第五話「なかったことには、しなかった」
僕は、自分の寿命を白紙化した。
正確には、僕に残された時間が「尽きる」という、その事実を。
これで、僕は、すぐには死ねない。
逃げるための死は、もう、選ばない。
僕がやるべきことを、全部、終えるまで。
——逃げるために、この力を使うのは、これで、最後だ。
そこから、僕は、世界を回った。
僕が消したものを、ちゃんと見るために。
——お墓を作る旅に、出た。
—
最初に向かったのは、グレンの村だった。
あの、女の子のいた場所。
僕は、まず、女の子を埋めた。
痩せ細った、小さな体を。
枯れた畑の、陽の当たる場所に。
土をかけて、石を置いた。
それが、墓標だった。
その隣に、もう一つ、穴を掘った。
——お兄ちゃんの、墓だ。
でも、そこに入れるものは、何もなかった。
盗賊だった、お兄ちゃんの体は、僕が消した。
跡形もなく。
だから、骨も、髪の一本も、残っていない。
埋めるものが、何もない墓を、僕は掘った。
「……ごめんなさい。」
空っぽの穴に、土をかける。
石を、置く。
兄妹の墓が、二つ、並んだ。
「……ごめんなさい。」
二人に、頭を下げた。
声が、震えた。
僕が引き裂いた二人を、僕が、また並べている。
そんなの、許されることじゃ、ないのに。
『…………。』
リーネさんは、何も言わなかった。
ただ、僕の隣に、立っていた。
—
それから、僕は、ひたすら歩いた。
ハルカの村にも、寄った。
寝たきりだった子どもの墓を、作った。
あの時、走れるようになったと、母親が泣いて喜んでいた、あの子だ。
走れるようになった足で、どこへも行けないまま。
その子は、止まっていた。
母親の墓は、その隣に作った。
僕の手を握って、ありがとうと言ってくれた、あの人だ。
二つの墓に、土をかけた。
——僕が「助けた」はずの、親子だった。
朽ち果てた人の数だけ、穴を掘り、埋めた。
何人いるかも、分からなかった。
名前も、知らない人ばかりだった。
病を消したはずだった人。
飢えから救ったはずだった人。
僕が、幸せにしたつもりだった、すべての人。
一人ずつ、埋めた。
一つずつ、墓標を立てた。
「ごめんなさい。」
墓標を作っては、頭を下げた。
ただ、それだけを、言うために。
—
どのくらい、時間が経っただろう。
どのくらい、墓を立てただろう。
季節が、何度か、巡った気がする。
手は、土で、ぼろぼろになった。
爪は割れて、皮膚は硬くなった。
それでも、掘り続けた。
『……平良渕。少し、休みなさい。』
「いえ。僕は、休んじゃ、ダメなので。」
『……そう。』
リーネさんは、それ以上、止めなかった。
ただずっと、一緒に、いてくれた。
たまに、一言。
たまに、沈黙。
それが、ありがたかった。
—
そして、最後に。
僕は、王都の丘の上に、立っていた。
ここから、世界が、見渡せた。
誰もいなくなった、白い世界が。
僕は、最後の墓を、掘った。
——エイシアさんの、お墓だ。
お供えものを、したかった。
エイシアさんが、好きだったものを。
でも——僕は、知らなかった。
エイシアさんの、好きな食べ物も。
好きな花も。
好きな色も。
何一つ、知らなかった。
「……一緒に、旅をしたのに。」
ずっと、隣に、いてくれたのに。
僕は、エイシアさんのことを、何も、知らなかった。
—
エイシアさんは、僕のことを、好きだと言ってくれた。
何されても、嫌じゃないと、言ってくれた。
でも、それは。
僕が、白紙化した結果から、生まれた感情だった。
本当のエイシアさんは、僕のことが、嫌いだった。
気持ち悪いと、思っていた。
根暗で、ぼそぼそ喋る、気味の悪い男だと。
——それが、本当の、エイシアさんだった。
僕は、その本当のエイシアさんを、消した。
そして、作り物の好意の中で、幸せに、浸っていた。
だから。
僕には、この墓に、供えるものが、何もなかった。
エイシアさんの好きなものを、僕は、一つも知らない。
知ろうと、しなかった。
作られた「好き」に、甘えて、いただけだった。
「……何も、ないや。」
空っぽの手を、見た。
供え物も。
資格も。
何も、なかった。
「ごめんなさい。」
ただ、頭を下げることしか、できなかった。
大切だったはずなのに。
—
『……平良渕。』
リーネさんが、隣に来た。
「リーネさん。」
『……どうだった?この旅は。』
僕は、丘の下を、見た。
無数の墓が、点々と、続いていた。
僕が掘った、墓の跡。
「……戻せませんでした。」
ぽつりと、言った。
「謝っても、誰も、返事はしてくれなかった。」
土をかけても。
石を置いても。
何度、ごめんなさいと言っても。
「墓を作っても……許された気は、しませんでした。」
許されるわけが、ない。
僕が、したことは。
『……そう。』
「でも。」
僕は、顔を上げた。
「なかったことには、しませんでした。」
——一人も。
消えた人を、消えたままには、しなかった。
忘れたことに、しなかった。
一人ずつ、掘って。
一人ずつ、埋めて。
一人ずつ、「いた」ことを、残した。
許されなくても。
戻せなくても。
「もう、なかったことには、したくありません。」
リーネさんが、僕を、見ていた。
その目に、責める色は、なかった。
ただ、静かに、僕を、見ていた。
—
風が、吹いた。
丘の草が、揺れた。
エイシアさんの墓標が、陽の光を、受けていた。
——僕は、決めた。
これから、何をすべきか。
どうやって、生きていくべきか。
答えは、もう、出ていた。
僕は、決意した。
——この力を、終わらせると。
第五話、お読みいただきありがとうございます。
お墓を作る話でした。
許されるためではなく。
戻すためでもなく。
なかったことにはしないために。
渕が消した人たち。
渕が助けたつもりだった人たち。
そして、エイシア。
この話があるから、次の話に進めると思っています。
このあと10分後に更新予定です。
ブクマやコメントをいただけると、渕が休めと言われても墓を掘ります。
よろしくお願いします!




