちやほやされていたロロルトだが、区役所の仕事の問題点や制度の矛盾を指摘していく度に周囲から人が離れ、一ヶ月も過ぎた頃にはすっかり孤立していた。
まあ異世界からエルフが、役所のルーチンワークという思い切り手垢にまみれた現実に細々と口出しをしてきたら、興ざめというものである。
区役所の人達にとっては、そもそもその立場がどういうものか分からない。とりあえずお客様待遇で接していたら、どんどんこちらに踏み込んできて、個人ではどうにもならない領域にまで駄目出ししてくる。これで嫌がられなかったら、その方がおかしい。
だがロロルトの方も嫌がらせでやっている訳では無い。日本の制度に対する情報収集と解析が、統計管理局員としての彼の仕事だ。統計管理局のあるトリアル国には、聖域なんて考え方は無い。どんな組織であろうとデータを収集し丸裸にする。そのデータをどう扱うかは二の次である。より正確でより多くのデータを集めることが彼の仕事なのだ。
しかもロロルトが普段相手にしてるのは、現実すらねじ曲げてしまう魔法師だ。偽装の手段も限られている地球の区役所での仕事は、パソコンや書類の扱いにある程度なれてしまえばむしろ楽な部類であった。
触らぬ神に祟りなしと遠巻きにしても、調べたいことがあればロロルトの方からやってくる。
彼があっという間に疫病神扱いになったのも無理は無かった。
美由紀は区役所の非常勤の職員だった。
彼女が就職活動をした頃、求人状況は冬の時代だった。なんとか潜り込んだ会社は不況の煽りを受けて決してよい待遇とは言えず、さっさと見切りをつけたものの待遇の良い場所もそうそう見つからず、かといって遊んでいる訳にもいかず、待遇としてはバイト同然の仕事に甘んじていた。
普段は窓口に座ってるのでロロルトとの接点はほとんど無かった。ただ上司に当たる人物が散々愚痴を言っていたので、彼に対する区役所の見解については十分に理解していた。
転機はある日突然に訪れた。
昼休み、給湯室で仕事仲間と無駄話をして時間を潰している所に、ロロルトがやってきたのだ。
「休憩中申し訳ありません、少しお尋ねしたいことがあるのですが……」
それは完璧な日本語だった。地球に来る前にトリアルの自衛隊の詰め所に入り浸っていたこともあり、日常会話レベルならロロルトの日本語は何の問題も無い。
ただほとんど彼と接したことのない職員達は、見た目がエルフの青年から出てきた完璧な日本語に軽くパニック状態になっていた。
「いったい何のご用でしょうか?」
ロロルトの評判を聞いていた美由紀は目立つことをやりたくなかったが、自分以外はまともに対応できない状態だと悟って仕方なく切り出した。
「先ほどお茶請けで配られたお菓子について、教えていただきたいのです」
「ああ、あの羊羹ですか」
美由紀の方に向き直ったロロルトに、彼女は慎重に受け答える。
「あれは皆で積み立ててるお茶代で購入したものです。領収書もそこのノートに残ってますから、疑問があるようなら確認してください。お茶代に関しては、多分あなたにも係の人が説明して徴収してるはずだと思うのですが……」
まくし立てる美由紀をロロルトは手で制して、
「いえ、違うのです。資金の流れを調査している訳ではありません。お茶代の習慣も、私の故郷でも似たようなものがあるので理解しています。
ただあの羊羹というものが非常に美味しかったので、何処で手に入るのか教えていただきたいだけなのです」
「羊羹、ですか?」
そんなことの為にわざわざ尋ねてきたのが意外で、美由紀は思わず聞き返した。
「ええ。出来れば親にも送ってあげたいのです」
よほど気に入ったらしい。見かけがエルフの青年が丁寧な日本語を話しているだけでもアレなのに、さらに羊羹である。美由紀がつい吹き出したのも無理は無い。
「あの羊羹なら、確か商店街の和菓子屋で買ったものですから……ちょっと道が入り組んでて説明しづらいですね。よければ帰りにでもご案内しましょうか?」
美由紀がそう言うと、ロロルトが心から嬉しそうに微笑んだ。
それが二人の馴れ初めである。




