第7小隊
アムスタル訓練所での訓練期間を終えた私達少年兵はトラックに乗せられ、着いた場所は小さな港でした。
幅が200メートルはありそうな大きな川に面した港で、看板や表示を見るとその川はたぶんサイティア川だったと思います。
そこから小さな船に乗り、下流にある前線地帯に向かうそうです。
この時、アムスタル訓練所から来た私達少年兵は約60人ほどだったと思います。
「またみんなバラバラになっちゃったね・・・」
寂しそうなエイミーの言葉に、桟橋で船を待つ少年兵を見回すと同じ12班だった子は10人程しか見当たりません。
「ほんとだ班長のシルビアさんも居ないし、12班も解散だね」
三ヶ月過ごした第12班の思い出は楽しい事よりも苦しくて悲しかった事の方が多かった気がします。
それでも見知った顔が少なくなるのは一抹の寂しさを感じました。
だけど私にはエイミーが居たことと、たまに射撃を教えてくれた男の子3人組、ロン、チャック、ルースと一緒だったことは幸運でした。
私の視線にチャックも気付いたようで、
「よお!まだお前ら二人一緒に居るのかよ?」
「よく言うわよ。自分達なんか男三人連れじゃない」
「俺達三人は一心同体よ!射撃の名手の俺達が組めば敵なしだぜ!」
射撃の上手な三人は狙撃隊への配属が決まっていたらしく、意図的に同じトラックに乗せられたらしいのです。
他にも得意な兵科がある人は最初から配属先が割り振られていたようですが、私やエイミーみたいな普通の歩兵隊への補充兵は、本当に適当でした。
この時はまだ私の弾道予知能力を周囲も気付いていなくて、『訓練の成果で射撃が上達した』くらいにしか見られず、訓練所では歩兵隊への配属を言い渡されていました。
やがて、明らかに元々は漁船だっただろうって感じの船が港に着き、私達はその船で川を下ります。
これが結構長くて、船酔いしたエイミーがすごく苦労してたな。
「う~、ぎもぢわり~。あー、まだつかないの・・・うっぷ!」
船縁にへたり込むエイミーはずーっとそんな感じでした。
船が目的の港に着く頃には日が傾きかけていたと思います。
「補充兵は下船して集合だ!二列縦隊!」
桟橋で待っていた下士官の命令で二列に並んだ私達は港に面した小さな街の広場に連れて行かれました。
私の記憶と戦後の資料に照すと、この街はサイティア川下流のスエーニョという街でした。
後にエル・アラム軍の砲撃で完全に破壊されてしまったようですが、その時はまだ街としての機能を有し、多くの人が暮らしていました。
広場に着くと、まず特殊兵科に配属される人が名前を呼ばれて連れて行かれましたが、残った私達、つまりただの歩兵隊行きの場合は、
「次の5人は第2中隊の第1小隊へ行け。次、7人来い。お前達は第3中隊第6小隊へ」
てな具合に、名前すら確認せずにただの数合わせで配属が決まりました。
ここでも運よくエイミーと同じ小隊で、こっそり二人でイエィ!ってやりました。
そんな訳で、私とエイミーともう一人の初対面の子は第7小隊に決まりました。
この小隊は確か、ブルストニア公国第3軍第34師団第6大隊第3中隊に所属していたと記憶しています。
第3軍はサイティア川の東を防衛していたという戦後の資料とも一致しすますから。
この時一緒に配属された初対面の子の名前はピートといいます。
背が高く痩せぎすで、少しおどおどした感じの男の子でした。
街の広場から配属先に向かう途中、私は大人しそうなこの男の子に自分から自己紹介をしました。
新人が三人でそのうち二人が仲良しなんて、凄く居づらいだろうなって思ったからです。
「あ、あの!私はココット。こっちが幼馴染みのエイミー。これからよろしくね」
すると少し驚いた様子の男の子が躊躇いがちに答えました。
「あ・・・、僕はピート。よ、よろしく・・・」
それだけ言ってうつむき、話したくないかのように黙々と歩き続けます。
顔はまだ幼い感じもしますが、背が高く、もしかしたら歳は私達より上なのかもしれません。
だから単に話すのが苦手ななのか、年下の小娘なんかに気を使われたくないのか、どっちかだろうなって思いました。
私達は街の教会に設けられた補給所に行き、そこでやっと装備を受けとります。
新兵は普通、訓練所を出るときに新しい装備を受領しますが、即席の補充兵にすぎない私達に費やす時間的余裕も物資も我が軍にはありませんでした。
補給所の兵士に辞令書を見せると、じっと私を上から下まで眺め、奥からがさごそと装備を引っ張り出して来ました。
「これでサイズを合わせでみな?ま、合わなくてもこれ以上小さいのは無いけどな!」
私は13歳にしては体が小さいので仕方ありません。
後ろに人が並んでいるので、装備を受けとると脇によけて早速着けてみました。
ちょっと大きなヘルメットにリュックサック、中には靴下や飯ごう、着替えの下着に携帯食料が少し。
チョコは嬉しいけど、タバコは要らないので、あとで部隊の人にチョコと交換してもらえるといいな。
そして兵士の身体を守る防弾ベスト。
中にはただの鉄板でなく、外からの衝撃エネルギーが強い程、より硬化する性質をもつレアクタイトという物質が使われています。
軽くて柔軟性があり、銃弾を防ぐことはできますが、衝撃エネルギーの少ない刃物や槍、鈍器の攻撃は通ってしまいます。
銃が主流となったものの、白兵戦となればサーベルや槍も使うので、油断できません。
武器は軍の標準装備の小銃。弾薬は5発のマガジンが10個。それとアーミーナイフに手榴弾三個。
装備は訓練所で使っていたのと同じだけど、ほつれていたり、木製ストックや角の塗装が剥げて使用済みなのは明らかでした。
きっと怪我をして後送された兵士のものだったのでしょう。
見ず知らずの亡くなった人のはやはり嫌なので、その人生きてればいいな、と思いました。
早速、ベルトとハーネス、防弾ベストを着けて、ヘルメットをかぶり、リュックサックを背負うと凄く身体が重くなります。
これで小銃や手榴弾を持ち、弾薬袋にマガジンを仕舞うと、約15キロ。
フル装備の行軍訓練は何度もやってますが、この重さはやはり辛いです。
気を抜くと膝がカクンって曲がってしまい、転けそうになります。
装備をもらった私達は各隊に補給品を届けに行くトラックに乗せてもらい、第7小隊が展開しているローナという小さな村に向かいます。
トラックで走っている途中、遠くの方から遠雷に似た砲撃音が響いて来て、本当に戦場に来たんだ、って不安そうなエイミーと顔を見合わせたのを覚えています。
ローナの村に着くと、さらに私達は戦場の現実を突き付けられました。
村の建物は砲撃で穴だらけ、元は綺麗に手入れされていただろう花壇は爆風や飛んできたレンガや家具で見る影もありません。
村全体が色彩を無くし、砂を被ったように煤けています。
そして広場には幾つものシートを被せられた兵士の遺体や担架に乗せられた怪我人が並べられていました。
補給品と私達を降ろすと、流れ作業のように怪我人と遺体を積み込み、トラックは逃げるように帰っていきました。
私達は無慈悲な戦場の光景を呆然と立ち尽くして見ているしか出来ませんでした。
「アンタ達、そんなとこ突っ立ってる暇はないよ!こっち来なっ!」
威勢のいい声に振り向くと、軍服姿の中年のおばさんが私達を手招きしています。
その姿にふと故郷の街のお肉屋さんのおばさんを思い出してしまいました。
「アンタ達は補充兵だろ?その食料と弾薬箱を持ってついておいで」
有無を言わさぬ迫力に、私達三人は補給品を担いでおばさんの後に付いていきました。
私達が向かったのは村の外。
広い小麦畑を仕切る背の高いボカージュと呼ばれる生け垣が続いている場所でした。
春に種を蒔かれた小麦はまだ膝下くらいの長さでしたが、至る所が踏み荒らされ、砲撃の穴や車の轍で畑はめちゃくちゃです。
村を防衛する第3中隊は、緑の壁のように村を取り囲むボカージュの中に塹壕や機関銃陣地を造り、ボカージュに潜んで攻めてくる敵を撃退しつつ、どうにか戦線を維持している状況だったみたいです。
ボカージュから少し離れた農家の納屋に中隊の指揮所が置かれていて、補給品を置いた私達は指揮所の中隊長の所に連れて行かれました。
「ふう、また子供か・・・。送られて来るのは役立たずの年寄りと子供ばかりっ!それでどうやって侵攻しろってんだっ!!くそぉっ!」
おばさんが補充兵を連れてきた事告げると、私達を一目見た赤ら顔の中隊長が突然ヒステリックに怒鳴り始めました。
四十代とおぼしき中隊長の顔には明らかな疲労の色が浮かび、ここ戦況の厳しさを表しているようです。
「ハルマン大尉、その年寄りの役立たずには私も含まれているのでしょうか?それに年寄りも子供も、好きで戦場に来た訳ではありませんよ」
おばさんに冷静に言い返され、中隊長は落ち着いた、とばかりに手をあげると、
「ああ、突然怒鳴ってすまなかった。それにロジー軍曹も、役立たずの年寄りというのは言葉のアヤだ。申し訳ない」
「大尉、あたしは頭が悪いもんでね、言葉より形で示してくれないと解らないんですよ~」
そのおばさん、ロジー軍曹の軽口に、ふっと場の空気が和らぎます。
「全く、経験豊富な女性のたくましさには恐れ入る。第7小隊には届いた補給品からビスケットを人数分進呈しよう。それで解ってくれるかな?」
「ええ、とてもよく解りましたよ。うちの隊の皆にも中隊長殿は年寄りにも子供にも期待している、と伝えておきます」
このロジー軍曹は私達の所属する第7小隊のお母さん役のような人でした。
「君たちもすまなかった。解ってると思うが、我が軍の状況は非常に厳しい。今後の君たちの活躍を期待するよ」
「はい!少しでも貢献できるよう努力します!」
と、声を揃える私達にハルマン大尉は大きく頷くと、作戦室に戻っていきました。
「アンタ達、うちの補充兵だったのかい?!だったら最初からそう言やあいいのに~」
と、なにかと威勢のいいロジーさんと第7小隊が配置された区画に向かいました。
そこは一直線に続くボカージュの一角で、茂みの中には塹壕や土嚢、機関銃が据えられているのが見えます。
「クリスタさ~ん、補充の新人さん連れて来たわよ!あとこれ、戦利品ね!」
ロジーさんが明るく声をかけたのは、穏やかな知的美人といった印象の女性士官です。
「ロジーさん、またやったのね~。中隊長を困らせるのもほどほどにね。こんな戦況じゃあいろいろと大変なんだし」
「あら~、私は何もしてないわ?全部彼の自業自得なのよ」
「ふふふ、誰もあなたには敵わないわね。味方でよかったわ!」
和やかに冗談を交わす二人は、軍服を来てなければ街角で談笑する仲良しの奥さん達にしか見えません。
井戸端会議? に一段落すると、ロジーさんが配属書を手に私達をクリスタ隊長を紹介してくれます。
「三人とも、待ってたわよ!来てくれて本当に助かった、ありがとう」
クリスタ隊長の以外な歓迎の言葉に面食らって、エイミーと二人で目をぱちくり。
だって今までは数会わせの役立たず、みたいな扱いだったんですもん。
「私が着任したときから、うちの隊は定員の半分でどうにかやってきたからね・・・」
苦笑しながらクリスタ隊長がボカージュの中で配置に着いている部下達を振り替えると、こちらを見ていた何人かが手を挙げて挨拶をしてくれました。
中年のおじさんや、大学生くらいのお兄さん、私よりちょっと年上くらいの女の子も居たから、年齢層はかなり広かったと思います。
「じゃあこれからよろしくね!しばらく大きな攻撃はないけど、威力偵察や砲撃もあるから油断しないで。慣れるまでは私と一緒に行動しましょう。小隊長付き伝令兵ってことでね!」
冗談ぽくウィンクするクリスタ隊長に、初めての戦場に不安と緊張で一杯だった私はすごく救われました。
最初の配属先がこの第7小隊だったこと、そして指揮官がクリスタ隊長だったことは、いま振り返ってみてもとても幸運なことだったのです―――