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異世界人のお仕事

 何の前触れもなく繋がった異世界は、魔法が存在することと、その住人の外見がいわゆるエルフのように耳が尖っていたこと以外は、生態系に大きな違いは無かった。地球人がコフュースに行っても生きていけるし、コフュースの人が地球に来ても問題は無い。

 ただし政治のシステムとなると話は別だ。魔法という手段を持ち、全く異なる歴史を辿ったコフュースのトリアル国は、当然のように日本とは大きく異なるシステムを持っていた。

 それなのに理念的な部分は妙に共通点があった。

 まずは生まれによる身分の差が無く平等なところ。選挙制度があり、主権が国民にあるところ。そして他国への攻撃を禁止しているところまで同じだった。

 そこまで同じなら、後は細かいところを摺り合わせるだけで一緒にやっていけるんじゃないか、そう思われても無理は無い。

 その摺り合わせの為に地球にやってきたのが、ロロルト達、文官百人の先発隊である。


 ロロルトは統計管理局員だ。

 統計管理局が何かという話をする前に、トリアル国の政治体制を説明した方がよいだろう。

 日本だと司法・立法・行政の三権分立になっているが、トリアルでは法政府・勇者府・監察府の三つの権力が分立している。

 法政府は法律の作成と運用をする所で、立法と行政を足して二で割ったようなものと考えればわかりやすい。細かい違いは多量にあるが、おおざっぱにはそういうことだ。

 勇者府という勇ましい名の部署は、地球で言うところの軍隊や警察など、いわゆる暴力装置と呼ばれる役割を果たす。そういうと物々しい感じだが、実態は大小様々な冒険者ギルドとの連絡役である。

 冒険者達は法的に様々な優遇を受ける代償として、凶悪犯の逮捕や害獣の退治から他国の侵略兵と戦うことまで、国からの様々なクエストを受ける義務がある。シビリアンコントロールという言葉があるが、トリアルでは更に進んで市民そのものが有事の際の戦力なのだ。侵略戦争を否定しているのも、それが理由の一つだろう。わざわざ危険を冒してまで他国を侵略したがる市民など、居たとしてもごく少数でしかない。

 これは魔法やダンジョンが存在する世界特有のシステムかも知れないが、ヤマト独立後に威力偵察にきたロシアのステルス戦闘機をトリアルの冒険者が単身で捕獲したり、トリアルでは陸上自衛隊の一部が陸上機甲ギルドという冒険者ギルドを作って魔物相手に大きな戦果を上げていたりと、意外にヤマトとトリアル両方で相性がよい仕組みだった。


 そして監察府だが、これは司法と監査を主な業務とする部署である。犯罪の捜査や、気象の記録と予測、他国や自国でのスパイ活動から、各部署の運営状態の監視など、やってることは多岐に渡るが、情報を収集してそれを役立てるのが仕事となる。

 ロロルトの属する統計管理局は、その主体となる組織である。ありとあらゆるデータを収集し、目的に応じてそれを解析する役割である。地球風に言うなら、ビッグデータの収集と解析が一番近い。

 特定の目的の為に特定のデータを集めているのではなく、常に集められる限りのデータを収集し続けている。これは魔法という数値化が難しく影響範囲の読みにくい手段がある社会特有のことであろう。分野を絞っていれば幻覚魔法でごまかすことも出来るので、分野を問わずありとあらゆるデータが必要なのだ。

 その役割上、呪文は得意でなくとも数字には滅法強いという、トリアルではやや珍しいタイプが多く集まっている。勿論、ロロルトも典型的な統計管理局員であった。


 地球とコフュースが繋がって、どちらの住人も相当に驚いた。地球人にとってはどんな怪我や重病も瞬く間に癒やす魔法の存在にもの凄く惹かれたが、統計管理局員達はコンピュータというデータ解析にうってつけの道具に身も心も奪われた。

 ロロルトもその一員で、トリアルに支援にきた自衛隊の詰め所に押しかけて、パソコンにべったり張り付いていた時期があった。それも彼が先発隊の一員に選ばれた理由の一つである。

 こんな素晴らしい道具があるなら、行政もさぞかし効率的なのだろう……そんな幻想がロロルトにはあった。だから日本に来て区役所の仕事内容を分析した彼は、落胆し憤慨し猛り狂った。

 誤解しないでいただきたいのだが、ロロルトは本来温和な好青年である。少なくとも周りからはそう見られることが多かった。ただしどうしても譲れないものもある。

 例えば住所の変更だ。区役所では住民票の登録はするが、免許証の書き換えはしてくれない。そちらは警察署へ足を運ぶ必要がある。

 コンピュータでデータを一元管理していれば、一度の手間で済むのだ。それをしない理由を、少なくともロロルトが納得できるだけの理由を、区役所では誰も説明出来なかった。

 他には生活保護だ。トリアルにはそんな制度は無いのでその是非は判断できないが、所得額も家族構成もデータとして管理しているのだから、どの世帯がその制度を受ける必要があるのかある程度は役所が把握できる筈である。ところが自己申告されるまで役所は動かないというのである。それどころか、すべての申請を受け入れれば財政が破綻するので数を絞るのだという。

 制度の通りに実行できないというのが本当なら、制度そのものをただちに修正すべきである。何故それをしないのか、ロロルトには理解できなかった。

 そもそも様々な制度がきちんと機能したかを精査する機関が存在しない。それでどうやって政治が機能しているかどうか判断できるというのか。選挙をしているというが、何を基準に選んでいるというのか。

 ロロルトは政治そのものに文句を言っている訳で無く、システムがきちんと機能しておらず無駄な手間が多くて、さらには明らかに現実と矛盾した制度が放置され、それを誰も改善しようとしないことが腹立たしかったのだ。それを分析して実行する為の道具はすべて区役所に揃っているというのに……

 そんな訳で初めは物珍しさから人が絶えなかったロロルトの周辺は、いつからかすっかり閑散とするようになった。

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