異世界人の動揺
「今日はいろいろと申し訳ありませんでした」
書評合戦の後、ロロルトは喫茶店の片隅で美由紀に深々と頭を下げた。いつもなら次回の交流会の打ち合わせ的なものだが、今回は反省会という感じだ。
テーブルの上には、強く握りすぎて表紙が皺になった文庫本が置かれている。
「本は新しい物を買ってお返しします」
「それは別にいいよ、どうせ古本だしね」
美由紀が軽く返す。
現状ではトリアル人の法的扱いが曖昧な為、ロロルトは電子決済用のアカウントが作れず電子書籍には手が出せない。実際にはごまかす手段はいろいろあるので、地球に来たトリアル人でもネット三昧な人の方が多数派なのだが、そんな融通が利かないのがロロルトという人間だ。
恐縮しているロロルトとは対照的に、美由紀の方は満足げである。会も回を重ねて人が増えていき、ややマンネリ気味なのを打破したいという理由で選んだ題材で、予想通りの反応が帰ってきただけなのである。美由紀からしてみれば、気分を害する要素などかけらも無い。
「でもロロ君はもうちょっと気をつけた方がいいかもね。このままだとファンがどんどん減っちゃうよ」
ロロルトと出会ってから、そろそろ一年は経つ。美由紀の方はもうロロルト相手にかなり砕けていた。
「ファンですか?」
「そうそう。女の子、随分減っちゃったでしょう」
軽く返してくる美由紀に、ロロルトは困惑した。
若い女性の参加者が以前より減っているのは事実だった。
制度統一に向けてトリアルから更に多くの文官が出向してきて、ロロルトの相対的な価値が薄れたということもある。だが一番大きいのは、なんと言ってもロロルトの理屈っぽくて面倒なせいだろう。
しかし文化的交流という意味では、会は十分に成功している。参加者の構成比に偏りが無くなるのは、むしろ良い傾向だと分析していたくらいだ。
ロロルトが困惑した原因は、去っていった女性達の目的が自分だと思っていなかった為だ。単に推理物というジャンルが合わなかったのだろうと考えていた。
「今日みたいに怒ってばかりだと、女の子、来なくなっちゃうかもだよ」
ロロルトの人気が無くなるということは、ロロルト係である美由紀の仕事が減るということでもある。そのせいか、彼女は随分楽しそうに見えた。
「それは……どうでしょうか」
一方のロロルトは、どう返事していいか分からず、生返事を返すだけで精一杯だった。
ロロルトも女性に興味がない訳では無い。だが最近は仕事の方に集中していて、そちら方面への興味は完全に後回しになっていた。
二つの世界を結ぶ制度を作る、そんな大仕事にまだ若い自分が深く関われるのである。回復魔法のおかげで病気や怪我の心配もなく百歳まで現役のトリアルでは、こんなチャンスはそうそう巡ってこない。何よりも世界をより良くしていこうという仕事には、非常にやり甲斐があった。
彼には地球の人が望むような呪文は、残念ながら使えない。だがその呪文を使うのに即した制度が地球にはなく、行政の支援なくして日常は成立しない。どんな病気や怪我でも呪文一つで治るような世界では、必要とされる福祉も地球のそれとは大きく異なるのだ。決めるべきことは大いにあり、その為に自分の持つ能力が必要とされている。
そしてロロルトには自負があった。自分は二つの世界を結びつけるということでは、最先端を走っているという自信だ。
魔法と科学という技術の交流、その技術を社会の為に効率よく運用する制度の設立。更にその先を見据えて、文化交流を自主的に行っている。客観的に見ても、彼の自負には十分な根拠があった。
だがその自信が、美由紀の言葉で揺らいだ。
自分の覚悟や努力が、実はうわべだけのものだったのでは無いかとの疑念が生じた。
結局、その日は次回のネタとなる本を決めて反省会はお開きとなった。
その間、ロロルトは終始上の空であったが、美由紀は特に気にしてはいなかった。真面目なロロルトのことであるから、大衆の面前で感情的になっていたのを今更ながら恥じているのだろう程度に考えていたのである。
ロロルトの糞真面目さが、美由紀の予想を遙かに上回っていたことに、この時の彼女は気付いていなかったのだ。