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白紙の転生者 ~なかったことにできる最強チートで、みんなを幸せにします~  作者: とろたま愚鈍


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3/7

第三話「それは、人なの?」

グレンの村は、僕が思っていたよりも、ずっと静かだった。


北の外れ。

痩せた土地に、崩れかけた家が、ぽつぽつと建っている。


人の気配は、なかった。


「……ここが、グレン。」


エイシアさんが、ぽつりと言った。


僕は、村の中を歩いた。

誰もいない。

畑は枯れて、井戸は涸れていた。


家の一つに、入ってみた。







小さな家だった。


寝台が、一つ。

その横に、薬包の空袋が、いくつも落ちていた。


壁には、子どもの落書きがあった。

背の高い人と、背の低い人。

手を、繋いでいる。


その隣に、たどたどしい字で、何か書いてあった。


『おにいちゃんと、わたし』


——心臓が、止まりそうになった。


寝台には、まだ、毛布が残っていた。

小さな、子ども用の毛布。


その下に、何かがあった。

人の、形をした。


「……っ。」


見なければよかった。

でも、見てしまった。


痩せ細った、女の子だった。

もう、ずっと前に、息を引き取っていた。


「……薬を、待ってたんだ。」


声が、勝手に漏れた。


「お兄ちゃんが、持って帰ってくる薬を。ずっと、待ってた。」


でも、お兄ちゃんは、帰らなかった。

帰れるはずが、なかった。


——僕が、消したから。


「僕が……。」


膝が、崩れた。


盗賊は、悪人だった。

人を襲って、物を奪って、傷つけて。


——でも。


でも、この子にとっては。

帰りを待つ、お兄ちゃんだった。


「僕が、殺した。」


この子を。

この子の、お兄ちゃんを。


「違う、僕は、助けたくて、僕は——。」


涙が、出てきた。

止まらなかった。


「うっ……あ、ぐ……。」


こんなの、知らなかった。

盗賊に、家族がいるなんて。

盗賊を待ってる子が、いるなんて。


知らずに、消した。

誰も傷つけてないと思って、消した。


「ごめん……ごめんなさい……。」


謝っても、もう、遅かった。

この子は、返事を、してくれない。


「……っ。」


肩に、温かいものが触れた。

エイシアさんが、僕を、抱きしめていた。


「……エイシア、さん。」

「いい。喋んな。」


エイシアさんの腕は、強かった。


「あんたは、助けようとした。それは、本当でしょ。」

「でも、この子は……。」

「うん。」

「僕の、せいで……。」

「うん。」


エイシアさんは、否定しなかった。


慰めも、しなかった。

ただ、抱きしめて、背中をさすってくれた。


「泣きな。好きなだけ。」

「……。」

「泣いてから、ちゃんと向き合えばいいよ。」


僕は、子どもみたいに、泣いた。

エイシアさんの胸で、ずっと、泣いていた。


『…………。』


リーネさんは、何も言わなかった。

ただ、静かに、僕を見ていた。







しばらくして、僕は、エイシアさんに聞いた。


「……エイシアさん。」

「ん?」

「あの盗賊たちは、どうして、あんなことをしたんでしょうか。」


エイシアさんは、少し考えてから、答えた。


「……このへんは、もともと、魔王軍に追いやられた人たちが流れ着く土地なのよ。」

「魔王軍に……。」

「ええ。村を焼かれて、畑を奪われて。行く場所がなくて、ここまで来る。でも、ここも痩せた土地でしょ。食べていけない。」


エイシアさんは、枯れた畑を見ていた。


「そういう人たちが、盗賊になる。悪いことだって、分かってる。でも、そうしないと、生きていけなかった。」


——魔王軍。


その言葉が、頭の中で、こだました。


盗賊を生んだのは、魔王軍。

この子を死なせたのは、僕。

でも、その元をたどれば。


「……全部、魔王軍のせいだ。」


ぽつりと、呟いた。


「魔王軍さえ、いなければ。この人たちは、盗賊にならずに済んだ。この子も、死なずに済んだ。」

『……平良渕。』


リーネさんの声がした。

でも、僕は、もう、考えていた。


——そうだ。


僕が間違えたのは、盗賊を消したことじゃない。

盗賊は、本当は被害者だった。

だから、消しちゃいけなかった。


でも、魔王軍は違う。


魔王軍は、誰がどう見ても、悪だ。

村を焼いて、人を殺して、こんな悲劇を生んだ、元凶。


あれを消せば。

あれさえ、なかったことにすれば。


もう、誰も、こんなふうに死ななくて済む。


「……エイシアさん。」

「ん?」

「僕、決めました。」


涙を、拭った。


「魔王軍を、白紙化します。」


エイシアさんは、息を呑んだ。


「……できるの?」


その声には、期待と、恐怖と、少しだけ怒りが混じっていた。


「できます。やります。絶対に。」

「……なら。」


エイシアさんは、拳を握った。


「やって。」







僕は、北を向いた。


何百年も、誰も倒せなかった魔王軍。

人間の土地を侵し、村を焼き、無数の命を奪ってきた、世界の元凶。


その全てを、思い浮かべた。


魔王も。

魔族も。

軍勢も。


——全部、なかったことにする。


白紙化ホワイトアウト。」







その日、世界が変わった。


北の空を覆っていた、不吉な雲が、晴れた。

大地を蝕んでいた、瘴気が、消えた。


そして——魔王軍が、いなくなった。


「……魔王軍が、消えた?」

「嘘だろ。何百年も、誰も……。」

「英雄だ……! あの人が、魔王軍を滅ぼした……!」


歓声が、上がった。


街という街で、人々が、泣いて、笑って、抱き合った。

鐘が鳴った。

花が舞った。


僕は、英雄になった。







王都に、呼ばれた。


王様が、僕に頭を下げた。

騎士たちが、僕に剣を捧げた。

民衆が、僕の名前を叫んだ。


「平良渕様!」

「救世主様!」

「あなたのおかげで、世界は救われた!」


——救われた。


やっと、本当に、世界を救えた。

もう、誰も、あんなふうに死なない。


あの女の子みたいな子は、もう、生まれない。

僕は、心から、そう思っていた。


みんな、笑ってる。

あぁ。よかった。


本当に、よかったと、思ったんだ。







しばらくして、おかしな報せが、届き始めた。

各地で、暴動が起きている、と。


「どういうことですか?」


僕は、王宮の役人に尋ねた。


「魔王軍は、消えたのに。なんで、暴動なんて。」


王宮の役人は、困った顔をした。


「それが……魔王軍に、家族を殺された者たちが、暴れているのです。」

「……家族を?」

「ええ。村を焼かれ、親を、子を、殺された者たち。その怒りの、行き場が……。」

「……。」


魔王軍は、消えた。

でも、魔王軍に殺された人たちの、悲しみは、消えていない。


憎しみも。

怒りも。

復讐したいという気持ちも。


ぶつける相手が、いなくなった。


だから、その怒りが、行き場をなくして。

今度は、同じ人間同士で、ぶつかり合っている。


「そんな……。」


せっかく、元凶を消したのに。

みんなを、幸せにしたかったのに。


なんで。

なんで、まだ、苦しんでるんだ。







『平良渕。』


リーネさんの声がした。


「リーネさん。これって、なんで。いったい、何が。」

『あなたが消したのは、魔王軍だけ。でも、魔王軍が遺したものは、消えていない。』

「……遺したもの?」

『悲しみ、怒り、憎しみ。全部、人の中に残ってる。』


残ってる。

なら——話は簡単だ。


「……消せばいい。」

『え?』

「その、悲しみも。怒りも。憎しみも。」


僕は、顔を上げた。


「全部、消せばいいんだ。」


リーネさんの顔が、変わった。


『渕。待って。ちゃんと考えた?』

「考えましたよ!」

『……。』

「人の悲しみも、怒りも、憎しみも、全部、なかったことにする。そうすれば、誰も、争わなくなる。」



『……平良渕!!!!』



リーネさんが、叫んだ。


『ちゃんと、もっと、ちゃんと向き合いなさい!!』

「……ど、どうしたんです?」

『怒る理由は残ってるのに、怒れない。悲しい出来事は残ってるのに、悲しめない。憎いはずなのに、憎めない。』



『それは——それは、もう、人なの?』



僕は、リーネさんを見た。

何を言ってるんだろう、と思った。


「人ですよ。」


迷いなく、答えた。


「人が、人を、憎まない。人が、人の、幸せを願う。」


そんなの、決まってる。


「そんな世界、絶対に、幸せのはずだ。」

『……っ。』


リーネさんが、何か言おうとした。

でも、僕は、もう、止まらなかった。


「みんなが、幸せになる。誰も、傷つかない。誰も、悲しまない。」

『渕。待って。お願い!話を——』


——エイシアさんだって。


今、幸せそうじゃないか。

僕のバディとして、みんなに慕われて、笑ってる。


あんなふうに、みんながなれる。

それの、何が、いけないんだ。


「絶対に、良くなる。みんなが、幸せになる。」

『——渕!!!』


両手を、広げた。


世界中の、悲しみを、思い浮かべる。

怒りを。

憎しみを。

恨みを。

争いの、種を。


全部。

全部、まとめて。


「——白紙化ホワイトアウト。」


第三話、お読みいただきありがとうございます!


魔王軍、白紙化です。


世界の元凶を消した。

何百年も続いた悲劇を終わらせた。

今度こそ、みんな幸せになるはずでした。


でも、悲しみも、怒りも、憎しみも。

それもまた、人の中に残るものです。


それは、人なの?


タイトル回収回でした。


このあとも10分おきに更新予定です。


よければ最後までお付き合いください!


ブクマやコメントをいただけると、リーネさんが全力で「待ちなさい!!」と叫びます。


よろしくお願いします!


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